第180話 上杉輝虎の俺の使い方
「始めろォ!」
上杉軍の弓兵が前進し、松倉城に弓を射かける。城攻めのセオリーだ。
「と、普通に始めてしまったがこれでよかったのか?」
「そりゃあ俺の隊がいる訳じゃないし、率いているのは上杉軍。上杉軍の戦いを基本にして俺はオマケに徹する」
「オマケ、ねえ。その程度の男じゃないだろう?」
随分と高く評価されているが俺一人でできることなんてたかが知れている。今回の戦いの主役はあくまでも上杉軍だ。俺は本陣で指示を飛ばしつつ、俺が一番強く使えるタイミングで精鋭部隊を率いて城に攻め込む。いつも常道や彦三郎がやってることを、何倍もの規模で、しかも上杉軍でやってやるのだ。
……俺が一番強いタイミングっていつ? 俺の隊の皆は俺が一番強く使えるように立ち回ってるって言ってたけどよくそんなこと出来るよね。結局俺はいつも与えられた戦場で戦ってたってことか。一応、平田三位の免許皆伝は貰っているし常道のサポートはありつつも俺が指揮してる認識だったんだけど。思い返してみれば俺が思いついたことを口に出すと彦三郎や常道に止められる事が何回かあったような気もする。
「輝虎様は俺が一番活躍するのはどのような時だと思われますか?」
「ふむ、私は大助が戦っているところを一度しか見た事がない。だから祈から聞いた戦歴から言わせてもらうとすれば、間違いなく暗殺であろうな」
「暗殺ですか?」
帰ってきた答えはまさかの暗殺。武将としてじゃなく忍者として暗殺した方が役に立つって事っていう認識なのね。祈は一体何を話したんだ。
「では祈に聞いた、大助が信長のもとで戦う中で挙げた戦績がどのように戦況に影響したのかを話そうか。まずは稲生の戦い、これは大助が策を立て、その場にいた敵将を討った」
「はい」
稲生の時は信長の本軍が分散している敵軍を順番に倒すという策だった。俺が林美作守を相手に時間を稼ぎ信長が来るのを待つ予定だったが一騎打ちになり、討ち取った。
「大助の隊だけで敵軍を退ける事ができているため、この時は大助が自分の力を過小評価していたことは間違いない」
「その通りです」
「これは初陣だから仕方のない事だ。だが続く浮野の戦い。この時は信長に相談せず軍の片翼を担う大助が単独で敵の右翼に突撃して敵将の首を上げている。だが、全体の戦況を見れば本陣を守る兵が少なくなり、信長に危機が訪れている。来るかわからない援軍が来たから助かったが。何が言いたいのかわかるか?」
あの時、俺が山内盛豊を討ちに動いたから信長に危機が訪れた。あの戦であそこまで信長が危うくなり、一巴先生が討たれたのは俺のせいだ。
「あの戦はほぼ負けていた。少なくとも大助が敵右翼の将を討ちに動いたのは大失策だ。全体の戦況を見誤ったのが原因のな」
「申し訳ありません……」
別に怒られたわけじゃないのに謝ってしまった。この輝虎様の鬼教師っぽい感じに負けた。
「次に桶狭間の戦いだ。先に言うが、私は大助の功が最も大きいのがこの戦だと思っている」
「ほう?」
「この戦で大助は単独で今川本陣を探し出し、そこにいた敵将を2人暗殺した。そして本陣の情報を信長に伝え、奇襲を敢行。そこでも敵将1人を討ったのち、今川義元と一騎打ちした。この結果、義元は討ち取られ今川家はその後滅亡。今川義元だけでなくその配下の武将を3人討った大助の功績は計り知れない」
鬼教師に褒められるのってなんか認められた感じがして普通の先生に褒められるより嬉しく感じるよね。それがあの上杉謙信だと言うのだから尚更。ついニヨニヨとした笑みを浮かべてしまうのも仕方ないと思う。
「もちろんこの戦で最大の功は今川の本陣を特定したことだが、奇襲前に障害を暗殺で排除したのはそれに並ぶほどの功績だ」
あの時は第一功だったし俺のおかげで勝ったといっても過言でもないだろう。
「その後も美濃、伊勢、近江で戦っているがこれ以上の功績は無いと見た。それに北伊勢侵攻の際、大助は暗殺者に殺されそうになったと聞いた。大助ほどの手練れがだぞ? 暗殺という手段は実に合理的だろう」
「でも、暗殺ですか……俺はこの前武田信玄の暗殺に行ったとき失敗してます。そこまで自信は持てません。まして完全警戒状態の城はさすがに……」
いくらなんでもあれに侵入するのはしんどい。松倉城は越中でも5本の指に入る名城だ。
「なに、城主を討って来いって言っているわけじゃない。ただ、大助が入る精鋭軍の正面にいる敵部隊の将の首をササっと取ってくればいいのだ。それだけで精鋭軍の通りが良くなる」
「えぐいこと考えるね……わかった。機会は自分で作れってことね。精鋭軍の他に50人、盾と長槍隊を貸してくれ」
「了解した」
「理由……聞かないのか?」
「お前が敵将の元へ行くときの囮にするんだろう?」
「なるべく死人は出さないようにする」
そう言い残して俺は本陣を出る。別の場所にいた祈と葵丸の元へ向かう。
「父上、出陣ですか?」
「ああ。お前はここでおとなしく待ってろよ」
「兜鎧は付けないのですか?」
葵丸は俺が甲冑をつけずに戦場に行くのが不思議なようだ。まあ、普通はそうだよね。
「今から行くのは忍者としての仕事も兼ねてるからな。それに胴だけは付けてるから大丈夫。それより祈、葵丸を頼んだぞ」
「はい、旦那様。ご武運を」
祈は何も心配していないようだ。俺まだ武田に受けた傷も完治してないんだからちょっとくらいは心配してくれてもいいと思うんだけど。
「さっさと終わらせてお家に帰りましょう。ずいぶんと長い間開けてしまいましたから、きっとお宮も顕蔵も心配しているでしょうから」
「ああ、そうだな」
祈の言葉に笑顔で返す。葵丸に目を瞑るようにお願いし、キスを交わした。行ってらっしゃいのキス、これで元気も百倍、怪我の痛みも忘れ最高のコンディションで臨めるぜ。
俺は上杉の精兵を連れて、本陣を飛び出した。