第236話 天正伊賀の乱 参
中忍2人と上忍を1人を失った後は俺の独壇場……とはならなかった。さすがは伊賀の上忍たちだ。柘植清広は手傷を負いながらもなんとか俺の攻撃を凌いでいるし、保正とさくらもまだ動ける。そしてなにより、服部保朝は強敵だった。元々、俺とタイマンで戦っても互角の勝負ができる人物だ。
だが戦況が俺に傾いたのは事実。各段に戦いやすくなった。依然として多対一の状況だがだんだんと戦況は俺の方へ傾いてきた。
まず森田浄雲の抜けた穴を埋め、限界を超え戦っていた服部保朝が崩れた。すると彼から援護を受けながら戦っていたさくら・保正の負担が急増した。徐々に傷が増えていくさくら・保正。柘植清広はすでに満身創痍で疲労困憊。勝負はついた。
「悔しいがここまでだ。引き揚げる!」
保朝がそう叫ぶと伊賀忍者たちが俺との戦闘をやめて距離を取る。
「逃がすと思うか?」
俺は保朝に銃口を向けてそう言った。
「君は逃がしてはくれないだろうね。それでも、逃げる方法はある。複数人いるなら尚更ね。……総員、散開! 分かれて城を目指せ!」
保正がそう叫んだ途端、忍者たちが全員違う方向へ走り去る。なるほど、これなら1人を追いかけている間に他には逃げられる。1人しか仕留められない。
「なら一番強い奴だろ!」
俺は走り去る保朝に向けて引き金を連続で引く。ここで保朝を仕留めれば伊賀勢の士気は大いに下がり、戦力的な意味でも大きく低下する。
強く地を蹴り、保朝の背を追う。だが、次の瞬間。
「んなっ!?」
足に縄が絡みつく。転びそうになり、慌ててバランスを立て直す。
「ただ背を見せて逃げるわけがないだろう!」
縄に捕らわれた俺のわずか前方に焙烙火矢が転がってくる。縄を切っても前に出る選択肢が無くなった。その間に保朝の背中はどんどん離れていく。だが俺にできることは縄を切って爆発から逃れることのみ。
「……あの数秒でこの俺を撒くとは」
まさかこんなにあっさり取り逃がすとは思わなかった。見事だ。見事としか言いようがない。
「仕方ない。命があるだけで良しとするか」
全力で逃げる保朝を探して追いかけて捕まえて倒す、そんな大仕事をするほど体力は残っていない。そもそも上忍たちの急襲なんてどんな猛者でもほぼ確実に死ぬレベルのゲームで言うなら負けイベントみたいなもんだ。生き残れただけで儲けもの。
「そうだ、氏郷……」
俺は五番隊の様子を見に行く途中だった。そう思いだし、氏郷の陣に向かおうと踏み出した足が地面に着いた途端、眩暈がし、地に手を付いた。
「力が……」
どうやら、俺は思っていた以上に追い詰められていたらしい。
その日の昼から俺たちはゆっくりと北の里の防衛拠点である比自山城へ進軍を再開した。五番隊への夜襲はあくまでも俺を誘い出すためで大した被害はないかと思っていたが、実際はかなりちゃんとやられていた。普段は温厚な蒲生氏郷の顔にしっかりしわが刻まれるくらいに。怒ると喋らなくなるタイプのようだ。怖くて近寄り難かったと長可が言っていた。
とはいえ軍全体の進軍速度を緩めなければならない程の被害は出ておらず、遅れも取り戻せる程度。俺も一時は動けないほどだったが、ちゃんと寝て安静にしていれば城攻めには参加できるだろう。
「申し上げます! 丹羽長秀勢が比自山城を攻撃し、苦戦中! 殿に援軍を求めています!」
「早かったな。了解した! 行軍速度を上げるぞ!」
「申し上げます! 滝川一益殿が平楽寺を攻めるも苦戦中! こちらに援軍を求めております!」
「了解した」
丹羽長秀・滝川一益という織田家屈指の名将が2人とも苦戦している。比自山城も平楽寺も確かに攻め難い拠点だが他国に名が通るほどの名城というわけじゃない。規模も小さい。丹羽長秀・滝川一益のどちらもあの2城よりも難しい城攻めをこなしてきた。にもかかわらず攻め落とせない、それはやはり伊賀忍者の力が大きいか。
「軍を2つに分ける。彦三郎と秀隆はそれぞれ隊を率いて比自山城へ向かえ。ただし安易に攻めるな。柵を築き、兵糧攻めにせよ」
「ハ!」
比自山城は北の里の防衛拠点、さっき俺を殺しに来た保朝や保正ら北の主力が集っているはず。そこに攻め込めばどれだけ兵が死ぬかわからない。
「残りは俺とともに平楽寺だ。平楽寺は比自山城に比べれば守りが薄い筈、一益殿と合流し、総攻撃に出るぞ。この旨一益殿に急ぎ届けろ」
「ハ!」
平楽寺は南北の里長や十二人衆が集まり会合を行う言わば伊賀の政治の中心地だ。元来防衛拠点としての機能は期待されていない場所だったが伊賀の自治の年月が重なっていくうちにいつの間にか城のようになっていた、と以前丹波に聞いた。里の防衛拠点ではない場所に多くの人員が配置されているとは思えない。
あくまでも伊賀の最重要箇所は南北の里であり会合の場ではないのだ。保朝が比自山城にいるように丹波もきっと柏原城にいる。おそらく十二人衆のうちの何人かが城の機能を活かし数百程度の兵で守っていると想定している。
「遅くなり申し訳ない、一益殿」
「道中、伊賀衆に襲われたとか。無事なようで何より」
翌日俺は平楽寺を囲む滝川一益と合流した。
平楽寺は俺の記憶にある姿とは様変わりしていた。深くなった空堀、高い城壁、さらに急造したと思われる柵がたくさん。
「そりゃあ来るってわかってたら備えるよな……一益殿、城全体の地図を」
「うむ。……この裏門と思われる場所、こちらから攻めやすい箇所と思い先日から攻めているのですが」
「裏門? 平楽寺には正面に1つしか入り口はなかったと思うが……」
「なんですと?」
俺の知る平楽寺に裏門などはなかった。俺が伊賀に住んでいたのはもうかなり前だから新しく作られた可能性もある。だが俺の脳裏に浮かんだのはもっと恐ろしい別の可能性。あるように見せた裏門に織田軍を集め、叩く。もし突破されてもそこにあるのはただの壁、織田軍は何の成果も得られない。
「正門側に戦力を集めましょう。大丈夫、ここは力押しで十分落とせます。むしろ数が劣る敵はそれが一番嫌なはずだ」
「なるほど、確かに普通に戦えば数で圧倒的に勝る我らが勝つ。私の見立てでは9割5分……これなら!」
一益殿の適当な数字はあまり信用していないのだが。
「ちなみに敵の守将は?」
「音羽半六という者だそうです」
「あー……あいつか……」
「私は知らぬ名だったのですが、大助殿はご存じですか?」
「ご存じも何もこの間殺されかけたよ。まさか軍の指揮までできるとは思わなかったけど」
「大助殿が殺されそうに? 強敵のようですな」
一益殿が神妙な顔でぶつぶつと計算を始めた。……前から気になっていたけど何を根拠に数字を割り出してるんだ。
「出ました、勝率は8割2分! ここは慎重に、私は8割勝つ賭け事で負けた事がたくさんあります!」
「いや、ここに時間はかけられない! 音羽半六を見つけたら俺に知らせろ! 俺が倒す。ここは今日中に落とすぞ!」
もちろん慎重に攻める事に異論はない。丁寧かつ、素早く、犠牲をできるだけ減らして勝つ。
「音羽半六は糸使いの上忍だ。それらしき者を見つけたらすぐに俺を呼べ、わかったな!」
「「ハ!!」」
隊の皆が俺の言葉に頷いたのを見て、俺は攻撃開始の指示を出そうと手を上に掲げる。その時だった。
「わざわざ探していただかなくても、こちらから出向きますよ」
どこからかその背筋が冷えるような声が聞こえた。刹那、整列してる隊員の中から10人、宙に浮かび上がる。その隊員たちは苦しそうに首を掻きむしっている。糸を首に引っ掛け吊るし上げている。
「動かないでくださいね。ここにいる全員、同じ事ができますから」
いつの間にか音羽半六が寺の門の上に立っている。そこから俺たちを冷たい目で見降ろし、そう1人で俺の隊員たちを脅迫した。
「さぁ、あの時の続きを始めましょう。今日は邪魔者もおりません」
そう少し離れた高台に立っている俺に告げる音羽半六。
「いいぜ。お前を殺せばこの戦は終わりだ。話が早くてありがたい!」
「この私に勝てると思っているのですか。どうやら実力差が理解できていないようですね。全く、嘆かわしい」
兵たちは動けない。俺と音羽半六は少し離れた所で視線を交錯させる。互いの動きをじっと観察する。そして数秒の沈黙が流れる。風が吹き、音羽半六の髪がわずかに揺れる。その瞬間、俺は音羽半六に向けて一気に距離を詰めた。




