第53話 浮野の戦い (6)
矛を構える50代くらいのおじさん。一見、髭とか白髪から60代くらいに見えるけどよく見たら意外に若い。この人が敵右翼を率いている山内盛豊だ。さっきは挑発したけど多分このおじさん相当強い。上段に矛を構え、隙あらば即死級の一撃を叩き込むという気概。明らかに数々の戦で死地を切り抜けてきた、歴戦の猛者の風貌だった。
「いざ、参るッッ!!」
「……ッッ!!」
その言葉とともに振り下ろされた矛を居合により速度をつけた刀で受け止める。その衝撃に手がしびれる感覚。止めたはいいものの徐々に押し込まれる矛。力を振り絞り、なんとか矛をはじき返す。
「むん!!」
再び矛が振られる。今度は大きく横薙ぎの一撃。食らえば腹から真っ二つで即死。刀で受け止める。瞬間、刀を持つ腕に大きすぎる衝撃が加わり、俺は横方向に吹き飛ばされた。
「おわっ!?」
体格差、武器の威力、馬上対地上。どれをとっても不利になる条件ばかりだ。
俺は脳内で勝つプランを片っ端からシュミレーションし、思いついた中での最適解を実行する。
矛が振られる。それを全力で回避し、リボルバーで銃撃。それをひたすら繰り返す。我ながらなんて嫌な戦い方だ。真夏の蚊のような動き、まるで叩き潰されるのを避けて、血を吸うがごとく。俺がやられたらキレる。でもあいつの鎧、弾丸が貫通しない。へこみはするから多少はダメージあるだろうけど、致命傷になるとは思えない。やはり刀で首を斬るか、銃で脳天をぶち抜くかしないと。
「ああもう!!うざってえ!!」
うるせえな、勝てばいいんだよ勝てば。俺もやられたらそうやってキレる自信あるけど。
盛豊が矛を振り、避けて弾丸を撃ちこむ。それをしばらく続けて、俺は致命傷を与えるタイミングをうかがっていた。また避ける。左手一本で大きく振られたその一撃をジャンプで避け、真上から弾丸を撃ちこもうと狙いを定める。真上なら弾丸が通るのでは?と思ってのことだ。
「ふん、そう来ると思ったぞ」
「なッ!?!?」
盛豊は使っていなかった右手で刀を真上に振る。それとほぼ同時に引き金が引かれた。銃を撃った直後の俺はとっさに回避行動をとる。だが空中でうまく身動きが取れない俺は腹を切り裂かれ、空中に鮮血が飛び散った。当然のように弾丸もはずれ、近くの地面に着弾した。俺は受け身も取れず、無様に地面に落ちた。
クソいてぇ。腹からあふれ出る血を左手で慌てて抑え、右手で刀を握る。
「ふむ、少し浅かったな。少し振るのが早かったか」
飛び散ったことによって頬についた血をぬぐいながらそうつぶやく盛豊。
「では、さらばじゃ。強かったぞ」
馬上から俺を見下ろし、矛を振り上げる。
足を死ぬ気で動かし、落としたリボルバーの方に向かい飛ぶ。避けきれず、左足に軽い痛みが走る。かすり傷だ。問題ない。
リボルバーの残弾はあと1発。当然リロードなんてさせてくれるはずもなく、馬でこちらに近づいてくる。
「よく頑張ったな。もうあがく必要はない。ここで、楽になるといい」
俺の腹と意外と深く斬られていた足を見てそう言う盛豊。
だがそんな言葉は俺の耳には入らない。両手でリボルバーを構える。狙うのは眉間。一撃で仕留める。冷静に、冷静に。一巴師匠の言葉を思い出せ。肩の力を抜き、じっくりと狙いを定める。そして一瞬でも狙いが定まったと思ったら即座に撃つ!!
また盛豊が矛を振り上げた瞬間、リボルバーの引き金を引いた。
パァァーーン!!
銃声が鳴り響き、盛豊が固まる。そして一瞬後、矛がその手から落ちた。
「か、勝った……?」
張りつめていた緊張が解け、ふーっと息を吐く。
左手で腹を抑えながら、刀で盛豊の首を落とした。
その首を高く掲げ、かすれた声で叫ぶ。
「織田信賢軍、右翼の将・山内盛豊討ち取った!!」
後方で「おおおぉぉぉ!!」」という叫び声が聞こえる。
だが俺の周りは敵兵だらけ。さあ、もうひと暴れするか。
「と、殿ォォォ!!」
「よ、よくも殿を!!」
あっという間に囲まれた。自分たちの殿の仇討ちに燃えている。
その中で一層目立つ男がいた。いや、少年か。13とかかな?中学生くらいだと思う。
「よ、よくも父上を……!!」
「お前、こいつの息子?」
「ああ、そうだ!!山内伊右衛門!!お前は俺が殺す!!ここから逃げられると思うなよ!?」
「そうか、頑張れ。でもこれは戦だ。君には悪いとは思うけど、こういうこともある」
「うるさい黙れ!!そんなの関係ねぇ!!ぶっ殺してやる。ボロボロのお前を殺すことなんて造作もないことだ!!」
確かに今相手すんのは厳しいかな。この子一人ならともかく他にもいっぱいいるからな。そんなことを思っていると、その子の後ろから何人かの兵士が出てくる。
「若!!お戻りください!!ここは危険です!!」
「無念はわかりますが、ここは抑えて!!」
「黙れ!!お前らにわかるものか!!」
「若!!」
そう言ってその子どもは刀で俺に斬りかかってくる。
おお、なかなかいい腕前してんな。この年にしてはキレがいい。
そんなことを考えながら俺は刀でそれを軽々受け止め、峰打ちでその子の意識を刈り取った。
「若!!」
「若ぁぁ!!」
「大丈夫。峰打ちだから。お前ら、そんな子どもを戦場に連れてくるんじゃねえよ。ほらさっさと連れて帰れ」
俺はそう言って子どもを兵士に投げ渡す。
「お、恩に着る!!」
「結構だ。子どもを殺すのは寝覚めが悪いだけだ。さっさと安全な所に連れてってやれ」
もしかしたら捕虜にした方がいいとかだったかもな。信長にこの件は黙っておこう。
その兵士はそれを聞いて少し微笑み、この場を去った。
「今の一幕に心がほっこりして逃がしてくれるとかないよね?」
俺は囲んでいる兵士に駄目もとで聞いてみる。
結果は案の定、
「若のことは感謝しながら殺してやる」
「感謝しながら殺すって複雑じゃない?」
「感謝より殿を殺された恨みの方が大きいのでな」
「そっか」
逃がしてくれることはないらしい。まあそうだよね。じゃあもうそろそろ脱出するとしますかね。
「彦三郎!!大吾!!」
俺がそう叫ぶとともに、俺の後ろから二人の軍が突入してくる。
「主様!!」
「殿!!」
「二人とも、よくやった。このまま脱出するぞ」
「了解!!」
「心得た!!」
俺は彦三郎が連れてきてくれた馬に飛び乗り、敵の囲いを脱する。
こうして俺は危機を脱し、左翼の戦いは信長方の勝利が確定したのだった。