第167話 出し尽くす
※残酷描写あり
《本多忠勝》
この状況は非常にまずい。大助殿は武田信玄を追い詰めているつもりであろうがこれは武田に突撃した俺たちが武田に包囲された形だ。後詰の直政殿と忠広殿は退路確保のために山県昌景の所に残っている。その後も近衛兵で数を減らし、今この本陣までたどり着いている味方の兵は1000ほど。先程から後続が来ないことを考えても、すでに後ろも敵が囲んでいるのだろう。
「大助殿、この状況はまずい!! 撤退しよう!!」
「何を言っている!! ここで武田信玄を討てば俺たちの勝ちだ!! 首を取れば敵の士気は落ち、降伏する奴もいるだろ!!」
確かに大助殿の言うことも一理ある。だが逆に武田軍が怒り狂って襲い掛かってくる可能性もある。それ以前に大助殿に信玄が討てるのか? 武田信玄の合図で出てきた二人の将もかなりの手練れだ。
いや、考えるのは止めた。ここで信玄を討てば俺たちの勝ち。それだけが今ある真実。ここで俺たちが全滅しても我らが主に勝利を。
「大助殿、その敵将の1人は引き受ける!!」
「もう一人は我が!!」
忠勝が敵将の1人に向かうのと同時に青木貞治がもう一人の敵将を討ちにかかる。だが次の瞬間、青木貞治の首が飛んだ。
「な!?」
「よそ見は厳禁!!」
「くッ!?」
一瞬、目の前の敵から意識がそれた隙を武田勝頼という将に攻撃される。なんとか槍でいなし、反撃する。
「強いな、名を聞いておこう」
「徳川家家臣、本多忠勝」
「そうか、僕は武田勝頼。お前を父上の元へ行かせるわけにはいかない!! お前たち、こいつを追い出せ!!」
武田兵が一斉に襲い掛かってくる。味方の兵が次々に倒れ、勝手に逃げの流れが生まれる。何とかそれに抗おうとするが一度流れが出来てしまえばそう簡単には止められない。
結局そのまま、本陣からかなり離された場所まで流されることになってしまった。
《坂井大助》
忠勝殿が本陣から離されていく。武田勝頼、上手いな。青木貞治を討った高坂昌信、ここにきて厄介な敵が二人も。
「よくも、貞治殿を!!」
中根正照が高坂昌信を討ちに動く。それに連動して大吾が武田勝頼に立ち向かっていく。今が最大の好機、敵将二人を大吾と正照殿が抑えている間に信玄を討つ!!
「信玄ッ!!」
「させないッ!!」
信玄に向けて刀を振り上げ、神速の一撃で信玄を討とうと試みるがギリギリのところで邪魔が入る。
「高坂昌信……」
高坂昌信は正照殿を一撃で屠り、返す刀で俺の一撃を止めて見せた。確かに強いと思っていたが、それでも少々侮っていた。俺は高坂昌信の脳内評価をさらに数段上げる。まずはこいつを討たないと信玄を討つのは無理だな。
そう思い、高坂昌信に向けて刀を構える。だがここで二つ目の誤算が生じる。
「グワーッ!!」
「ハァ、ハァ……なかなかに強かったぞ。さすが、坂井大助の側近を務めるだけのことはある」
「大吾!?」
大吾と武田勝頼の一騎打ち、その決着。馬から落ち、肩口から血が噴き出す大吾。愛用の矛を落とし、その場に倒れる。
「大吾ォ!!」
「あなたの相手はこの私だ」
大吾の方に意識を完全に持っていかれた隙をつかれ、右腕に刀が突き刺さる。
「くッ!!」
「これで終わりだ」
高坂昌信が俺に刀を振り上げる。痛みに耐えながら俺はとっさにに左手でリボルバーを抜き、頭に狙いを定め引き金を引く。兜に命中し、高坂昌信が馬から落ちる。弾丸は貫通していないだろう。おそらく気絶しただけだ。本来なら首を落とすところだが今は大吾の方が大事だ。
「大吾、おい大吾!!」
「殿……」
よかった。生きてる。誰かに戦場から連れ出して貰って治療しないと。
「今助けるから。ちょっと待ってろ!!」
「殿……ご武運を……」
「は? おい大吾!!」
肩口から流れ続ける血液。生気の失われた瞳。それがもう大吾の命の灯が消えているという現実を俺に突きつける。
「許さん。絶対にッ!!」
右腕の痛みも忘れ、右手に刀、左手にリボルバーで武田勝頼に襲い掛かる。
「なッ!? お前ら、こいつを討て!!」
「「オオオォォォ!!」」
「邪魔だ!!」
まとめて敵を薙ぎ払い、リボルバーで武田勝頼を狙う。
「若様ぁ!!」
敵兵が勝頼を庇い、弾丸を受ける。だが俺の銃は連射できる!! もう一発……
「死ねぇ!!」
引き金を引こうとする直前、背中に強い衝撃を受ける。鋭い槍の先端が俺の胴体を貫いていた。槍が引き抜かれ、血が噴き出る。それを布で抑え、振り返ると赤い鎧武者。
「お前……山県昌景……!! 悠賀はどうした?」
「こいつのことか? それともこっちか?」
首を二つ、転がす。一つは井伊直政の飼い主、鳥居忠広。そしてもう一つは……
「悠賀……?」
「二人とも、なかなかの強敵であった」
そう一言。大吾の死ですでにマックスだった怒りが、突然突き付けられた悠賀の死で限界を突破する。
「覚悟しろよ、お前ら。ここにいる奴ら全員、皆殺しだ」
「待てよテメェ、俺も混ぜろォ!! 忠広を討ったそいつはぜってぇ俺がぶっ殺す!!」
山県昌景を追ってきた、怒り絶頂の井伊直政。すでに血まみれのボロボロだが、まだ元気のようだ。
「直政、撤退しろ。織田軍総大将として、命令だ」
「んだとォテメェ!! それで納得するわけがないだろうがァ!!」
「忠勝殿と合流して生き残りの兵を集めて浜松城へ撤退しろ。お前と話すことはもうない」
「んだとォ!!」
「騒げば何とかなる状況じゃない!! その程度のこともわからないのか!!」
「あァ? そりゃあテメェも……」
直政は俺の傷に気が付いたようだ。胴体に空いた穴、血まみれの右手。俺と違って、直政はまだ助かる。
「俺は刺し違いになっても信玄を討つ。だからお前は全部俺に任せて撤退しろ。もう一度言うが、これは命令だ」
「……テメェをぶっ殺すのは俺だァ。忘れんじゃねえぞォ」
「ふっ、わかったよ……」
これがあいつなりのエールなんだ。すでに死にそうだが、死ぬわけにはいかないな。
直政たちが撤退したのを見届け、俺は目の前の武田軍を睨みつける。
「はぁぁあああぁぁ!!」
全力で刀を振るう。まとめて4人の首が飛ぶ。
「”天之巻切”!! ”有馬無一剣之事”!! ”乱之太刀”!!」
すべて出し切る。剣技も弾丸も。
「”柳葉之太刀”!! ”実地天道之事”!! ”太刀一尺五寸短之事”!!」
「”鴫羽返”!! ”拂之太刀”!! ” 一刀両段”!! ”雲耀”!!」
「”一之太刀”!!」
もう何人斬ったかわからない。右手の感覚はもうない。リボルバーはどこへ行った。
「捕えよ」
俺は両手両足を拘束され、地面にたたきつけられる。
なんで殺さないのか、そんなことを薄れる思いの中で考えるが、それの答えに思い当たる前に俺の意識は途切れた。