第148話 休暇申請と生きる意志
翌日、帰還の挨拶と信長の子供たちの稽古、そして旅行の期間の相談をしに俺は岐阜城に来ていた。
「おう、戻ったか。大助。剣聖との修行はどうだった?」
「結局、全然勝てませんでした。でも最後の本気の立ち合いでは一本取れて、とにかく強くなれたと実感できる期間でした」
「そうか。その力を見せてもらいたいところだがもう俺は昔みたいにお前と刀を交えることは出来なくなってしまった、立場的にな」
尾張のうつけ者が丸くなったもんだぜ。
「それに悔しいが相手にならんだろうしな。俺は負ける勝負はしない主義だ」
これが本音だな。信長は超絶負けず嫌いなのだ。
「とにかくだ、その力をこれからも存分に振るってくれ」
「もちろん。全部、一緒に天下を統一するための力、ですから」
そう言うと信長は一瞬面くらった顔をしたのち、笑みを浮かべて、
「ああ、頼りにしてるぞ」
そう俺の肩に手を置いて言ったのだった。
「そう言った直後で悪いんだけど年明け2週間くらい休暇をください」
「えっ!? あ、ああ構わないが……」
一瞬、俺の肩に手を置いたまま固まった信長の顔が面白かった。
「ちょっと家族と旅行に行きたくてですね」
「旅行か、いいではないか。どこへ行くのだ?」
「久しぶりに伊賀の里に顔を出してこようかと思っています」
「そうか。対浅井は小谷城の傍に攻略拠点となる小城を築いている。それが完成するまでは大きな戦はないだろう。存分に楽しんでくるといい」
「ありがとうございます!!」
感謝を言って部屋を出る。許可は得た。年が明けて少ししたら伊賀へ出発しよう。
この時間ならまだ利家と信長の子供たちは稽古してるはずだ。ずっと利家に任せきりだったが本来は俺の役目。久しぶりに顔を出しておこう。
「あ、大助様」
「おう、最近顔出せなくて悪かったな」
利家と教え子たちが一斉に俺の方を向く。メンバーは変わっていない。奇妙丸、茶筅丸、三七、蒲生鶴千代、前田犬千代(利家の息子)、森長可。
この中で俺が心配しているのは森長可。可成の息子で可成がこの前討ち死にしたためまだ14歳にもかかわらず森家の家督を継いだ。現代で言う中学生で父親を失う辛さは計り知れない。
「今日から俺も復帰する。利家、任せきりで悪かったな」
「本当だよ!! って言いたいところだけど俺も結構楽しくやってたから。皆も結構強くなった」
「そうか。じゃあその実力見せて貰おうかな。誰からやる?」
「僕が!!」
そう手を上げたのは奇妙丸、木刀を持って立ち上がった。
「よし、残りは各々相手を作って練習してろ」
俺は奇妙丸と向かい合い、木刀を中段に構える。奇妙丸も同じく中段に構える。
「じゃあ始めるか」
「はい!! よろしくお願いします!!」
「よし、来いッ!!」
俺がそう言うとすぐに奇妙丸が斬りかかってくる。
「お、なかなかいい剣だ」
奇妙丸の木刀を受け止める。重心が前に行きすぎることも無く、適度に力が籠ったいい一撃だ。前に見た時より格段に強くなっている。
「鹿島新當流”相霞之太刀”」
「な?」
俺は鹿島新當流の技で応戦する、奇妙丸はかろうじて木刀で受けたが体勢が崩れた。
「ほいっ!!」
がら空きのお腹に一撃を入れる。勝負ありだ。
「確かに強くなってるな。いいことだ」
「でも、まだ大助様の足元にも及びません……」
「そりゃあな、俺はこの前まで剣聖の修業を受けてきたんだから。そう簡単には負けないよ」
「実は、僕はもうすぐ元服するんです。将来、父上の後を継ぐ者としてちゃんと実力を身に付けないといけないんです!!」
そうか、もう元服か。この年でこんなことが言えるのは立派だが主君として大事な考えが抜けているな。
「大丈夫、信長様っだって俺には歯が立ちません。信長様は別に特別強いわけじゃないですから。俺や利家なんかの強さの人と戦ったら何もできずに負けるでしょう」
「え……」
「でもだからこそ、そうならないために俺たち家臣団がいるんです。俺や利家が絶対にそんな状況にはさせません。もちろん自分の身を守る程度の実力はあった方がいいですが」
信長や奇妙丸にはもし仮に危険な状況になったとしても俺たち家臣団が駆け付けるまで自分の身を守れる程度の力さえあればいい。それにそんなギリギリの戦いになんて俺たちがさせない。刺客が忍び込む隙なんて作らない。
「もう少し俺たち家臣団を信じてくれていいんですよ?」
「は、はい!!」
「でも実力が高いに越したことはありませんから。続けましょう」
「はい!!」
再び木刀を構え、向かい合った。奇妙丸の思いつめたような顔は少しマシになったようだった。
奇妙丸の後は茶筅丸、三七郎と相手をした。
「次は森長可だ」
長可は先ほどから稽古には参加しているが心ここにあらずといった感じだ。
「かかって来い」
「あ、はい」
小さい体を器用に操り攻撃を仕掛けてくる。体も柔らかいようで俺の攻撃を躱す。だが集中はしてないな。これはあまりよろしくない。父親の死をいつまでも引きずっているようでは武将としてやっていけない。無理して戦わせる気はないが、こうして刀をもっているのだから目の前に集中すべきだ。
俺は今までの手加減をやめて一気に速度を上げる。そして木刀で長可の頭をコツンと叩いた。
「参りました、では」
「待て」
終わったらすぐに立ち去ろうとする長可を引き留める。
「少し話そう」
「え? はい」
困惑する長可に構わずに話始める。
「お前、戦に出るのか?」
「え、はい。父上の隊を引き継ぐ形で……」
「そうか。でもお前すぐ死ぬぞ」
「えっ? 何故わかるんですか?」
「何故って、逆に聞くけどお前は今何のために生きてるんだ?」
「え……それは……」
「あ、ごめん。聞き方が悪かったな」
今の聞き方は良くなかったな。哲学っぽいわ。
「これからやりたいことがあるのか?」
「……特に」
「戦場ってのは、戦いっていうのは意志と意志がぶつかり合う場所だ。あの土地が欲しい、あの敵を倒したい、倒されてたまるか、死にたくない、生きたい、ってな。目の前の敵を殺さないと自分が死ぬっていう極限の状況で『生きたい、生きて何かをしたい』っていう理由で何の恨みもない、それどころか全く知らない相手を殺す。でも今お前にはそれがないんだよ。生きたいっていう強い意志が」
人間の、いや生き物の根本にあるべきその意志がない、そんな精神状態で戦場に出たら確実に死ぬ。それで生き残れるほど甘い環境じゃない。
「父親が死んで生きる気力がわかないっていうのもよくわかる。でもそんな状態で戦に行って死んで、一番悲しむのは天国にいる可成だろ」
長可がハッとした顔でこちらを見る。
「天国の父親に誇れる生き方をしようぜ? 少なくとも俺はそうしたいと思ってる。お前はどうだ?」
俺は天国の父上に誇れる生き方をしたい、これは長可もそうではないだろうか。
「オレも父上に誇れる生き方をしたい。あの世で父上に殴られるのなんて御免だ」
「よく言った。じゃあ誇れる生き方をするにはまずどうする?」
「父上の仇、浅井・朝倉を討つ!! オレが滅ぼしてやる!!」
ええ……いや、そうなるのが普通、なのか? ま、まあ生きる意志が生まれたならいいか。
「可成と一緒に叶えるはずだった俺たちの夢、信長の天下統一。お前も手伝ってくれるか?」
そう言って差し出した俺の手を長可は恐る恐るといった感じで握る。
「オレにも手伝わせてください。それが父上のやりたいことだったんなら」
「ああ、よろしく頼むよ」
いやぁ、よかった、よかった。これで一件落着……
「よろしく頼むのはこっちです。俺が浅井・朝倉を倒せるようにこれからご指導よろしくお願いします。師匠」
「し、師匠?」
「はい!! その天下の夢のためにも強くならないとですから、オレの知る一番強い人に弟子入りしました!!」
俺が頼んだことを出されると断れないじゃん。今日の結果、弟子一人獲得。……こんな予定じゃなかったのに。
信長・奇妙丸と話していると大助が敬語になったりタメ語になったりする。信長の場合は昔からの付き合いってことでたまに雑になる。これは信長も許容してる。っていうか大助が無意識にタメ語出ちゃってるのを信長が黙認してる。
奇妙丸の場合は師匠ポジと家臣ポジの時で使い分けてるみたい。
ちなみに利家は信長も奇妙丸も全敬語。
活動報告に作品投稿開始1年でのPV・ポイント等などの報告・剣聖の誕生裏話などを書いたものを更新してます。よかったら読んでみてください。