第15話 タダ飯食らいと木下藤吉郎
四日市から那古野までの道のりは1週間弱だ。しかも道が綺麗に整備されていて今までと効率も段違いだ。稀に店なども散見される。今まで食事は動物を狩ったりしていたが1日に何回も狩りをしていると旅全体として進む速度が遅くなってしまうため、こうした店があるのはありがたい。それでも動物を狩って食事をする時もあるのだが。これはそんな一幕。
「剣聖様、そこの林で何か食べれそうな薬味か果実か取ってきてくれませんか?」
「む!?この儂を雑用に使う気か!?」
「はい。ご主人様が動物を狩ってきてくださるのでそれに添えるものが欲しいなって。働かざる者食うべからずですよ。護衛なんて一回もして無いでしょう。獣が襲ってきた時も倒したのはご主人様ではないですか」
「それは剣の間合いに来る前に千代松が倒してしまったからじゃろが。千代松め、儂の見せ場を盗りおって・・・」
そりゃあ近づいて来る前に銃で撃っちゃったほうがいいだろ?
「結果的に何もして無いじゃ無いですか」
「むう、仕方あるまい」
メイドにこき使われる剣聖。
そして30分後、剣聖が腕にいろんな植物を抱えて帰ってきた。
「どうじゃ!?」
見たか!?儂は使える奴じゃろ?とばかりのドヤ顔。一方、その成果を見た祈の顔は怒り半分、呆れて半分といった感じか。
「なんですか、これ?」
「林でとってきた薬味じゃ」
「これのどこが薬味ですか!!全部雑草じゃ無いですか!!」
「なぬう!?」
その言葉通り、剣聖が持ってきたのは種類豊富な雑草だった。剣聖はこの30分、林で草むしりをしてきたのか?
そう、この剣聖、本当にマジで役立たずだったのだ。ちなみにその日の俺と祈の食事は兎の丸焼き。剣聖の食事は雑草のスープでした。
そして那古野についた。その間特に問題は無かった。動物に襲われる事もなければ、盗賊と出くわす事もなかった。つまり、剣聖の出番は一回もなかったのである。 そのせいでここ1週間、剣聖は俺たちにタダ飯食らい扱いされていた。
「俺はこの後、一回自分の家に戻ります。信長様のところへ行くのは明日です。俺の家の場所は教えておくので明日またきてください」
「了解じゃ。では儂は宿でも探すことにする」
剣聖に住所を教え、剣聖と別れる。
「祈はどうする?」
「実家がこの近くなので今日はそっちに泊まります。明日の夜にご主人様の家にお伺いします」
「オッケー。じゃ、また明日」
それから15分ほど歩いて那古野の自宅に帰ってきた。1年ぶりくらいか?ちょっと懐かしい気分だ。
そして扉を開けようとして、違和感に気づいた。窓から明かりが漏れている。1年もいなかったから誰かが勝手に住み着いてしまったのだろうか?盗賊か何かか?腰の銃に手をかける。銃に弾薬を装填し、恐る恐る扉に手をかけ開け放つ。
「何者だ!!」
「何やつ!!」
俺と中にいた男が同時に声を出す。相手の男は俺よりは年上だとは思うが小柄な男。恰好は庶民そのものだ。そいつが家主である俺に向けて短刀を構えている。何様のつもりだ。
俺はそいつに向けて銃の狙いを定める。
「じ、銃!?ちょ、ちょっと待たれよ」
「待たない。ここは俺の家だ。勝手に入ってきている貴様に容赦する必要などないであろう?」
「や、家主殿。儂は勝手に入っているわけではない。信長様の許可を得てここにいるのだ」
「ふざけたことを言うな。ここはその信長様に俺がもらい受けた家だ。適当言うと殺すぞ」
「ほ、本当でござる!信長様にここを使うようにと」
まだ言うか。そんなバレバレのウソに騙されると思うなよ。もういい。殺すか。
俺がその脳天に狙いを定め、引き金を引く直前また背後で別の者の声がした。
「すまんのう。金がなくて、今晩泊めてくれんかのう?」
俺は慌てて振り返り、その男に発砲。
「おわっ!?危ないではないか」
だがその弾丸は簡単に弾かれた。そしてそれは当然の結果だったと言える。入ってきた男はタダ飯食らいこと剣聖だったからだ。俺は慌てて謝罪と状況の説明をする。
「あ、剣聖様。すみません。今家に賊が入り込んでいまして。その仲間かと思い…」
「む、賊?なるほど。それは仕方のないことじゃ。気にするでない」
剣聖様はあっさりと許してくれた。
「ちょっと待っていただきたい。儂は賊ではござらん!儂は本当に信長様に言われてここにおるのじゃ」
「てめぇ、まだ言うか!!」
リロードし再び狙いを定める。
「まあ待て、千代松。儂にはこの者が嘘を言っているようには見えん。話だけでも聞いてやったらどうじゃ?」
「人間てのは自分が追いつめられると平気で噓をつく生き物なんですよ?」
「もしこの者が賊で嘘つきならその場で儂がたたき切ってくれよう。もしこの者がここで暴れても儂とそなたなら問題なく制圧できる。何の問題もあるまい」
「……わかりました。おいお前、とりあえずその短刀をこっちによこせ」
剣聖の理論に納得し、俺は小柄の男に武器をこっちに渡すように求める。
小柄の男は無言で鞘に入れた短刀をこちらに滑らせた。
囲炉裏を囲うように俺、剣聖、小柄な男が座る。もちろん傍らにじゅうは置いたままだ。
「まずお前、名前は?」
「木下藤吉郎と申します」
木下藤吉郎?どっかで聞いたことのある名前だな。うーーーん。思い出せん。
「それで藤吉郎。なぜ俺の家にいる?」
「先ほども申し上げました通り信長様に言われてここに住んでおりまする」
俺はちらりと剣聖を見る。剣聖がうなずく。少なくとも剣聖視点では嘘ではないらしい。
「いつからだ?」
「去年の秋ごろから」
剣聖は再びうなずく。これのウソじゃないってか。
「お前は信長様の家来?」
「はい。拾っていただきました」
剣聖がうなずく。剣聖としては嘘は言ってない判定なのね。
「俺としてはお前が嘘を言っているか確かめる術がない。俺は明日信長様の所へ行くからその時ついてこい。いいな?」
「はい。もちろんでざる」
「とりあえず今晩はお前を拘束する。お前が嘘を言っていて寝ている俺を殺す可能性も否定できない。わかったな?」
「はい」
これでひとまずは大丈夫だろう。明日信長様に確認をとろう。
「それで剣聖様はなぜここに?」
「ああ、そうじゃ。儂、金がなくてのう。今晩泊めてほしいのじゃ」
は?
「今後の旅代もあるし那古野の宿は高いんじゃ」
おい剣聖。それでいいのか? でもまあ藤吉郎のこともあるし、剣の実力は折り紙付きだしまあいいか。
「わかりました。いいですよ。その代わりあいつが変な気起こしたら絶対倒してくださいね?」
「ほっほ。任せろ」
頼もしく?うなずいてくれた。
それにしても木下藤吉郎って本当に誰だったか?やっぱり聞いたことのある名前のような気がするのだが。俺が前世で聞いたことあるってことは相当な有名人のはずだけど・・・思い出せん。思い出せんものは仕方ない。そのうち思い出すだろう。そんなことを考えながら俺は眠りについた。
15000PVありがとうございます!!