第39話 織田家最強と主人
場面は変わり、信長と柴田権六の戦場。
こちらの戦場は兵の数はほぼ同数。指揮官の腕がモノを言う完全な実力勝負。そうなれば武将の数が多く、信長もいる信長陣営が有利。そのはずだった。
だが、戦況は開戦からずっと五分五分。なぜか。その答えはズバリ、内戦だからである。敵の兵が顔見知りだったりする。兵の士気は下がり、動きも鈍い。いくら将が優秀でも兵がこれでは思うように戦況を動かせない。膠着状態、いや、泥沼化というべきか。
とにかく、こちらの戦場は決着がなかなかつかない。こうなると少数で林兄弟を抑えている千代松が先に潰れる。それはこの戦の負けを意味する。この状況に大将の織田上総介信長は歯噛みする。
(不味いな。戦が長引けば負けるのはこっちだ。だが指示をしても兵の動きがあれでは……)
「殿、これは不味いです。このままでは千代松殿が……」
「わかっておるわ!!」
心配そうに声をかける一益を怒鳴りつける。信長にも余裕がなくなってきていた。
「又左!!」
「ハッ!!」
信長は利家を呼びつける。
「又左、この状況がまずいのは理解しているな?」
「もちろんです」
「何か策はあるか?」
「やはり…あれしかないかと」
そう言い、利家が見る先には馬に乗り、馬鹿でっかい棍棒を振り回している大男。敵将・柴田権六。
「やれるか?」
「やるしかありません」
この泥沼化した戦場を一気に勝ちに持っていく方法。つまり、敵将の首。大将を殺して、指揮官を無くした敵軍を降伏させる。もっとも単純で、難しい方法だ。
「よし、では行ってこい!!」
「ハッ!」
利家は愛用の槍を持ち、馬で敵将のもとへ走る。
「一益!!又左を援護!!又左の邪魔をさせるな!!」
「了解!!」
一益が敵兵を薙ぎ払い、利家の道を作る。そして利家は柴田権六のもとにたどり着く。
「権六殿」
「又左衛門殿か」
互いが互いを認識する。
「まず1つ問いたい!権六殿は何故、主君である信長様を裏切って信行殿に味方した?」
「……織田家の頭領にふさわしいのは、信行様だ。信長様に、あの大うつけに任せていては織田家は滅びる」
「信行殿では滅びないと?」
「ああ、信行様なら。少なくとも信長様よりは幾分もマシだ!何故、信秀様は信長様を跡継ぎに指名したのか理解できん。これは尾張の未来のために、主君を裏切ってでも為さなければならないことなのだ」
「それは、俺とやるということでよろしいか?」
利家が槍を構える。
「それはこちらのセリフだ。又左衛門殿こそ、この私、柴田勝家と戦うということでよろしいのか?」
馬鹿でかい棍棒を肩に担ぎ、さっきより若干低い声でそう問う。その雰囲気は明らかに強者。
「ああ」
「そうか……では!!参るッッ!!!!」
その言葉と同時に棍棒が振り下ろされた。利家も最速の槍でそれを受け止める。だが、打ち合った瞬間、かつてない衝撃が利家を襲う。
(な!?!?なんて威力!?!?)
しっかりと受け止めたはずなのに馬ごと後方に吹っ飛ぶ利家。
(マジかよ……マジかよ!?!?)
痺れる両腕。受け止めた瞬間に全身を貫く衝撃。
(これが……織田家最強……!!明らかに格が違う!!)
圧倒的な格の違い。生まれて17年、槍術に打ち込み続けた利家でも感じる明らかな実力差。まさに圧倒的。そして、暴力的。
「おらあああぁぁぁ!!!!」
「かはっ!?!?」
再び棍棒が振るわれる。かろうじて槍で受け止めたが再び馬ごと後方に吹き飛んだ。
「があああぁぁぁ!!!!」
さらに振るわれる棍棒。再度受け止め、吹き飛ばされる。
いつしか利家は守るべき主人《信長》のもとまで吹き飛ばされていた。
「あ、と、殿?」
信長は苦い顔をして利家、そして柴田権六をにらみつける。
「おっと、ここにおりましたか。殿。ちょうどよかった。又左衛門とともにあの世へ送って差し上げよう!!!!」
棍棒が振り上げられ、即座に振り下ろされる。
「殿っ!!」
利家が槍を振るうが間に合わない。
(ああ、殿が死んでしまう。何と情けない家臣だろうか……)
利家はそう後悔するが棍棒は信長には当たらなかった。信長をかばって小豆坂7本槍の1人、佐々孫介が棍棒に打たれ、死亡する結果となった。
「おっと、邪魔が入りましたな。だがすぐに殿も…む?」
利家が信長の前に出て、槍を構える。
「又左衛門殿、自分から死にたいと?」
「違えよ。主を守るのが家来の役割だろうが。ああ、裏切り者にはわかんねぇか」
「なんだと?」
「裏切り者って言ったんだ。間違ってねえだろ?こうして今、信長様を手にかけようとしたんだから」
「ちっ!!」
権六がばつが悪そうに舌打ちする。
そして棍棒を振り上げる。
「がうあああぁぁぁ!!!!」
「シッ!!」
棍棒を振り下ろされるより一瞬早く、利家の槍が突き出される。その槍は権六の右肩に突き刺さり、それにより棍棒の軌道がそれる。
「てめっ!?」
権六が利家をにらむ。その権六にかつての主人がこう告げる。
「権六、俺を裏切って尾張を守ると言ったな。お前は忠義よりこの国を守ることを選んだ。これはとても素晴らしく、そして愚かであるな。俺は尾張を今川からも美濃からもこの尾張を守る手立てがある。信行のアホなんぞよりもっと確実にだ。それには権六、お前の力も必要だ。俺とお前は尾張を守るという共通の目的がある。そして俺は、お前の主人だ。問う!!貴様の主人は誰か!!」
権六は揺らぐ。裏切った意味。尾張を守る術。自分の主は誰か。
権六はしばし悩んだのち、大きな声で叫ぶ。
「全軍!!撤退!!」
それが、答えだった。