第32話 毒キノコと塚原卜伝
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「はぁ?尾張まで行く船がないってどういうことだよ!?」
俺と祈そしておまけの剣聖は尾張に帰るため、伊勢の港を訪れていた。
「で、ですから、ただいま尾張国は大変情勢が不安定でして……安全を考慮して尾張へ行くすべての船が止まっておりまして……もう半年になります。私共も困っておるのです」
「は、半年?尾張で一体何があったってんだ?」
「戦ですよ。あの大うつけ殿がいよいよ本格的に尾張統一に動き出しておるらしい。迷惑な話じゃ」
ああ、なるほどね。確かに2年ちょっと前に父上と信長様が協力体制になったことで尾張の敵勢力は信長様の弟の信行殿くらいになったんだっけ。多分それと戦ってるんだろう。
「仕方ないな。陸路で行くか」
「了解しました。ご主人様」
「ほっほ、ならもうしばらく共に旅を続けようぞ」
こうして俺たちは陸路で尾張を目指すことになった。
旅の間、俺は襲ってきた動物の駆除やご飯のための狩り、時には盗賊の相手などをした。祈は主に料理、その他生活面諸々。ここにきて発覚する「剣聖やっぱ使えない問題」!!というのも剣聖は自称護衛という名のタダ飯食らい。薬味と雑草の区別もつかないため採集すらできないというダメっぷり。護衛の役目すら俺が遠距離で狙撃して終わりというのがほとんどだ。言いたくないがこれではただの”お荷物”だ。
「本当にあなたは何ができるんですか!!」
森に入り、毒キノコを集めてきた剣聖についに祈がブチ切れた。
「ほっ!?!? あ、鮮やかな方がおいしいかと思って……」
剣聖に悪気はないんだよなぁ……。そのせいもあって祈も俺もこれまで強く出れないでいた。だがついに祈の堪忍袋の緒が切れてしまった。
「こんなの食べられるわけがないでしょう!こんな鮮やかな模様がついたキノコ!それとも食べて確かめてみますか?」
祈が剣聖の口を無理やり開き、毒キノコを押し込もうとする。
「むおっ!?!?」
「ちょ!祈ストップ!!それはダメだって!!」
慌てて祈を取り押さえる俺。さすがに毒キノコはまずい。シャレにならないやつだ。
「なんで止めるんですかご主人様!」
「よくやったぞ千代松!」
同時に飛んでくる罵声と感謝。
「さすがにあの老体に毒キノコはまずいんじゃないかな?」
「そうじゃ!いくら儂が剣聖でも毒には勝てんぞ!」
「てめぇちょっと黙ってろ」
「む、むぅ」
「こんなことで祈が人殺しになってほしくないんだよ。だから、な?」
「は、はい。わかりました。ご主人様、申し訳ありません」
祈は落ち着いたようだ。もうこれで大丈夫だろ。
「でもまぁ、剣聖にも働いてもらわないとな。剣聖は何ができんだ?」
「そうじゃのう、護衛は間に合ってるようじゃし。儂にできることといえば、剣を振ることくらいじゃからのう」
マジでそれしかできねぇのか……。今までどうやって生きてきたんだ??
「あ、じゃあ動物の皮をはがしたりその肉を切り離したりするのはどうだ?いつも祈大変そうだし」
「おう、そのくらいならお安い御用じゃ」
「祈もどうだ?」
「まあ、確かにそれは助かります。ではタダ飯食らい様は料理のカット担当ということで」
こうして剣聖も一応、役目ができた。早速、今夜から働いてもらった。今夜のメニューは猪肉とキノコのソテー。いつも通り、すごく美味しかった。なぜかこの晩、剣聖だけが腹を下したのは秘密のお話。
「剣聖殿、俺にあの熊を倒した技を教えてほしい」
俺があの一撃を見た時から思っていたことだった。あの俺が今まで見た中で最も早く、美しい一撃。それに憧れるのも当然の話だった。だからこうして下げたくもない頭を下げてまで頼み込んでいた。
「むぅ、”一之太刀”か……。あれは儂がこの66年かけて編み出したまさに”奥義”と呼べる代物じゃ。おいそれと教えることは出来ん」
「そこをなんとか!!」
「駄目じゃ」
「剣聖様!!」
「嫌じゃ」
「そこをなんとか~!」
「むぅ、教えろと言われてものう。あれは剣を振る動作をすべて最小限、いうなればすべてを合理化した技じゃ。一朝一夕で身につくものではない。お主では無理じゃ」
「すべてを合理化?」
「お主には恩もあるしのう。では少しだけ教えてやろう。先に言っておくがこの技は教えたからすぐできるものではないぞ?」
「はい!」
「では見ているがよい」
剣聖はそう言うと愛刀をもって立ち上がる。そして近くにあった大木に剣を構える。
「奥義”一之太刀”ッ!!」
剣が振るわれた?のか?見えなかった。刀が鞘から出ていたのは0.1秒にも満たない。まさに神業だ。
「わかったか?」
いや、全然。
木を確認する。見事に斬られている。木は、まるで切られたことに気づいていないかのように立ち続けている。
「す、すごい……!」「すごいですね……」
俺と傍で見ていた祈が感嘆の声を漏らす。
「ほっほ、そうじゃろう?我が生涯最高の技じゃからな」
「こ、これを習得するにはどうしたらいいですか?」
「ひたすら鍛錬、それのみじゃ。じゃがコツのようなものはある。さっき言ったようにこの技はすべてを最小限にした技じゃ。腕の動き、力の入れ具合、剣先の動きから呼吸まで、すべてを最小限で動かすのじゃ。そうすることで速く、強く、美しく、的確な技が完成する。力の入れ具合は斬る対象が切断される”だけ”の力じゃ。これを見極めることが何よりも難しい。何といっても斬る対象によってそれは変わるからのう」
こ、高度すぎる。明らかに俺には早かった。そう思う。でもこれを学べる機会はもう二度とないかもしれない。そう思い、俺とついでに祈も”一之太刀”の特訓に励むのだった。
10日ほどで俺たちの一行は四日市に到着した。前回のペースとほぼ同じで、旅は順調といえるだろう。四日市の街についた途端、剣聖が俺らに別れの挨拶を告げてきた。
「では、儂はここから京に向かう。千代松、祈、世話になった」
「えっ?もうですか?最後にご飯でも……」
「必要ない。あいにく、金も持ってないしのう。それに儂もお主らも先を急ぐのであろう?」
「ああ、そうだが……」
「なら、急いだほうが良い。昔から”善は急げ”というものじゃ」
剣聖はもう俺たちと一緒にいる気はないらしい。なら俺たちのすることは1つだけだ。
「剣聖・塚原卜伝殿、これまでありがとうございました!!」
「ありがとうございました!」
この人とはいろいろあったがなんだかんだ楽しかった。熊から守ってもらったし、奥義”一之太刀”も教えてもらった。感謝しかない、わけではないが何よりも先に出てくるのが感謝だというのは間違いない。
剣聖は俺の肩に手を置き、話始める。
「千代松、そなたはすでに強さだけで言えばほぼ”最強”に近い。そなたに勝てる者など儂を除けばそう居ないであろう。自信を持て!だが己の力に自惚れるなよ!大事なのは油断しないことと、自分はまだ強くなれると思うことじゃ」
「はい!!」
「祈、そなたはこれからも千代松を支えてやれ。千代松は強い。だが強さと弱さは紙一重じゃ。お主はその弱さを補ってやれ」
「は、はい!」
「あと”一之太刀”の修業はぬかるなよ!あれは最強の奥義じゃ!そうそう身につくものではないが、努力し続ければいつか必ず使えるようになる!信じて、剣を振り続けろ!」
「「はい!!」」
「では、さらばじゃ。また会えることを願っておるぞ」
「剣聖様もお元気で!」
剣聖は振り返ることなく去って行った。俺と祈はその後姿を見えなくなるまで見ていた。
こうして、剣聖との愉快な旅は終わり、俺と祈の二人で尾張に向かい再び歩き始めた。
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(ほっほ!最後は剣聖っぽいイイ感じなことを言えたぞ!これであやつらの儂への印象は”雑草と薬味の区別のつかないダメなおじさん”から”超カッコよくて偉大な剣聖”になったこと間違いなしじゃ!!)
そう剣聖はほくそ笑む。
剣聖は背筋を伸ばし、振り返ることなく千代松たちから離れていく。すべては彼らの中の”カッコいい剣聖”というイメージのために。