第30話 卒業式と告白
長め
朝早く起き、祈に髪を整えてもらい卒業式の服装に着替える。ちょっと豪華な和服って感じだ。卒業式は8時から。これから祈の朝飯を食って出発する。朝食はオムレツと食パンとスープ。ここ本当に戦国時代?まあ俺が教えたんだけどさ。
卒業式に出るのは9年の先輩方と俺。周りが年上でちょっと居心地が悪いが堂々と胸を張っておくことにする。卒業生は桔梗先輩、橘先輩、俺のたったの3人なのでスムーズに進んだ。開会式、里長の式辞、在校生代表のスピーチ、桔梗先輩のスピーチ、橘先輩のスピーチ。察した人もいるだろう。次は俺のスピーチだ。俺こういうの苦手なんだけどな~。
「~ます。ではこの里と学校の今後の繁栄を祈って卒業の挨拶とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました」
あ、橘先輩のスピーチが終わった。緊張してきた。
「では続いて、6年の坂井千代松の挨拶です」
進行に言われ、壇上に上がる。誰から見ても俺の動きはカチカチだったと思う。壇上の真ん中に立って見ている人を上から見下ろす。
(全員カボチャ、全員カボチャ)
見ている人をカボチャに見立てて緊張を解こうと試みるが全く効果がない。こういう時ってどうすればいいんだ?
その時、足に何かが当たる。それが飛んできた先を見る。そこには一番前で見ていた丹波がいた。丹波は俺と目を合わせ、ニッと笑い親指を立てる。緊張すんなと言っているように見えた。
ああ、そうだ。何も緊張することはない。いや、あるんだけど。大勢に見られてるのは緊張するだろ!!でもなんかおかしくってちょっと緊張が解けた。深呼吸して話始める。
「皆さんこんにちは。6年の坂井千代松です。まずはこの度は我々卒業生のためこのような素晴らしい式を開いていただいてありがとうございます。私は前の二人とは違い6年で卒業という形になります。というのも私は尾張から修行という形でこの伊賀に来ていました。そんな曖昧な関係にもかかわらず、この里の人々、そしてこの学校の人々には非常に良くしていただきました。深く感謝いたします」
本当にこの里の人にはお世話になった。深く頭を下げる。
「私は卒業後、尾張に帰ることになります。ですがこの里の皆さんのことは絶対に忘れません。最後に、この里と学校の安寧と今後のさらなる活躍を祈り、卒業の挨拶とさせていただきます」
会場が拍手に包まれる。それを聞いて俺も心をなでおろした。
その後、卒業証書を受け取り卒業式は終了となった。卒業式は小中高大もあわせて5回目だがここまで感動する式は初めてだった。
「卒業おめでとっ!!ちーくん!」
「あぁ、ありがと。スピーチめっちゃ緊張してたんだけど変じゃなかった?」
「ううん、最初歩いてくるときはガッチガチだったけど話し始めたら全然緊張とか感じられなかったよ。最後の方はむしろスッキリしてるみたいだった」
「そっかよかったー」
「ちーくんは明日には尾張国に帰っちゃうんだよね?」
「ああ、そのつもりだ」
「そっか、そうだよね……」
「ん?どうかした?」
「い、いや、何でもない。ほら行こっ!食事会!」
「お、おう」
卒業式の後には仲の良かった人たちなどを集めて食事会がある。まあほぼ全校生徒なんだけど。里で一番大きなホールで行われ、普段出てこないような料理も出てきたりするのだ。会場につくともうすでに多くの人が集まっていた。祈も忙しそうに料理を運んでいる。
「おお、すごいな。いろんな料理がるぞ」
「わー!あれ美味しそう!!」
机には普段は絶対に出てこない美味しそうな料理がたくさん並んでいる。バイキング形式だ。
「おっ、やっと来たかお前ら」
「おー丹波早いな」
「ああ、父上とここの手伝いしてたんだ。この里では大きなイベントだしな」
「俺らもなんか手伝った方がいいか?」
「いや、千代松は今日の主役の一人だしいいよ」
「わかったー!!じゃ行こっち―くん!!」
「お前は働け」
手伝いをさぼろうとしたもみじを丹波が引き戻す。もみじは渋々机を運び出した。そんな様子を尻目に俺は開いている席につく。
「卒業おめでとうございます。ご主人様」
「おう、祈ありがとう。手伝いはもういいのか?」
「もう食事会が始まりますから。楽しんで来いと」
「そうか、じゃあ一緒に食べようか」
「で、では」
祈がコップをおずおずと上げる。
「うん、乾杯」
カチンと音を立て、飲み物を口に運ぶ。当然お酒ではない。ちょっとだけビール飲みたいけど当然この時代にはない。流石の祈も作れないだろうし。そもそも俺も作り方知らないんだから作れるわけがない。
「明日にはここの皆様ともお別れですね」
祈が食事会の様子を見ながらそんなことを言う。
「だな。お世話になった人たちに挨拶しないと」
「そうですね。私ももみじさんや牡丹さんにお別れの挨拶をしようと思います」
「家の片づけはもう終わってる?」
「はい、あとはご主人様の私物と工房だけですね」
「実質全部俺じゃん」
「今日中に片しておいてくださいね」
「はい・・・了解しました」
「ふふん、よろしい。じゃあ料理を取りに行きましょうか」
「だな」
「私の自信作の白身魚のフライもあるので是非」
「お!じゃあまずそっちに行こうかな」
そんな感じで俺たちは食事会を楽しんだ。祈の白身魚のフライは大人気であっという間に無くなった。
そして午後、俺は家の片づけに奔走することになった。
夕方、もみじが家を訪ねてきた。
「お?もみじどうした?」
「あ、もみじさん。いらっしゃい。どうなさいました?」
「ちょ、ちょっとちーくんに用事があって・・・」
珍しく歯切れが悪い。どうしたというのだろうか?
「すみません。家はちょっと今片づけている途中で・・・」
「あ!気にしなくて大丈夫!ちょっとちーくん借りてくね!」
そう言うともみじは俺の手を握り走り出す。
「ちょ、おい!なんだよ!どこ行くんだよ!」
「いいからいいから~」
だいたいなんで俺を借りるときは祈に言うのだろうか?俺は祈の所有物じゃないんですが?どちらかと言うと祈が俺の所有物なんですが?物なんて思ったことはないけど。
「ふぅ。この辺でいいか」
10分ほど走り続け里から少し離れた場所で俺は解放された。そこは夕日で輝く湖のほとり。春ならでは花が咲き乱れている。前世を含めてもこんなきれいな場所には来たことがない。湖の反対側には里が見える。
「へぇー、こんな綺麗な所があったのか。すっげぇな!!」
俺の感嘆の言葉には返事がない。
「もみじ?」
どうしたのかと思いもみじの方を見るともみじは何やらなぜか顔を赤くしてこっちを振り返る。
この時、俺の脳内に一つの可能性が示唆される。この絶景、夕暮れ、完璧なシチュエーションだ。そして顔を赤くしたもみじ。この空間には俺ともみじだけ。これは、あれか?いわゆる”告白”というやつなのか?そう考えると急に俺の心臓が早鐘を打つ。
「も、もみじ?」「ちーくん」
ほぼ同時にお互いを呼びあう。でもそれは本質的には違った。俺の疑問っぽい呼び方に対し、もみじは確実に何かの覚悟を秘めている呼び方だった。
「ちーくん」
もう一度呼ばれる。俺は返事ができない。心臓の鼓動はますます早くなっていく。
そしてもみじは決定的な一言を口にする。
「ちーくん。あたしはちーくんが好き。大好きだよ」
前世を含めても初めて告白された。その事実に何も言えなくなる俺にもみじは言葉を続ける。
「だから、あたしも一緒に連れて行ってほしい。尾張に。これからもちーくんと一緒に居たい」
ここまで言われても俺の口から言葉は出てこない。何か言わないといけないのに、頭ではいろいろ出てきているのに口から出てこない。本当に自分が嫌になる。
「ダメ、かな?」
ダメ押しの一言。その一言についに俺の口が動く。
「もみじ」
もみじの顔が引き締まる。俺にフラれることを恐れている。当然だろう。俺ももみじを悲しませたくない。できることなら受け入れてあげたい。でも俺には祈がいる。それに俺が帰ったら仕える信長はこれから天下取りという修羅の道を行く。そして俺はそれについて行く。もみじまでそのつらい道に巻き込みたくない。そして何より、もみじのことを強く想っている人がいることを俺は知っている。
「もみじの気持ちはすごく嬉しい。俺ももみじのことは好ましく思ってるし、できることなら連れて行ってあげたい。でも、ダメなんだ」
「な、なんで?」
「俺は尾張に戻ったらあの織田信長に仕える。あの大うつけのだ。そして信長は天下取りという長くてつらい道を行く。俺はそれについて行く。もみじをそんな危険な所に巻き込みたくない」
「あたしは大丈夫。それにちーくんならきっと危ないことがあってもあたしを守ってくれるでしょ?」
「もちろん、その時はそうするさ。でも俺には・・・」
「祈ちゃんがいるから?」
祈がいる。その言葉を言ってもいいのか?俺が一瞬悩んでいると、もみじに俺の思っていたことをあてられた。
「・・・ああ」
「二人は守れない?」
「わからない。でも一緒になったのに守れないなんてこと万が一にもはあっちゃいけないと思ってる」
「・・・」
「それに・・・」
「?」
「お前を守りたいと誰よりも強く想っている人を俺は知ってる」
「……え?」
「そいつは俺よりも強くて、優しくて使命感がある、すげぇやつだ。だからきっと…」
「あたしはちーくんがいい!あたしは誰か知らないその人よりもちーくんと一緒に居たい!!」
「・・・わかった。でも今は出来ない。でも俺は必ず強くなって伊賀に帰ってくる。その時にまだもみじの気持ちが変わってなかったら、その時は俺がお前を貰ってやる。もみじを必ず守れる力を持って迎えに来るよ。」
「……」
「これじゃ、ダメかな?」
「…わかった。約束、だからね?」
「ああ、約束だ」
「絶対、絶対迎えに来てね?」
「もちろんだ」
「ごめん、先、帰ってて、もらって、いい?」
もみじは嗚咽交じりの声でそう言った。
「ああ」
俺はうなずき、里の方へ歩き始める。後ろから抑えた泣き声が聞こえてくる。
こんな曖昧な返事をして本当に悪いと思っている。その分、俺がここに戻ってきた時こそ、ちゃんともみじの気持ちを受け止める。俺は振り返ることなく、歩き続ける。空はもう暗くなっていた。