第150話 那古野と清洲とサメの話
今回から坂井家3人の家族旅行編が始まります。そして伊賀へ向かう道中や伊賀のいろんな場所、人と遭遇するたびに伊賀修行編の回想が入ります。呼び方なんかで出来るだけわかりやすくしますが一部読みずらい所があったり、回想と現在の時系列とでわかりずらくなってしまうことがあるかもしれません。ご了承ください。
「りょっこう、りょっこう!!」
俺の前で馬にまたがりノリノリの葵丸。その馬が引いている荷台にはいくつかの伊賀へのお土産と祈が乗っている。そう、今は伊賀へ向かう道中だ。
ルートは尾張から船に乗って伊勢の港からそこから馬で移動する。陸路を行った方が早く着くのだが俺たちが育った那古野や清洲を葵丸にも見せたいということでこっちのルートを選択した。
「もうすぐ那古野につくぞ」
「那古野?」
「俺が信長様の配下になって2年ほど暮らした街だな。祈の実家もここにあった。城は今は確か林殿が城主になっているはずだ」
祈が生まれ、俺が一巴先生と出会い家康や利家と共に育った街。ここを葵丸にも見せたかった。いま改めて見るとまだ開発中の岐阜に比べてもはるかに大きい街だ。
「長居は出来ないけど思い出の場所とか少し見て回るか。昼飯もここで食っていこう」
ということで最初にやってきたのは俺がかつて信長にもらった作業小屋付きの家。ここで過ごした期間は短いがいろいろ思い出の詰まってる家ではある。伊賀から戻ったらサルがいて剣聖を銃撃したり。
「飯は何食いたい? 那古野で有名なのはひつまぶしとか味噌煮込みうどんとか。あとは最近は味噌カツなんてのも流行ってるらしいぞ」
「味噌カツ? 何それ!?」
「豚肉を揚げた物に味噌のたれをかけたものだよ。味噌カツにしてみる?」
「うん!!」
ということで昼ご飯は味噌カツのお店に入った。以前は食用油と言えば胡麻油しかなかったので揚げ物を見ることはほとんどなかったが最近は菜種油が広まりつつあり、天ぷらなんかはよく見かけるようになった。カツに関してはパン粉がないため衣に違和感があったがそれでもこれはこれで美味しい。葵丸も満足したみたいだ。
昼食を食べて一息ついたところで俺たちは清洲へ移動した。
「父上の領地はこの辺?」
「ああ。この辺全部俺の領地だ。俺が生まれた屋敷はすぐそこ、ほら見えたぞ」
俺が生まれ育った家。父上や母上と共に過ごし、彦三郎と出会った思い出の場所。今でも領地を見に来たりするときは利用している、俺の尾張での拠点だ。
そして俺の両親が眠る場所でもある。
「葵丸も手を合わせてやってくれ。お前の祖父母が眠ってるんだ」
「うん」
葵丸はおとなしく手を合わせ目をつむった。俺もお供え物として買ってきた酒を置いたのち、同じように手を合わせた。
「さ、行こうか」
「もういいんですか?」
「ああ、今日中に港まで行かないと。父上と母上との時間はまた別で取るよ」
その日は出向予定の港で一泊し翌日、俺たちは船に乗って伊勢を目指した。以前使った船とは違い、馬も乗るような大きな船だ。
そうだ、最初に伊勢に一巴先生と行くときは船乗りの人と3人だけの小さな船だった。
「千代松、落ちないように気を付けて」
「はい、師匠!!」
「海にはサメとかいう人を食べちゃう魚がいるんだ」
「それは怖いですね……」
「しかも水中だと銃は使い物にならない。海上から水中に向けて撃つと弾は水中であっという間に勢いを失ってしまう。たぶんこのくらいの距離でも致命傷にならないだろうね」
そう橋本一巴は両手を広げて見せる。もちろん俺は知っている。現代のハンドガンでも水中で2メートル離れたら木の板の1枚も貫通できない。
「つまりもし千代松が海に落ちてサメに襲われても私は助けられないということだ」
そう言いながら手元の銃の入った袋を撫でる師匠。そこは何とかして助けて欲しいものだが。
「はっはっは、大丈夫。この辺にサメは出ませんよ、お侍様」
「え……? 師匠? もしかして俺のことを脅かそうと……?」
「え、サメでないの……?」
本当に知らなかったらしい。大方、どこかで噂話程度に聞いて弟子に知ったかぶりしたかったのだろう。質が悪いぜホント。
「葵丸、知ってるか? 海にはな、サメっていう人を食べちゃう魚がいるんだ。しかも海の中だと銃が使えない。だからもし葵丸が海に落ちても俺は助けられない。だから落ちないように気を付けるんだぞ」
「え!? 人を食べる!?」
「ああ、そうだ。葵丸の何倍も体が大きくて一口で丸呑みにされちゃうぞ」
「えぇ!? 怖いです……母上、本当ですか?」
「もちろんですよ。祈も実物は見たことはありませんが本か何かで見たことがあります」
「えぇ!?」
葵丸はビビッて俺の腕にしがみついている。可愛い。ちょっとからかいすぎちゃったかな。
「まあこの辺では出ないから安心してくれ。な、祈?」
「そうですよ。もっと陸から離れたところにしかいません」
「えッ……騙しましたね、父上!!」
怒る葵丸が機嫌を直す頃には船は伊勢の港に到着していた。
久しぶりの一巴師匠。