第154話 北の里長と剣聖の奥義
伊賀国には2つの忍者の里がある。1つは俺も住んでいた百地家が代々治める所謂南の里。もう1つは藤林・服部の2つの上忍家が治める北の里である。この2つの里にはどちらにも忍者学校があり、年に一回の大忍術体育祭で争ったり、時には殴り込みのような形で練習試合が行われたりとライバルのような関係である。
殴り込みはあくまでも生徒のやる気を出させたり対抗意識を駆り立てるために行われる。里が奪われるとか言って子供に危機感を持たせることで本気の試合をさせる事もあるが、もちろん負けても里が奪われることはない。あくまでも生徒のためのものなので大人の忍者が出ることは決してない。
だが、時には例外も存在する。
「おーい! 坂井大助!! 出てこいよ!!」
生徒たちに銃を教え始めてから3日が経った頃、懐かしい殴り込みの声が聞こえた。でも俺の名前が呼ばれた気がするんだけど気のせいだよね?
「先生、呼ばれてない?」
「気のせいだ」
「いやはっきり聞こえたぜ!」
「気のせいだ」
「おい大助、呼ばれてるぞ」
「やっぱり?」
生徒たちには気のせいで誤魔化せるかと思ったが丹波自ら呼びに来られては行くしかない。
「なんで俺が呼ばれんだよ。こういうのは生徒が行くもんだろ?」
「知らねえよ。お前何かやったんじゃないか? っていうか保正の指吹き飛ばした件だろ絶対」
「そんな気はしてた」
保正が俺へのリベンジに燃えてるって話は聞いていた。だから北の里にはビビってまだ行けていなかったのだ。
里の入り口に行くと知ってる顔が二つ、知らない顔が一つ。それと後ろの方にあと数人。
「よぉ、大助。久しぶりだな」
「久しぶりだね」
「保正、さくら」
北の里の上忍。大忍術体育祭で当たった、伊賀忍者の中でもトップクラスの実力を持つ2人だ。
「伊賀に来てるって聞いてな。この前の礼をしたくてな」
「私も、相手して欲しい」
やる気満々だよ、この2人。でもまあ久しぶりに手合わせするのも悪くないか。そう思いつつ、俺は後ろの大柄な男に目を向ける。
「君とはたぶん始めましてだね。僕は服部保朝。北の里で里長をしている」
「長門さんは?」
「長門さんは引退したよ。あの人はもうかなり歳だったしね」
にしてもこの若さで里長か。丹波よりは年上だろうがかなり若い。
「僕の両腕が君のことを大変評価していてね。それでちょっと気になっていたんだ。坂井大助クン?」
「それは光栄だ」
両腕というのは保正とさくらの事だろうか。それに里長、こいつは強いな。下手したら丹波以上かも。
「君を実力を見せて欲しいな。両腕が言うことが本当なのか、本当に上忍の称号に相応しい人物なのか。確かめさせてもらおう」
「ちょっと兄様!?」
「マジかよ!?」
「いいぜ、望むところだ」
さくらと保正が驚いているが俺は躊躇いなくその申し出を受けた。という事で北の里の里長と手合わせすることになったのである。
「おい大丈夫かよ、千代松」
「何が?」
「あの北の里長、わかってると思うけどクソ強いぞ」
「そりゃああの2人を両腕とか言ってる時点で相当やばいってのはわかってるよ」
試合の前に俺を心配している丹波。丹波がここまで言うのだから強いのは間違い無いのだろう。でも俺は負けるつもりはない。
「まさか丹波みたいに俺の事を対策してるわけでも無いだろうし大丈夫だろ」
「お前は覚えてねえかもしれないけどあれはお前が大忍術体育祭を優勝する前年に卒業していろんなところに引っ張りだこだった天才忍者だ。大忍術体育祭もお前が入学する前の3年間を連覇してる」
「マジ?」
「大マジだよ!! あんな気軽に挑戦を受けやがって」
なんか急に自信無くなってきたかも。っていうか大忍術体育祭で俺が優勝するまで上忍家以外から優勝者が出なかった理由の半分があいつって事かよ。
場所を変えて試合会場。そこで俺と服部保朝は向かい合っていた。
「じゃあ始めようか」
「応!!」
「丹波君、審判をお願いできるかな」
「ああ、わかった」
審判も決まり、お互いが武器を構える。
「始めッ!!」
丹波の合図で試合が始まった。初手はリボルバーで、って早!? あっという間に至近距離まで近づかれている。
「遅いよ」
俺の腹に肘が入る。続いて足が取られる。マジでヤバい。ちょっと舐めてた。俺はリボルバーで頭を狙うが避けられた。でもそれで足が解放されたので一度距離を取る。
だが一息つくまもなく距離が詰められる。今度は刀を抜くのが間に合った。
「”上霞”!!」
「おぉ、いい剣だ」
そんなコメントをするほどまだ余裕のある保朝にさらに連撃を仕掛ける。
「”乱之太刀”!!」
「やるね」
俺の剣を身のこなしで躱しながら、褒めてくれた。舐められてるな。
「じゃあ僕も武器を使おうかな」
そう言って取り出したのは一本の縄。それを俺に向けて投擲する。一瞬にして足が絡め取られた。縄を剣で叩き切った隙をつかれまた距離を詰められた。足をはらわれ、肩を右手で突かれ体勢を崩される。
「これで終わりだ」
胸の辺りを強く押され地面に叩きつけられる。いつかもみじがさくらにやられたコンボだ。だが俺がもみじみたいにやられると思うなよ。左手で銃を抜いて保朝に向けて即座に発砲。保朝は躱したが俺への追撃をかける事は出来なくなった。俺は寝返りを打って立ち上がる。刀を構えて保朝をじっと観察した。
《服部保朝》
これは保正とさくらが評価するだけのことはある。忍者的な技術はともかく剣と銃の腕は伊賀国の中どころか今まで会った人の中でダントツで強い。そのくらい格が違う強さだ。
今向かい合っている立ち姿にも隙が一切ない。走り込んで仕掛けるのも次は反応されるだろう。これが僕より4歳も年下だというのだから、どれだけの修練を重ねたのだろうか。
「こっちから行くぞ、”車之太刀”!!」
少し考え事をしてしまった隙を大助は見逃さなかった。僕に勝るとも劣らない速度で接近し、攻撃を仕掛けてくる。苦無で受けるがそこから連撃が始まった。
「”天之巻切”!!」
「クッ!!」
技のキレが凄まじいな。流派は鹿島新當流か。果たして受け切れるか? いや、敵の意識が攻撃に向いている今、攻める。
縄を振り、大助の左腕を取る。左腕に意識を取られて大助の技が乱れた。その攻撃は苦無で弾き、反射的に下がろうとする大助を縄で引き寄せる。そこを苦無で狙うが冷静に剣で弾かれた。本当に強い、戦い慣れしてるな。
縄を伸ばし、拘束しているまま距離を取る。大助は離れたら縄を切ろうとするだろうがそこを手裏剣で仕留める。
「切らねえよ」
大助がそう呟いたのと同時に縄で縛られた左手がその手に握られていたリボルバーの引き金を引いた。
「しまっ・・・・・・」
自ら体勢を崩すことでなんとか躱す。
「それは避けられねえよな」
大助が刀を振り上げる。だがそこは間合いの外、体勢を立て直してからでも受けが間に合う。そう判断する。
「”飛剣之事”」
大助の剣が僕の胸を切り裂いた。僕の完敗だった。
《坂井大助》
マジで危なかった。さすが剣聖の奥義だ。上奥義の最後の一つ、鹿島新當流の最後の技だ。丹波が俺の勝利を宣言する。いつの間にかガッチリと固定されていた左手の縄をなんとか解き俺が倒した相手に近づく。
「いや、参ったよ。本当に強かった」
「ありがとう。でもあんたも強かった」
「君は確かに上忍だ。丹波君を倒して南の里長になるのかい?」
「いや、もうやって負けたよ。それに俺はもう主君が決まってる。里長になる気はない」
「そうか。北の里にくれば特別な待遇で歓迎しようかと思ったんだけど」
「ありがたい話だが遠慮しておくよ」
「そうか、残念だ」
こうして俺と北の里長の試合は俺の勝ちで幕を閉じた。
「大助、俺ともやれるよな?」
「私も、ずっともう一回戦いたかった」
「おい、マジかよ!? 今はちょっと・・・・・・」
「問答無用!!」
この後、俺は両腕の2人と夜まで試合をし続けたのだがそれはここでは割愛しよう。
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