第147話 息子の剣と旅行の予定
剣聖・塚原卜伝は最期まで『剣聖』として生き抜いた。その生き様と極めた剣技を俺に見せてくれた。心の底からの尊敬で剣聖を送ろう。
雪が降り積もる京都にて剣聖の葬儀が行われた。葬儀にはかつての剣聖の弟子や剣聖に昔助けられたという人だけでなく幕府の関係者なんかのお偉いさんも多く来ていた。剣聖はこんなに顔が広かったのか。
剣聖の墓にはたくさんの刀が供えられた。何も知らない人が見たらギョッとすること間違いなしだ。剣聖の愛刀は剣聖の遺骨とともに墓に埋められた。こんな刀だらけの所で安らかに眠れるかは疑問だが、安らかに眠ってほしい。
剣聖の葬儀が終わった数日後、俺は久しぶりに岐阜の自宅へ戻った。今年もあと数日、信長に挨拶して残り短い1571年を家族と過ごそう。
「ただいま、遅くなって悪かったな」
「ちちうえ!!」
「旦那様!!」
比叡山を焼き討ちにした前以来だからだいたい3か月ぶりの再会だ。まあ手紙のやり取りはしてたんだけどやはり直接会うのとでは違うよな。
「葵丸、大きくなったな。祈、ずっと家に居なくて悪かった。これからはしばらく家にいるつもりだから」
「やった!!」
両手を上げて喜ぶ葵丸。何これ癒される。
「じゃあ、あの、父上……」
「ん?」
「剣を教えてくれませんか? 僕も父上みたいに戦いたいです!!」
「葵丸、この前の利家様との立ち合いを見てからずっとそう言ってるんですよ」
葵丸の突然の申し出を祈が補足する。あー、カッコいい所見せすぎちゃったか。そういうことなら仕方ない。それに可愛い息子のお願いを断れるわけがない。葵丸ももう3歳、年齢的にもちょうどいい。現代でも3歳くらいから塾に通わせたりする家庭もあるしね。
「わかった、今の俺は強いぞ? なんてったって剣聖の修業をしてきた直後だからな」
「やったー!! 今から? 今からする?」
「お、やる気だな。じゃあ今からやるか!!」
俺の言葉に目を輝かせた葵丸が走って屋敷に戻り自分用の短い木刀をもって戻ってくる。
「ご飯を作ってますから、そこそこで戻ってきてくださいね」
祈が俺の荷物を回収して屋敷に戻っていく。
「よし、まずは素振りからだな。これはどれだけ正しい形で振れるかが大事だ。見てろ」
俺は中段に構えた自分の木刀を振りかぶると一歩前に出ながら面の位置に振り下ろした。木刀が空気を切る音が葵丸にも聞こえただろう。
「どうだ、わかったか?」
「……やってみる」
葵丸が木刀を俺と同じように中段に構え振りかぶる。そして一歩前に出ながら木刀を振り下ろした。確かに風切り音がした。
「どう? できた?」
葵丸が自慢気な顔をこちらに見せる。
「ああ。でも右手に力が入りすぎだ。剣は左手で振る、右手はその補助だ。ほら」
俺は左手だけで木刀を振ってみせる。さっき同様、風切り音が聞こえた。
「音はそれほど大事じゃない。まずは丁寧に振ろう」
「はい!!」
「いい返事だ」
その後は1時間弱の間、祈が呼びに来るまで素振りを続けた。
「結構素振りだけでもしんどいだろ?」
祈が手渡してくれた手ぬぐいで汗を拭きながら葵丸にそう問いかける。葵丸は素振りだけにもかかわらず汗びっしょりだ。真剣に振った証拠だ。相当疲れているだろうに葵丸の目はまだやる気に満ちている、ように見える。
「父上、もうちょっとだけ」
「いや、雪も降ってきたし風邪ひいちゃうから今日はここまでだ。また明日な」
そう言って葵丸の頭の雪をはらう。二本の木刀と葵丸を纏めて抱っこして家に戻った。
「やっぱり、寒い日は鍋ですよね!!」
ということで今日の晩飯は鍋だった。魚の出汁と醤油風の汁がしみ込んだ油揚げが美味しい。
「旦那様は〆は麺か雑炊かどちらがお好きですか?」
「うーん、雑炊かな」
「麺!!」
「じゃあ雑炊にしましょう」
葵丸の意見を華麗にスルーし、具材が残り少なくなった鍋にお米と卵を投入する。かき混ぜるとあっという間に雑炊の完成だ。
みんなで雑炊をかきこんであっという間に鍋は空になった。ご飯を食べ終わるころには疲れがたまっていたのか、葵丸は寝息を立てていた。その葵丸を寝室に運び、俺と祈は久しぶりの夫婦での晩酌タイムになった。
「そうですか、剣聖様が……」
「ああ。でもな、悔しいけど、最高にカッコよかった」
「いつもの姿しか見ていない祈には想像できませんね」
「だよな。でも本当にすごい奴だった」
祈も剣聖とは一緒に旅をした仲だ。旅の時は剣聖がマジで使い物にならなくて祈がマジギレして剣聖の料理に毒キノコ入れたことがあったな。そんなのももう笑い話だ。剣聖からしたら笑えないだろうが。
「旦那様はしばらく遠出はしないんですよね?」
「そのつもりだ。明日は岐阜城で信長に挨拶して久しぶりに信長の子供たちに指導しようかな。俺がいない間は利家がやってたはずっだけど一人じゃ大変だっただろうし。葵丸の稽古はその後だな」
「葵丸、ずっと旦那様みたいにカッコよくなりたいって言ってたんですよ?」
「これ以上ない、嬉しい言葉だな。あんまり面倒見れてないのに……」
「旦那様には旦那様のやるべきことがありますから」
祈はそう言ってくれてはいるものの俺はもっと家族との時間を取りたい。剣聖の修業は俺がやりたくてやってたことだけれども他にも戦続きで最近家族との時間が疎かになっていた。家族との関係は俺が前世で後悔していることのひとつだというのに。
そんな俺の思考を読み取ったのか、祈は明るい声を出す。
「でも、たまには旅行とかも行きたいですね。昔、旦那様と一緒に旅とかするのも楽しかったですから」
旅行か、良い案かもしれない。いや、祈が行きたいと言っているのだから行かないという選択肢はない。滅多にない祈のおねだりだし。
「じゃあ年が明けて少ししたらどこかに行くか。今、情勢的に信長領の外は厳しいけど」
「そうですか……冬の越後は美しいと聞いたのですけど」
「越後か……」
確かにまた行きたい場所ではある。越後の上杉政虎との関係は俺個人としては良好、しかし道中の越前が朝倉領で現在進行形でバチバチだし、加賀や越中の一揆が盛んな地域で危険だ。俺だけならまだしも祈と葵丸は連れていけない。
違うルートだと甲斐信濃の武田領を突っ切ることになるがさすがに真冬に山越えはきつい。関越トンネルないし。それに永遠に仲が悪い武田・上杉の境界も越えられるか怪しい。
「ごめん、越後は無理だと思う。情勢的にも気候的にも」
「ですよね、無理言ってすみません。他に良い所……」
祈が頭の中にの本地図を描いて悩み始める。俺も考えるが今の信長領だと京都くらいしか……
「あ」
「何か思いつきました?」
「うん、すっげえ行きたいところあった。まだ信長領じゃないけど俺達なら入れるはずだ」
「……?」
祈はまだわかっていないらしい。じゃあもう少しヒント。
「俺達が初めて出会った場所」
「あ!!」
こうして十数年ぶりに俺と祈、そして葵丸も連れての伊賀行きが決まった。