第171話 愛銃の行方
長篠城に入った武田軍は、またしばらく動かなかった。変わったことといえば俺への見張りの増員。俺が絶対に武田軍に入らないと察したのだろう。だが織田との交渉材料でもある俺の扱いにも困っているようだ。
とはいえ俺は上忍、誰にもバレずに抜け出すなんて朝飯前。ということでまず俺は奪われた武器を探しに武器庫に足を運んだ。今は戦中、主な武器は兵が身に着けている、武器庫といっても小さな部屋1つ分しかない武田が持ち運んでいる予備の武器たちだ。移動中に当たりをつけていたのだ。
武器庫の見張りの背後を取り、絞め落とす。カッコよく首を一撃で意識を刈り取るみたいなことが出来たらいいんだけどね。意識のない見張りを壁に寄りかからせ、俺は武器庫の中へ。
「おぉ、これはなかなか」
手前側には歩兵用の甲冑や槍、弓が並んでいる。注目すべきは奥の方。なかなかに立派な刀や十文字槍なんかが並んでいる。
「この刀なんて結構な一品だろ。俺の刀がなければ貰っていくか」
他にもいろいろ漁ってみるものの俺の銃は見つからない。刀も見つかるまでの代用品として一番よさそうな奴をパクっていく。
「当てが外れたな。ここに無いとなると……」
奪った物は別の所に保管されているのか。あるいは奪った本人がそのままくすねているのか。後者だったら探すのは相当しんどいぞ。
「ん?」
武器庫の隣の部屋から明かりが漏れている。何となく気になって武器庫に戻り、屋根裏からその部屋を覗き見る。
「なるほど、引き金を引くのと同時にここの部分が回り次の弾が装填されるのか」
「全く新しい技術だ。織田の技術力はこれほどか」
「こちらの方はどんな技術かさっぱりわからんな」
「なん、だと……俺の銃が……」
その部屋で俺の銃はバラバラに完全に分解されていた。大勢の男がそれを囲み食い入るように見つめている。
「とはいっても皆殺しにして奪い返すわけにはいかないぞ……そんなことしたら容疑者は俺一択、一発死刑だ」
もちろん、ただでやられるつもりはないが。でもこんな城内で騒ぎ起こしたらいくら何でもこの体で逃げ切れる自信はない。
「仕方ない。出直すか」
今日は在処が分かっただけで満足しておこう。いや、あいつらが俺の銃をいつ壊すかわからないという不安要素が増えたが。また隙を見て奪い返しに来るとしよう。
だが俺が奪い返しに動く前に武田軍は長篠城を出た。
「ったく、今度はどこへ行くってんだよ」
「さあ? でも方角的に宇連川沿いに北上してるな。このまま信濃に入っちまうんじゃねえか?」
ここ数日で仲良くなった見張りのおっさんと行き先を推論してみる。確かに方向は信濃方面。三河街道を北上している。戦前に山県昌景が三河侵略のために進撃した道だな。
信濃国は武田領、武田領に入られたらこれまた面倒なことになるな。逃げるのも一苦労だ。でも以前もそうだったように軍が展開しているため今も逃げられる状況ではない。
そもそも武田の狙いは何だ? 西上作戦は終わりか? 一瞬、日本地図を思い浮かべ、尾張・三河での織田との衝突を避けて信濃から美濃に行くルートを思い浮かべたが信濃・美濃の国境は日本アルプスがある。軍が通行するのは無理だ。もちろん通れる場所がないわけではないが信長だって警戒していることは間違いない。衝突は避けられない。
野田城を出て以降、武田の動きの真意が見えない。そもそも俺が武田信玄の考えを見透かせたことなんてないんだが。むしろいつも見透かされているような気さえする。
「ま、あんたは軍がどこへ行こうと一緒に連行されるだけだからな。どこへ行くかなんて気にすんなよ」
「そうだな。この通り、動けねえし」
俺は固く縛られた腕を見せる。この程度ならどうとでもなるのだが、これを見せておけば見張りのおっさんが安心する。残念なのはせっかくパクった良い刀を床下に隠したまま、回収できずに連れて来られちまったことだな。
武田軍はそのまま信濃国に入り、駒場という小さな町に到着する。しばらくここで滞在することになったらしい。
駒場に到着して1週間が経った。俺は捕らわれている家だけでなく、町全体を把握した。もちろん、武田信玄のいる屋敷も。
「これ以上、武田領の奥深くに入られるとしんどいんでな。傷もそこそこ癒えてきたしそろそろ脱出させてもらう」
仲良しの見張りのおっさんを気づかれることなく、痛みなく失神させる。世話になった飯係もこの時間にはいないことを把握済みだ。そして信玄のいる屋敷に向かう。
屋敷の塀を飛び越え、中にいる見張りの死角になる場所に入り込む。多少強引な手だが、たまにはいいよね。
さ、信玄はどこかな? あと銃もまた探さないと。他の屋敷には無かったし多分ここにあると思っている。信玄がいることを前提にしてもこの屋敷見張りが多すぎるんだよ。それもあってこの屋敷だけは探れなかった。行き当たりばったりは避けたかったけど武田の今後の動きがわからない以上、そろそろ動かないとな。
屋敷の屋根裏から部屋を見て回る。お目当ての部屋はすぐに見つかった。相変わらず分解した銃とにらめっこしているおじさんたち。今回は殺してでも奪い返す。武器は短刀1本、敵は6人。
まず不意打ちで後ろから心臓を一突き。そして面食らっている間にもう一人、短刀で首を掻き切った。あと4人、全員、刀を抜かれる前に殺す。
両隣の奴の足を払う、体勢を崩した二人より先に今まさに刀に手をかけている二人を先に殺る。一人は胸に短刀を投げ、殺す。もう一人は……良い所にあるじゃん、相棒。
ショットガンは分解されているがリボルバーはもう研究が終わったのか、元通りに組み立てられている。ご丁寧に弾まで装填されているときた。
前世で、アニメのアイツに憧れてひたすら練習した早撃ち。今までで一番うまく、早く、正確な3連撃。3人の脳天を正確に撃ち抜いた。リボルバーを指に引っ掛けくるくるとまわす。
「やっぱしっくりくるな、俺の相棒」
こうして俺はしばらくぶりに銃を握った。ショットガンの組み立てはすぐに終わらせた。散弾は撃ち切っていたから今回はただのお荷物だがな。
「さ、信玄の部屋はどこかな」
そうして俺は信玄の部屋を探して屋敷の中を歩きだした。