第155話 京への旅路とお風呂場の調停
北の里と一悶着あった夜。丹波の家で食事をしながら俺たちは明日の予定について話し合っていた。
「狭い里だからな。もう見るもんもないだろ? 明日はみんなでどっか行こうぜ」
「そうだなぁ、この近くでいい場所あったか? 伊勢か奈良か・・・・・・」
「奈良は嫌。鹿はもう見たくないッ」
「お前まだあれトラウマだったのか」
「あれは一生モンのトラウマだよ!!」
もみじの強い反対で奈良はボツになった。鹿に襲われたのがいまだにトラウマらしい。現代の感覚で他の候補と言えば奈良を抜けて大坂になるが、大坂まで行ってもこの時代は何もないどころか今戦争してて大変だ。
「葵丸はどこか行きたいところあるか?」
「京都!」
「京都か・・・・・・俺は結構行ってるけど葵丸も祈も行ったこと無かったか」
「そうですね。丹波さまともみじはどうですか?」
「俺たちもないな。いいんじゃねえか?」
「そうだね! 京の都、楽しみ!!」
という事で俺たちは京都に行くことになった。
翌日の早朝、俺と祈、葵丸に丹波ともみじを加えた5人で京都へ向かって出発した。以前と同じルートで奈良へ向かいそこから北上する。
「ここが奈良?」
「そうだよ。あっちの方へ行くと鹿がいっぱいいたりするんだけど・・・・・・」
旧都・奈良に到着しテンションが上がっている葵丸。そんな葵丸に奈良についての解説をするが、鹿の話を出すと背中にすごい視線を感じる。
「見に行・・・・・・」
「見に行くなんて言ったらちーくんでも許さないから」
「きょ、今日は先を急ぐからまた今度な」
「えーーー」
不満そうな葵丸だがここで旅仲間の不和を招くのは避けたい。またいつか来ればいい。天下を取れば日本全土どこでも旅し放題だしな。
俺たちは奈良で昼食だけとってすぐに京都へ向かって出発した。ちなみに昼ごはんは鍋。冬だからかとても美味しく感じた。
それから数時間経ち俺たちは京都にたどり着いた。
「意外と奈良と京都って近いのな」
「そうですね。あ、雪が・・・・・・」
「冬の京都は結構雪降るからな。でも雪が積もってる金閣とかもなかなかに綺麗だぞ」
「楽しみですね。旦那様」
「だな」
祈と2人馬に乗り、それに引かれる荷台に残りの3人が乗っているのだが荷台の方も丹波ともみじがいい感じな空気感になっていて葵丸は居心地が悪そうだ。
昔の2人を知っている俺と祈からしたら、あの2人がイチャイチャしてる光景はあの2人が夫婦になったのだとやっと実感できるようなものだった。後知り合いのイチャイチャ見せつけられるのキツい。ま、俺たちは言えたことじゃないんだけどね。
「昔はずっと喧嘩してたのにな」
「そうですね。丹波さまは私から見ても想いを伝えるのが下手で。昔のもみじは丹波さまを全く異性として見てなくて・・・・・・」
「丹波はマジでアプローチがドヘタクソだったからな。優しくしようとすればもみじに揶揄われてそれでムキになっちゃって。恋愛っていうよりコントを見せられてる気分だったからな。あ、ああいうのをラブコメっていうのか」
十数年越しに気づきを得た。
「おい、聞こえてるぞ。黙って聞いてれば失礼なことしか出てこねえじゃねぇか!!」
「いやいや、丹波ともみじが結婚できてよかったねって話をしてたんだが?」
「どこがだ!!」
友達同士が結婚したことに感傷に浸っていたら怒られた。もみじは退屈そうな葵丸に何もない手から手裏剣とか短刀とかを出して楽しませてくれている。あれは忍術というよりマジックの類だろう。隠れた特技があったようだ。
「そろそろ京都に入るぞ」
「おい、まだ話はっ・・・・・・すげえな京都」
「だね、これが都かぁ」
「すっごく大きいですね・・・・・・」
「わぁぁ!!」
俺を怒っていた丹波が京都に入った途端にそれを忘れて感嘆する。もみじ、祈、葵丸も那古野や岐阜、伊賀とは比べ物にならないほど大きな都市である日本の首都・京都に目を奪われている。俺は3週間ぶりくらいだが何度見ても素晴らしい街だと思う。
「すっごい!! 父上、いろいろ売ってるよ!! 母上、あそこで何かやってる!!」
「あれは大道芸でしょうか?」
「さっきの姉ちゃんのより凄い!!」
「ぬッ・・・・・・」
流石にもみじもプロと比べられると数段劣る。もみじは葵丸の気を引こうと手から小銭やらアメやら鳥とかいろいろ出してるが葵丸は大道芸人の方から目を離さない。いや、もみじも十分すごいぞ? 葵丸、ちょっとくらい見てあげれば?
「こうなったら最終奥義のハシビロコウを出すしか・・・・・・」
なんかすげえこと言ってるが本当に出るとは思えないし、出るとしたら京都が大パニックになるから丹波が全力で止めるだろう。
・・・・・・丹波が全力で止めてる。本当に出るんだ。うわー、ちょっと見たい。
荷台に3人を乗せたまま、京都の大通りを見て回りつつ今日泊まる旅館に近づいていく。本格的な観光は明日以降だな。
「すっごい大きな旅館!! 見たことないよ!! 祈ちゃん、尾張とか美濃にはあるの?」
「祈もこんなに大きいのは初めて見ました」
「デカいだけじゃないぞ。すごい温泉があるって話題になってたんだ」
俺が剣聖の稽古の最中にオープンして話題になっていた旅館だ。京都に行くならここに泊まりたいって思っていたんだ。
旅館の入り口や廊下の立派な装飾を見ながら案内された部屋に入る。
「部屋広っ!? しかも綺麗!!」
部屋の窓のすぐ下には川が流れていて立地も最高だ。特に女性陣が大はしゃぎ、葵丸も部屋に置かれていたお菓子を食べてご満悦な様子だ。
少しすると料理が運ばれてくる。メニューはヒラメやカワハギなんかの冬のお魚がメインでゆば豆腐や西京漬なんかの京都名物が並んでいる。葵丸には子供用ということであんかけうどんが運ばれてきた。大人はお酒も少々。
食べた後はこの旅館の売りである温泉に行くことになった。脱衣所に行って服を脱ぐと、丹波がしかめ顔をする。
「忍びは安易に無防備な姿にならないものだぞ」
「お前風呂入らねぇの? きったねえ」
「きったねえ」
「そうは言ってねえ! 葵丸まで・・・・・・!!」
「それに見ろよ、この大浴場を。これを前にしてもそんな面倒くさいことを言うのか?」
「わーー」
「あ、コラ走るな!」
大浴場に続く扉を開いてそう丹波に言うと葵丸が一目散に走っていってしまう。俺はそれを慌てて追いかけ、丹波も服を脱ぎ捨てタオル一つの無防備な姿で俺たちを追いかけた。
「いい気分だな」
「だな。お、葵丸、船が通ってるぞ」
「ほんとだ!」
露天風呂からは夜の京都の様子が一望、と言うほどではないが眺めることができた。夜の川を提灯でライトアップされた船が通る様子はとても綺麗だ。葵丸ももう夜遅い時間にも関わらずテンションが高く、目を輝かせてその様子を眺めている。
「なあ丹波」
「ん?」
「俺の仕えてる主人はいずれ天下を取るって言ってんだよ」
「ああ。知ってる。織田信長だろ?」
「って事はいずれ、ってか遠くないうちに伊賀にも攻め込むことになるわけだろ? いや、確実にそうなると思う」
「まあ、そうか」
ほぼ確定事項だ。伊賀は忍者や地方豪族の自治で成り立ってる国だ。天下を取る時、信長が見逃すはずはない。
「でも俺としては伊賀を滅ぼすのは嫌なんだ」
「ああ」
「お前ちゃんと話聞いてる? 結構真面目で大事な話なんだが」
「聞いてるよ。このままじゃお前の主人に伊賀が滅ぼされるって話だろ?」
真面目に聞いてるとは思えないほど雑な返事なんだが。酒飲ませて風呂に浸けたらこうなるか? 話すタイミングミスったか?
「で、千代松はそれは嫌なんだろ? じゃあどうするんだ?」
一応聞いてるみたいだから話すか。
「今のうちに信長様の下に降らないか? そうすれば無駄な死者は出ない。信長様に伊賀人を軽視なんて俺が絶対にさせない。だから・・・・・・」
「うーん、たぶん無理だろうなぁ」
「なんで?」
「伊賀忍者と伊賀国ってのはさ、どこにも属さないし金次第でどこにでも雇われるって事で成り立ってる。それはさ、先祖たちが長い間かけて築き上げた信頼関係で成り立ってんだよ。どこかに属しちゃったらもう他で雇ってもらえなくなる。俺たちの代は信長公に雇って貰えても次の代、次の次の代もっとずっと後、信長公亡き後の世で織田家が滅びたらその代の伊賀忍者は誰にも雇われずただの野盗とか山賊になっちまう。それは伊賀忍者の頭領の1人としてできない判断だ」
丹波の言う事は正しい。丹波は俺より先を見据えてる。
「それに俺は織田が攻めてきても俺たちは負けないと思う。そりゃあ千代松みたいなのがいっぱいいるってんなら厳しいけど、そんなわけ無いだろ?」
「まあ、な」
「伊賀忍者の強さはよく知ってるだろ?」
「ああ」
「お前の心配する事じゃ無い。どんな大軍でも来ればいいさ」
確かに伊賀忍者は強い。でも流石に万の大軍を迎え打てるほどじゃ無い。数が少なすぎる。
「俺、伊賀の侵攻の前にまた伊賀に行くよ。やっぱりお前たちと戦になるのは避けたいからさ」
「そうか。千代松ならいつでも歓迎するぞ」
丹波はそう笑顔で答えた。こうして密かに行われた伊賀の調停は失敗に終わったのである。