第164話 三方ヶ原の戦い 壱
「来たぞ!! 彦三郎、鉄砲で応戦しろ!!」
「ハハッ!! 前列、撃てッ!!」
雄叫びを上げながら突撃してくる武田の騎馬隊。それを彦三郎と一番隊が鉄砲・弓で応戦する。
「やっぱ中心狙いか。左右に兵力を偏らせる鶴翼に対して武田は魚鱗の陣を使って中心にいる家康を討つつもりだ」
つまり家康を討とうと殺到する敵軍がその家康の前を守る俺の所に殺到するというわけだ。敵の主力およそ1万がここにすべて来たら到底止められない。
まず兵力が全然足りない。俺たちは4000、最低でも今迫ってきてる敵と同数、1万は欲しい。どこからなら援軍が呼べる? 佐久間信盛殿は1万だけど鶴翼の右翼を単独で担っているから、無理。水野信元殿は3000だがこちらは鶴翼の左翼の端にいるから時間がかかる。平手汎秀殿は左翼に入っているが中央との継ぎ目に近いあたりだからすぐ来れるし、そこまで重要な場所でもない。あと3000は家康に頼むか。
「氷雨、家康の所に行って徳川軍から援軍、最低でも3000こっちに送るようにお願いしてこい。天弥は平手汎秀殿とその隊3000をここに連れて来い」
「はいっす!!」
「ん、任せて」
2人は元気よく出て行ったが、果たして間に合うか……? それまで死ぬ気でここを守らないと。
「そろそろ、一番隊を下がらせろ!! 大吾、お前の出番だ!! 行ってこい!!」
「任せろぃ!! 行くぞ、お前ら!!」
大吾が二番隊を率いて前線へ。それと入れ替わりで一番隊が戻ってくる。
「よくやった、彦三郎」
「敵の勢いがなかなか落ちませんね。これは大吾でも厳しいかもしれません」
「そうだな。秀隆、悠賀、お前たちも行ってこい!! 大吾を援護しろ!!」
さらに四番隊、五番隊も前線へ送り込む。これでひとまずは大丈夫だろう。
「常道、お前はどう見る?」
「そうですね、前線をここまで固めればひとまず援軍が来るまでは持つでしょう」
「ダメっす!! こんなもんじゃ武田は止まらないっす!!」
「そーだそーだ!!」
小二郎と五郎丸、武田から連れてきた2人だ。
「まあ確かに武田が強いのもわかるけどウチも弱い隊ではない。援軍が来るまで耐えるくらいなら……」
「いや、あの人はヤバいっす。っていうかあの一家はみんなヤバいっす」
「あの一家?」
「武田一の激ヤバ戦争集団、真田家っす!!」
「そーだそーだ!」
「真田家? 聞いたことないぞ」
いや、前世で大河ドラマでやってたような気がするがアレは大阪の陣の時の話だった。時代があわない。
「真田っていうのは信玄様が信濃を攻める時、たった200の兵で信濃の重要拠点を落としまくったヤバい奴らなんすよ!!」
「そーだそーだ!」
「今来てるのはその次の代の真田信綱とその弟の真田昌輝って奴っす!! 2人とも武勇にも軍略にも優れて次代の武田の主力を担うって一目置かれてた奴らっす!!」
「へぇ、詳しいね。君、もしかして裏切り者?」
「裏切り者は即斬首、ですよね、兄者?」
なんか来たぞ。小二郎と五郎丸がその姿を見て震え上がる。立派な兜鎧、六文銭の旗印。っていうか俺の側近が敵が来たら震え上がって俺の後ろに隠れるって何事よ。側近どころか家来失格じゃない?
俺はそう呆れつつ、襲いかかって来ずに話しかけてきた馬鹿な敵将に向き直る。
「君たちがその真田?」
「いかにも、某が真田源太左衛門信綱。こっちが弟の昌輝。君は?」
「織田家家臣、坂井大助」
「あ、この人援軍の織田の総大将ですよ、兄者!」
「昌輝、わかってるから大丈夫」
「兄者、こいつの首を取れば大手柄ですよ!」
「うん、わかってるからちょっと黙ってて。ちょっと聞きたいんだけど今話してた君の側近2人、武田からの裏切り者?」
「さあ、どうだろうな。それにあれだけ情報を持ってる奴は裏切り者とか関係なく殺すだろ?」
「君の言う通りだ。無駄な質問をしてしまった。謝罪するよ」
「いらん。そもそも会話なんて必要ないだろう」
刀を抜き、構える。敵将との会話は必要ない。
「それも君の言う通りだ。じゃあ始めようか。昌輝」
「了解だ。兄者!」
真田兄の合図で真田弟が槍で襲いかかってくる。それに連動して兄も。さすが兄弟、いい連携だ。
「”乱之太刀”」
攻撃を凌ぐ。そしてまずは弟の方に反撃の一撃を。
「”実地天道之事”」
「わっ!? 兄者!!」
「わかってる! ”突留之槍”!」
「”敵可近付敵不可近付之事”」
剣聖に教わった大極意。剣聖はそもそも攻撃を受けることを一切許さない。全ての攻撃に適切な返し技を使うことができれば鹿島新當流の剣士は傷を負う事はない。剣聖の技はそういうふうにできている。まあそんなことができるのは剣聖ただ1人だけだが。
「”相車之太刀”」
「秘伝”上段之鎗合”」
おぉ、上段之鎗合か。これはちょっとしんどいな。ならーー
「うわっ!? 何をッ!!」
俺と真田弟くんの位置を入れ替える。多対一での戦いでは必須のスキルだな。弟くんを盾にして俺は真田兄の攻撃を凌ぎ、続いて盾になってくれた弟くんに攻撃を仕掛ける。
「”一之太刀”!!」
俺の一之太刀は弟くんの槍を真っ二つに斬った。続いてまだ反応できていない弟くんに”縛之太刀”でーー
「昌輝、避けろ!!」
「うおっ!」
弟くんが咄嗟に右にずれ、そこから兄くんの槍が迫る。なんとか躱す。仕留め損なった。
「兄者、こいつ、強い!」
「わかってるから。どうしたものか」
真田兄弟も力の差がわかったようだ。ここで敵の先陣の大将のこいつらを討てば戦況は大いに変わる。だが、何事も思い通りにはいかないものである。
「何を手こずっておる。先陣の貴様らがこんなところで止まっておったら後が詰まるであろうが」
真田の後ろから新たな敵が現れる。
「誰だよ。お前」
「武田四天王が1人、馬場信春」
武田四天王かよ。こいつらが家康のところに行ったら家康本陣はひとたまりも無い。こいつらもここで俺が止める。
「武田四天王ねぇ、さっき山県昌景って奴の腕吹き飛ばしてやったけど、大したことなかったなぁ。そこの真田も雑魚だし武田ってこんなもんか」
「ふん、安い挑発だ。わざわざ乗ってやる必要はない。全軍前進!! こやつらは無視して家康の首を取れ!!」
「なッ!? 止めろ!! 本陣へ1人も行かせるな!!」
俺たちを無視して家康本陣へ走り出す武田の騎馬隊。
「信綱兄上! 昌輝兄上! 馬を!!」
「助かった、昌幸!」
「よくやったぞ、弟よ!」
真田兄弟も馬に跨って前進していく。っていうかもう1人弟がいたのね。ってそんなこと考えている場合じゃない。追わないと。いや、敵はあれで終わりじゃない。ここを離れるわけにはいかない。
「長利、あれを止めろ!! 俺たちはここで後続を止める!!」
「おまかせを。殿もご武運を!!」
「おう!」
六番隊に敵を追わせ、俺はここで後続を止める。苦しいがそうするしかない。
俺はこの戦の風向きが悪くなっていることを感じ始めていた。