第242話 天正伊賀の乱 漆
伊賀忍者衆の徹底抗戦を受け、織田軍も柏原城へ総攻撃を開始した。それを指揮する坂井大助は伊賀忍者の棟梁、百地丹波との直接対話を求め戦場を駆ける。
柏原城内は荒れていた。降伏を主張する百地丹波は城内の主導権を握る前里長・百地政永と対立する。結局、意見は纏まらず百地丹波は自らの父の手で柏原城内で倒れることになった。
「里長!」
「先代! どういうつもりですか!」
気を失った丹波を見て他の忍びたちが声を上げる。
「うるせぇよ。降伏主張してる奴がいれば士気が下がるだろうが。この戦であんな中途半端なのがいたら負けに直結すんだ。……座敷牢に放り込んどけ」
「……ハ」
気を失った丹波が2人がかりで運び出されていく。それを気にした様子もなく百地政永が手を叩いて注目を集める。
「んじゃ、今日の策を発表すんぞ。まず前提としてこの戦は敵に坂井大助が居る限りこっちに勝ち目はねぇ。あれはこっちのやり方も知り尽くしていやがる。ま、教えたのは俺だが……」
そう苦笑する百地政永。つられて笑う者は誰もいない。その反応を気にした様子もなく政永は話を続ける。
「今日やることは単純だ。普段の籠城戦をしながら坂井大助の場所を特定する。特定したらそこにこっちの主力を送り込む。この戦は坂井大助がいる限りこっちに傾く事はねぇ。今日中に討て」
百地政永の命令で伊賀忍者衆が坂井大助討伐のため、動き出した。前線で指揮をするのは藤林保正・服部さくら。各戦場に上忍や上位の中忍を配置し、織田の攻撃を凌ぐ。そして各戦場を監視し、坂井大助を探すのは特別上忍・福喜多将監とその配下50名。この50名は隠密に長けた忍者で構成されており、その中にはまだ学生である者も含まれる。
そして彼らが探し出した坂井大助を狩る者たち。伊賀の最上位の実力を持つその者たちは福喜多将監に指示された位置で坂井大助を待ち構えていた。
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思わぬ妨害を受けたが気を取り直して俺は天弥が見た「ヤバイ奴」を探しに戦場を駆けていた。「ヤバイ奴」はおそらく丹波だと思われる。
「見つけた、あいつっす!」
織田の陣からかなり離れ、柏原城にかなり近づいた地点で天弥が声を上げた。天弥が指を指した先にいたのは黒装束を身に纏った忍者。布の隙間から見えたその顔は丹波のものに間違いない。
「丹波」
俺はゆっくりと丹波に近づく。丹波が襲ってくる様子はない。対話は可能だと判断した俺はさらに距離を詰める。それが失敗だった。
丹波が腰の刀に手をかける。そう俺が認識した次の瞬間には神速の居合切りが放たれた。
「ぐッ!?」
俺は首に入った浅い切り傷を指で撫で、何が起きたかを理解する。今のは俺を殺すための攻撃だった。0.1秒でも反射の反応が遅れていたら死んでいた。丹波はもう俺と会話する気はないのだ。
だが俺の耳に飛び込んできたのは丹波の物じゃない、嗄れた声。
「おいおい、ちょっと危機管理がなってねぇんじゃねぇのか? 織田家最強」
「誰だ…‥お前……」
俺が丹波だと思っていた黒装束の男が頭の布を取る。その布と共に丹波の顔が外れる。その中から現れたのはシワだらけ、白髪のおっさん。
「特別上忍・福喜多将監」
上忍……!
福喜多将監と名乗った俺の知らない上忍はニヤニヤと笑いながら種明かしを始める。俺が丹波を探していた様に相手も俺を探していたらしい。そして戦場を偵察していた一人から俺が丹波を探している事を知った福喜多将監は丹波に化ける事で俺を誘き出す事を思い付いた。
「こんな簡単に釣れるとはな。ふ、思ったより楽な仕事だった」
確かに迂闊だった。だがそんな事より今の話で気になったことがある。
「なんで丹波に化けた? 俺を誘き出すなら本人が来ればいいだろ。丹波なら俺に勝ち目があったかもしれないのに」
「……儂では貴様に勝てないと? 舐めるなよ小童が」
「舐めるとかそういう話じゃない。冷静に実力を分析した結果だよ。あんたが俺に勝てる様な実力者ならさっきの一撃で首が飛んでた」
俺が負ける相手、剣聖や上杉謙信ならさっきの居合で確実に俺を倒せていた。丹波でもおそらくそうなってただろう。なのにこいつの一撃は浅い切り傷を作ったのみ。こいつは明らかに格落ちだ。
「丹波本人が出てこない理由がない。丹波はどうした?」
「貴様の知ることではない」
「……まぁ、そうだな。それじゃあ、やるか」
右手で刀を抜き、左手でリボルバーを握る。福喜多将監も刀を構えた。
「俺は織田家家臣・坂井大助」
「伊賀の上忍・福喜多将監」
互いに名乗り、正々堂々一騎打ちが始ま……らなかった。
「覚悟!」
福喜多将監に向かって駆けだした俺の背後に新たな敵が現れる。声を出してくれたおかげで反応が間に合った。振り下ろされる刀を受け、一騎打ちの背を狙う卑怯者に反撃の弾丸をお見舞いする。
卑怯者は弾丸をぎりぎりで回避、そこで一度俺と距離を取る。俺は卑怯者を追撃はせず、向かってくる福喜多将監を迎え撃つ。
「おいおい、2対1とか卑怯じゃない?」
「生憎、我らは侍ではない。わざわざ侍のやり方に合わせる必要はないわ。それと、貴様は勘違いしているぞ。2対1ではない」
俺の刀を振るう手に縄が絡みつく。一体誰が、なんて考えている余裕はない。右手が封じられた俺に福喜多将監の刀が俺に届く。咄嗟にリボルバーで刀を受け止め、力任せに押し返す。さらにリボルバーで右手を封じる縄を撃ちぬいた。
「悪いね、もう僕たちには後がないんだ」
「保朝……!」
木の上から縄を操り俺の右手を封じていたのは服部保朝。後から襲ってきたもう一人の方は誰だ?
「伊賀十二人衆序列一位・植田光次。初めまして、坂井大助殿。お会いできて光栄だ」
「そりゃどうも。できれば1人ずつ相手をしたいところなんだけど……」
「いえいえ、我らは1人で貴方に勝てると思うほど貴方を侮っていませんよ」
俺の提案は丁寧に断られた。
十二人衆の一位。北の里長。歴戦の上忍。
この3人を相手に俺は勝てるのだろうか。
保朝は二度手合わせし、どちらも勝利している。だからといって決して侮れる相手じゃない。縄による拘束術からの連携で即死もあり得る。
残りの2人は何をしてくるか全くわからない。なら、まずは手札が割れている奴から仕留める。
「俺は織田家家臣・坂井大助。かかってこい、上忍ども。全員まとめて相手してやる!」
俺の言葉に3人の上忍が一斉に動いた。植田光次は鎖鎌を振るい、福喜多将監はクナイを投擲する。そして保朝は縄を振るいながら距離を詰めてくる。
俺はジャンプで鎖鎌とクナイを避ける。右手側から迫る縄は刀で切り払い、左手のリボルバーで保朝を迎撃する。そのまま一気に保朝に向けて距離を詰める。
「”突留”!」
「っ!? この前も思ったけど、以前よりかなり腕を上げたね」
「剣聖に習い、戦場で叩き上げられた剣だ。もう喋る余裕なんて与えない!」
俺の剣戟を凌ぎながら俺の剣をほめる余裕がある保朝にそう返す。”突留”から”乱之太刀”に繋げ、保朝を崩したところに天真正伝香取神道流・極意”揚波之太刀”を叩き込む。保朝の両腕から血が噴き出し、保朝の顔から一切の余裕が消える。
腕の傷だけで今の連撃を凌いだ保朝の技術は見事、だがもう終わりだ。
「とどめだ」
保朝を追い詰めた俺は必殺の”一之太刀”を振るう。
「じぃ殿!」
「心得た!」
俺と保朝の攻防に置いていかれた2人の声が聞こえた。直後、俺の腹に鎖が、その鎖鎌の両端をもった2人が思いっきり鎖を引いた。俺は鎖に引っ張られ、後方へ飛ぶ。”一之太刀”はギリギリで保朝に当たらない。
後方にとんだ俺を植田光次と福喜多将監が追撃する。鎖鎌を叩き落し、クナイは避ける。そのまま3対1の接近戦にもつれ込んだ。
「”乱之太刀”!」
剣聖直伝の鹿島新當流と天真正伝香取神道流を極める俺にとっても接近戦は望むところ。だが搦め手の多い忍び、その最高峰3人との戦いに俺は苦戦を強いられていた。
服部保朝の縄による拘束術、これが連携攻撃の起点になる。そして植田光次の鎖鎌術による刀の間合いの外からの高威力な攻撃。その2人をアシストし、俺が3人を分断しようとすれば必ず邪魔してくる福喜多将監。
俺が伊賀に攻め込んだ最初の戦闘で保朝・保正らを撃退できたのは分断して各個撃破できたからだ。数秒でも1対1の状況が作れれば、倒しきるとまではいかなくても相当のダメージを与えることができる。今相手をしている3人もかなりの実力者だが、1対1なら俺の方が強い、はず。だからまずは……
「お前からだ!」
「っ!?」
さっきから俺の分断を妨害してくる福喜多将監を力いっぱい蹴り飛ばす。一撃で戦場から叩き出された福喜多将監は急いで戦場に帰還しようと地面を蹴った。
そう来ると思った。保朝や植田光次なら縄や鎖鎌で空中でも多少動ける。だがお前は空中機動の技は持っていない。即ち、この弾丸は避けられない。
「させるか!」
保朝と植田光次が引き金を引かせまいと攻撃を仕掛けてくる。だが、俺が引き金を引く方が早い。狙うのは脳天。
銃声が響き渡る。
直後、福喜多将監が地面に落ちた。
「ヘッドショット」
刀とリボルバーで両側からの攻撃を受け止めながら俺はそう呟いた。そのまま唖然としている2人を力ずくで押しのけ、片方は刀で、もう片方はリボルバーで牽制する。
そしてわずかな間に味方を一人失い、息をのむ2人に向けて宣言する。
「悪いな服部保朝、植田光次。俺の勝ちだ」と。




