第243話 天正伊賀の乱 捌
柏原城に籠城する伊賀勢を指揮する百地政永は敵中にいる坂井大助を倒さねば勝機はないとし、伊賀の最高戦力を以て坂井大助討伐に向けて動き出した。百地政永に従い、服部保朝・植田光次・福喜多将監の3人の上忍が坂井大助に襲い掛かるも、福喜多将監は坂井大助の弾丸により命を落とす。伊賀の命運を決める上忍2人と坂井大助の戦いの行方は。
福喜多将監が空中で頭を撃ちぬかれ、地面に落下した姿を見て服部保朝は己の実力不足を嚙み締めた。あと1秒早く坂井大助に早く攻撃できていれば防げた結末だ。
「ヘッドショット」
坂井大助が何かつぶやいたと思った直後、力技で距離を取らされた。反対側から同じように攻撃を仕掛けた光次も同様だ。それをした坂井大助は2人を相手にして一切の隙が無い立ち姿。2対1は両腕で同時に牽制できる。3対1で戦っていたさっきまでとは話が違う、攻める難易度がさっきまでとは桁違いだ。福喜多将監を失い、相当分が悪くなったことを改めて理解する。
「悪いな服部保朝、植田光次。俺の勝ちだ」
坂井大助の勝利宣言。2対1だというのに何という強気。だが決して強がりではない、圧倒的な実力からくる余裕と自信。彼の実力を身をもって知る保朝からすれば「舐めるな」と怒りが沸いてくる事はない。
ただこの敗色濃厚なこの状況をどう覆すかだけを考える。しかし、その結論が出る前に植田光次が動いた。
「伊賀流鎖鎌術・奥義」
光次が鎖を持つ指で合図し、光次が何の技を使うかを理解する。保朝は縄を握り、坂井大助の足を縛り、縄の反対側についている鍵爪で攻撃を仕掛ける。当然のように防がれるが、一瞬気を引ければそれでいい。
「”巻落”」
保朝が足を縛った縄を斬ろうとした坂井大助の刀に分銅が付いた側の鎖が巻き付いた。本来、刀一本しか持っていない相手ならここで鎌を使って腹を抉る技、だが坂井大助の左手には連射できる銃が握られている。あれを何とかしないと光次は距離を詰められない。
保朝は今手元に戻したばかりの鍵爪を坂井大助の持つ銃に向けて投擲しようと構える。だがまたもや先に動いたのは光次。光次は鎌を投擲し、銃を弾き飛ばした。そして保朝に向かって叫ぶ。だが、言われなくてもわかる。
「今だァッ!!!!」
鍵爪の反対側は坂井大助の足につながっている。逆利用される可能性がある。以前の立ち合いの時のことを思いだし、保朝は鍵爪を近くの木に投げた。坂井大助の足は拘束されたまま、刀は封じられ、銃は地面に転がっている。千載一遇の好機。刀を抜き、自分の中で最速の突きを放つ。
この状況で坂井大助が生き残る術は一見無いように見える。だが優秀な保朝は1つだけこの窮地を脱する方法が見えていた。そして坂井大助はとっさの判断でその唯一の抜け道を選ぶことに成功した。
まず刀を捨てる。こうすることで縛られているのは足だけ、だが足につながる縄は保朝が先ほど手放し、木に縛り付けてある。つまり、人の手により拘束はされていないのだ。ここで保朝が縄を手放したことが裏目に出る。そして体を捻り、保朝の突きを回避。
さらにここから大助は保朝の予測を越える。
「剣聖直伝”太刀奪”」
坂井大助は突きを避けた直後、保朝の刀を奪おうとする。だがそう簡単に奪われるわけにはいかない。保朝は刀を強く握りしめ、奪おうとした坂井大助の右手を切り落とそうと……
「な……」
突如腹に激痛が走る。見ると坂井大助の左手には血の付いた短刀が握られている。そしてその短刀は先程まで保朝の腰にささっていたものだ。
太刀を奪うと見せかけて、短刀を……
「終わりだ」
そのまま保朝は自分の短刀で胸を貫かれる。的確に心臓を刺し貫いたその一撃は伊賀の北の里長にして伊賀国最強の忍者・服部保朝に与えられた致命の一撃だった。
坂井大助は足に絡まる縄を切ると、残った植田光次に向き直る。
「……坂井大助、これほどか……保朝殿、申し訳ない」
「お前の技は見事だった。それに応じて攻撃を仕掛けた保朝もな」
「それでも貴方には及ばない……」
「……そうだ。わかってるなら投降しろ、丹波に言った通り、俺は降伏すれば民間人も忍びも指揮官も例外なく命は助ける」
「大変魅力的なお言葉ですが、ここで貴方に降れば保朝殿や将監殿に会わせる顔がないもので」
「そうか……」
坂井大助は少し残念そうな表情をしたのち、短刀を構える。光次も鎖鎌を構えた。
「行くぞ」
大助が一気に距離を詰める。そこに分銅を投げる光次。大助はそれをジャンプで躱すとすぐに短刀の間合いまで踏み込んだ。
「”水月之小太刀”」
光次は大助の技を鎌で受けると、鎌の曲がった部分を利用し短刀をへし折った。坂井大助の目が驚愕で見開かれる。そのまま光次は鎌で大助の腹を抉ろうと動く。それは読んでいたと言わんばかりに回避する大助。だが短刀が折られたことでこれで本当に大助は丸腰同然だ。
「火遁!」
大助が手を懐に入れたと思うと、地面から火花が飛び、煙が上がった。
「私に忍術勝負で勝てるとでも?」
「確かに忍術じゃ劣る。でも俺はここで習ったぜ? 派手な忍術は大抵、裏の目的を果たすための囮だ、ってな」
そういった坂井大助が刀を構えた。さっき一度捨てた刀、それが先ほどの攻防の中で鎖から解き放たれ、主の手の元へ戻っている。
「先ほど、貧弱な装備で強気に距離を詰めたのは……」
「あぁ、俺が攻めたらあんたはその鎖鎌で俺を迎撃する。鎖に捕らわれていた俺の刀は放棄せざるを得ない。さぁ、本番だ」
もう分銅も鎌も坂井大助には届かない。距離を詰める大助を迎撃などできるはずもなく、気が付けばもう大助の刀の間合い。
「”乱之太刀”」
光次の最後の抵抗は大助の得意技によってすべて無効化される。
だが光次は笑っていた。もう勝てないにもかかわらず。
「まだ、負けてない」
”乱之太刀”は大助が最も得意とする技だと、光次は2人の里長からよく聞いていた。”乱之太刀”は目で追えないほどの連続技、それによって相手の防御を崩し、対応を遅らせ、その後の大技につなげやすい技。
では”乱之太刀”に弱点はないのか。基本的には無いと言っていい。強いてあげるなら”乱之太刀”は剣聖・塚原卜伝が合理化した『型』であること。『型』であるが故、『型』を知っている相手ならば対応されてしまう。”乱之太刀”は次の技に繋げやすいよう、最後は右下から左上への切り上げで終わる。これは切り上げた後、少し捻るだけで左上段の構えになるから。これが大技に繋げやすい理由であるのだが、切り上げた後、左上段の構えに移るのに一瞬、間が空く。大抵の場合、”乱之太刀”に崩された相手がこのわずかな隙をつくのは不可能であるが。
大助の左上への切り上げ。”乱之太刀”が終わる。
「”一之……」
大助の刀に何かが引っかかる。縄に繋がった、鍵爪。その縄の先、今にも息絶えそうな保朝が最後の気力を振り絞って、放った魂の一投。一瞬、刀が止まる。
「貴方を殺せば任務完了。どんな犠牲を払っても私は任務を完遂する!」
光次が後ろ手から鎖鎌を思いっきり振った。鎖は光次諸共、大助を拘束する。
「何!?」
「貴方は本当に強かった。3人がかりでようやく、相討ちですから」
光次は腹に仕込んでいた、人が死ぬ威力の焙烙火矢を。先ほどすでに点火は済ませた。
大助は慌てた顔で何とか鎖からの脱出を試みる。
「死んでも逃がさないッ!!」
「ッ!? はァッ!!」
大助が刀を振るう。斬撃は植田光次の首元から入り、逆側の腹に抜ける。”一之太刀”。ただこの”一之太刀”は光次を切るために合理化した”一之太刀”ではない。光次を切ったうえで、鎖をすべて断ち切るための剣。失敗したら死のまさに渾身の一撃。
直後、爆音が戦場に響いた。
「……なんで、生きてる?」
「鎖を切って、大急ぎで距離を取った。ちょっと間に合わなくてところどころ痛むよ」
「本当に、無茶苦茶な奴だ……」
「保朝……」
口から血を流し、もういつ死んでもおかしくない保朝を見つめる大助。
「何か、言い残すことはあるか?」
「……伊賀を、頼む」
そう言い残し、伊賀最強の忍者は息を引き取った。




