第28話 鹿鹿鹿とニートの剣聖
伊賀の忍びの里から西に馬で2時間半。山を超えたところに旧都・奈良がある。
「やっと着いたー!」
もみじが馬から飛び降り、腰に手をあて大きく伸びをする。途中で一度休憩を挟んだものの馬での移動は腰にくる。
「で、どうする?鹿見に行くか?」
「先に飯にしようぜ」
時刻は12時すぎ。ちょうどいい時間だろう。
「適当に街を歩いて良さそうな店があったら入ろうか」
「だな、あっちの方に店が並んでるみたいだしあっち行こうぜ」
「さんせー!」
丹波が馬を引いて先頭を歩き始める。
俺たちの修学旅行が始まる。(丹波ともみじは卒業しないけど)
奈良の街並みは中学の修学旅行で来た時と大きく変わっているわけでは無かった。もちろんキーホルダーが売ってるお土産屋さんは無いし、タピオカやジェラートなんかを売ってるお店もない。でも団子を売ってる茶屋だったり、木刀を売ってる土産屋もある。木刀修学旅行の時に買ったなー。木刀のお土産はもはや戦国時代から続く日本の文化だったのか。
「お、ここ良さそうじゃね?」
丹波がそう言って指差したのは飛鳥鍋のお店。
「えー、昼から鍋?あたしあっちがいい」
もみじが指差したのは柿の葉寿司のお店だ。
「は?寿司?そんなの伊賀でも食えるぜ」
「はあ?鍋だって食べれるじゃん!」
「ここの鍋はただの鍋じゃねえ。奈良名物の飛鳥鍋だ。鶏ガラ出汁の効いたスープに牛の乳を加えた特別な鍋なんだよ!」
「作り方知ってんなら伊賀で作ればいいじゃん!」
丹波の飛鳥鍋の解説にもみじが的確すぎるツッコミを入れる。これには丹波も唸るばかりだ。
「はい!じゃあ寿司で決定ね!ちーくんもそれでいい?」
「ああ、じゃあ入るか。ほら!行くぞ丹波!」
「飛鳥鍋……」
「もう諦めろ、寿司だってきっと美味しいよ。切り替え切り替え」
「飛鳥鍋……
」
飛鳥鍋ロボットとなった丹波を引きずって寿司屋へ入った。丹波は茶碗蒸し食ったら元に戻った。
興福寺の境内には修学旅行で来た時の記憶と同様に無数の鹿がいた。
「わぁ、ほんとにいっぱいいる!」
「だな。この奥に広場があってそこにはもっといるらしいぜ」
「え!じゃあ行こっ!」
もみじが走り出す。俺と丹波も急いで追いかけた。
広場には無数の鹿がいた。多分ここは500年後には鹿公園になるのだろうか?とにかくさっきの興福寺の比にならない数の鹿がいる。
「わぁぁぁ!やばぁ!!」
もみじが鹿の方に走り出した。もみじが鹿の方に接近すると、鹿ももみじに走り寄る。美少女と鹿の微笑ましいワンシーン、かと思いきや鹿はものすごい勢いで突進している。
「わぁぁぁ! ちょ、え!? 待って待って待って待って!!」
最初は歓声を上げていたもみじだったが鹿の勢いに気づき、悲鳴に変わる。
そして鹿は勢いを衰えさせることなくもみじに体当たりした。
「にょっ!?」
女の子としてあるまじき声を出して吹っ飛ぶ。
だが鹿は吹っ飛んだもみじにさらに追撃をかける。
「ちょっと! 待って待って! ちーくんヘルプ!! 丹波でもいいから!!」
「あー、頑張れ」
「うん、頑張れ」
「なんでよぉぉ!!」
「っておい!!こっちにくんな」
「隠れ身の術」
「左に同じ」
俺と丹波は二人そろって隠れ身で姿を消す。近くの木の上でもみじと鹿の乱闘を観戦する。
「おーい!逃げんな!! 丹波!! ちーくんも!!」
もみじは俺らとは真逆の方向に叫んでいる。あ、どつかれた。うわー、痛そー。現代では切り取られている角もちゃんとあるからなー。
その後5分くらいその様子を眺めたのち、俺と丹波でもみじを救出した。もみじは鹿のよだれでベトベトだった。
「うわきったね」
「触りたくないな」
「ならもっと早く助けてよ!!」
ベトベトになったもみじを近くにあった井戸で洗浄し、次に向かったのは奈良観光では外せない東大寺。
「やばっ!?でっか!?」
首が痛くなるほど見上げないといけないほどでかい大仏。それを見上げ、もみじが感嘆の声を上げる。
「だな。伊賀の寺にある仏像とはすげえ違いだ」
「それは比べる対象間違ってないか?」
里の寺の仏像は1メートルもないだろ。
賽銭箱の前まで行き、小銭を一枚入れる。
そして黙って願いを頭の中で唱える。
(尾張に帰ってもうまくやっていけますように)
(立派な里長になれますように)
(鹿が襲ってきませんようにっ!!)
「椎茸がこの世から無くなりますように椎茸がこの世から無くなりますように椎茸がこの世から無くなりますように」
3人が黙って願いを唱えているのにそんなふざけた願いが横から3連で聞こえてくる。って言うか聞き覚えのあるこの声は……
「タダ飯食らいの剣聖様じゃないですか……」
なんて言うアホな願いをしてるんだ、この人は。
「む!? いきなりタダ飯食らいとはひどいではないか。む、貴様は……!」
「お久しぶりですね、剣聖様。お元気そうでなにより」
「おお!久しぶりじゃな。あの後那古野で一悶着あったらしいではないか。てっきり死んだと思っておったぞ」
「はい、おかげさまでなんとか無事です。剣聖様はなぜここに?駿河へ行ったのでは?」
「むう、そうなんじゃ聞いてくれ!駿河の義元の小童というのが本当にろくでなしでな……」
剣聖は俺に駿河であったことを語った。というより愚痴った。義元の小童の氏真というのは剣の鍛錬の時ですら顔を真っ白に化粧するような貴族気取りのボンボンだったらしい。そして叱るとすぐに父である今川義元に泣きついて義元から剣聖がお叱りを受けるという仕打ちだったそうだ。それで不満が溜まりに溜まった剣聖様は打ち込み稽古と称して今川氏真を顔の形が変わるくらいボコボコにしてそのまま逃げてきたらしい。
「は?」
「な、わかったじゃろ?いつかは義元も顔の形変えてやるわ」
「そ、それは……」
「大人気な」
「マジでそれ」
話を聞いていた丹波ともみじがそう呟く。
「な、なんじゃと?! ま、まあその通りなのだが……」
自分でもわかってんのかい。
「というわけで儂はもう駿河、遠江には入れんのじゃ。あそこを通れないとなると東国には行けんも同然じゃ。しばらく駿河におるはずだったので行くあてがないんじゃ。というわけで西国で仕事を探しておったのじゃ」
ニートかい。ならせめて椎茸消滅じゃなくて就職を願えよ。
「な、なあ千代松。さっきからこの人剣聖って?」
もみじがそう聞いてくる。
「ああ、この人は塚原卜伝。一見ろくでなしに見えるけど剣聖だ」
「「ええ!?!?」」「ろくでなしとはなんじゃ!!」
驚く丹波ともみじ。キレる剣聖。
「この人があの“剣聖”?」
「嘘やん」
「おい千代松!ろくでなしとはどういうつもりじゃ!」
奈良観光はさらに混沌を極めていく。