第146話 最強剣士の終着地
「今日は木刀ではなく真剣を使う。大助は銃でも何でも使ってよいぞ。どんな手を使ってでも儂に勝つつもりで戦うのじゃ。いいな?」
「はい!!」
俺は右側の腰に装備したリボルバーの感触を確かめる。入っているのは実弾だ。この実弾を剣聖に当てるのがどれだけ難しいか俺は良く知っている。
「お、おい……本当にやるのか? あんたもうそんなことが出来る体じゃねえぞ」
「黙って見ておれ。さっきも言ったであろう。もう時間がないのだ」
それが剣聖の寿命が近いという意味であると俺も漢方屋も理解している。そして剣聖はその最後の時間を俺のために使い切ろうとしてくれているのだ。
「準備は良いな?」
「はい!!」
「では、始めるとするか。二本先取じゃ」
突如、剣聖の空気感が変わる。今まで感じたことのない圧が俺を襲う。だがそれを押しとどめて俺は刀を抜いた。この距離で銃を使っても剣聖に弾を斬られて終わりだからな。
「鹿島新當流・中極意!! ”車之太刀”!!」
「鹿島新當流・中極意!! ”天之巻切”!!」
刹那、俺と剣聖の刀が走り丁度中間で剣閃が弾ける。だがこんなのは序章に過ぎない。続いて俺と剣聖の奥義が続けてぶつかりそのたびに火花が散った。
「”乱之太刀”!!」
「ふぉ、やるではないか。だがこの返しは教えたことがなかったかもしれんのう。”瀧落”!!」
一見、剣聖の中極意が俺の乱之太刀を防いだように見える。だが俺の狙いは次の……
「”一之太刀”!!」
「ほっほ、まだまだじゃのう。天真正伝香取神道流”水月之小太刀”」
「はッ!?」
剣聖の左手が神速で走り、俺の胸に赤く線が出来る。
一本目は剣聖。
何をされたのかわからなかった。剣聖の左手を見てみると短刀が握られている。剣聖があの愛刀以外を使ったところを見たことがなかったから剣聖が他の武器を使う想定をしていなかった。
「さすがです」
「ほっほ、当然じゃ。儂を誰だと思っている?」
「剣聖。この世界で最強の剣士だ」
「ほっほ、その通り」
互いに構える。2本目が始まる。
今度は距離を詰めずにリボルバーを構える。おそらく撃ったところで当たらないが意識を一瞬こっちに向かせることは出来るはずだ。
三度、連続で引き金を引いた。一発目は胸の中心、二発目は右肩、三発目は左足を狙って撃った。予想通り、すべての弾丸は剣聖に当たることなく両断された。だが俺はもう駆け出している。そして必殺の一撃をーー
「”有馬無一剣之事”!!」
鹿島新當流の上奥義のひとつ。これで仕留める。3発の弾丸が功を奏したか、剣聖の反応がわずかに遅い。剣聖は中奥義”上霞”で俺の攻撃を凌ぐ。さすがの剣聖も技名を言う余裕がない。だがまだ俺のペースだ。
「”束八寸有利之事”!!」
「くッ!!」
続けて放たれた俺の上奥義についに剣聖の体勢が崩れた。いける。このまま!!
「”実地天道之事”!!」
「”鴫羽返”!!」
「そう来ると思った!!」
この瞬間、このほんのわずかな一瞬だけ俺は剣聖の上をいった。剣聖の使う技をすべて叩き込まれた俺だからわかる、剣聖がこの”実地天道之事”の返しに”鴫羽返”を使うという確信。
「ここだァッ!!」
俺は左手でリボルバーの引き金を引き絞る。左手のある位置から最速で狙える場所、脇腹を狙って。だが剣聖は身をよじってその弾丸を何とか躱す。さすがだ。でもここから剣聖にできることは何もない!!
「”突留”!!」
俺の突き技は剣聖の刀を遥か後方へと弾き飛ばし剣聖は地面に倒れる。倒れた剣聖の額に俺は銃口を突き付けた。それと剣聖の刀が後方の地面に突き刺さったのは同時だった。
「ほっほ、やるではないか。儂に黒星をつけたのは大助が初めてじゃ。誇ってよいぞ」
「ああ、心の底から嬉しいよ」
初勝利。今まで何をしても勝てなかった剣聖に。
そして勝負は最終ラウンドへ縺れ込む。
俺はリロードしたリボルバーを再び剣聖に向ける。
「これが最後じゃ。儂はすべてを出し切ってお前を斬る!! 大助もそのつもりで来るのじゃ!!」
「もちろんだ。俺のすべてを出し切って勝つ!!」
「よし、こいッ!!」
今度はリボルバーを発砲しながら一気に距離を詰める。剣聖は難なく弾き、迫ってくる俺に対応しようと刀を構えた。おそらく大振りの横薙ぎ”薙ノ太刀”。なら俺はこれを剣で受けると絶え間ない剣聖の連撃が来る。回避一択だ。剣聖の間合いには入らずに大きくジャンプし剣聖の上を飛び越える。もちろんその途中に銃撃することは忘れない。
「”飛剣之事”!!」
「しまっ……」
剣聖の上奥義は弾丸を両断するとともに俺の左足にも傷をつけた。だがここで着地に失敗するわけにはいかない。そんなことしたら追撃をかけられて即終了、首を刎ねられてジ・エンドだ。なんとか着地し刀を構える。剣聖は追撃を仕掛けていない。
「天真正伝香取神道流・極意居合術!! ”雲切之剣”!!」
しまった……!! 居合い、抜刀動作によって加速された最速の一撃。剣聖が放つその一撃はもはや人の域を超えていた。俺は左手のリボルバーを投げ捨て両手で刀を握り、全力で防御を……!!
「ぐ、ヤバっ……」
筋力的には勝っているはずなのにどんどん押し込まれる。これは非常にまずい。左手で火遁を使いたいが今左手を放したら剣聖の刀が俺の首を刎ねる。俺はこの剣一本でこの必殺の一撃をどうにかしないと。
「”身懸三尺有徳之事”!!」
「ほっほ、甘い。それの返しは教えたじゃろう? ”巴三之太刀”!!」
そこまでは読んでた。俺はそれに対し”乱之太刀”で応戦する。だがまだ剣聖のペースだ。どうにかしてこの流れを切らないと。
「ほっほ、この返しは見せたことがあったかのう? ”乱之太刀”!!」
”乱之太刀”の返しが”乱之太刀”!? ならーーー
「”一之太刀”!!」
「ほっほ、”一之太刀”!!」
”一之太刀”同士がぶつかり火花が散る。あえて俺の技に合わせてきた。俺の方が速い!! これならいける!!
「ほっほ、それに真っ正面からぶつかる阿呆がどこにいるのじゃ」
「はぁ!?」
「”二之太刀”!!」
しまった。あっちは二連撃。こっちの一撃必殺”一之太刀”で初撃で受けられ続く二撃目で剣聖の刃が俺を捕らえる……かに見えた。
「陰流内伝”逆風”!!」
「ほっ!?」
剣聖の二太刀目を何とか返した。一度互いに距離を取る。
「ほっほ、陰流か。儂に隠しておったな?」
「昔最初に習ったのが陰流なんだよ。別に聞かれなかったから言わなかっただけだ」
実際、最近はあまり使うことも無かったしその道の達人に教わったわけじゃないからちゃんとした奥義は使えない。だが剣聖が使えない流派の技を使えるというのは大きなアドバンテージだ。だからこそ、もっと勝負が決するようなタイミングで見せようと思ってたんだけどまさか防御に使わされるとは。勿体ないことをしたが今使わなければ負けていた。仕方ないだろう。
だが切り札の一枚を切らされたのは事実、あとはもう一枚の切り札を使うタイミングだな。
「さ、続きを始めようぞ」
「ああ、行くぜ!!」
再び剣戟が始まった。俺は今まで通りの天真正伝香取神道流・鹿島新當流だけでなく陰流の技も挟みながら攻撃を仕掛ける。バレちゃったら今度はとことん使ってやろうということだ。
「陰流内伝” 一刀両段”!!」
「儂は陰流や新陰流の剣士とも何度も渡り合ってきた。当然、無敗じゃ。その程度の変化は恐るるにたらず」
軽々と弾かれる。だが俺の目的はこれじゃない。俺の攻撃を弾いた剣聖が追撃を仕掛けに来る、その出鼻。そこに俺が完敗したもう一人の剣士の奥義、それの真似事をぶつける。
「示現流”雲耀”!!」
彼女が見たら別物だと言うかもしれない。まだまだ完成度が高いと言える代物ではない。上杉政虎が使っていた、示現流の最終奥義。だがあの技を見て利家と長年研究して、俺たちなりに俺たちの剣の中に昇華させた。かつて俺と利家を二人まとめて瞬殺した必殺の一撃。それを世界最強の剣士に振るった。
剣聖は目の前の弟子が振るう最高の一撃を見て、笑みをみせた。その笑みにはどんな意味が込められていたのだろうか。強くなった弟子への賞賛か、死を直前にして強者と相まみえることが出来た喜びか。あるいは余裕の笑みだったかもしれない。その答えがいずれにしろ、剣聖のすることはひとつ。
剣聖、最強の剣士に与えられる称号。剣聖・塚原卜伝、その生涯無敗、剣の立ち合いにて傷をつけられたことはない。その男の最期の一太刀。
「”一之太刀”!!」
刀が斬られた。必殺の一撃を正面から打ち破られた俺は体勢を保てず剣聖の前に膝をついた。その首にそっと刀が添えられる。
「ほっほ、ほら見い。儂の勝ちじゃ。お主もまだまだじゃのう。じゃが、最後の技はなかなかによかったぞ。儂が言うのだから間違いない。じゃが儂の奥義の方が上じゃった、ただそれだけのこと」
「ああ、さすがだよ。本当に見事な剣だった」
心の底からそう思った。最後の”一之太刀”は本当に見事だった。綺麗だった。
剣聖は俺の首から刀を離すとそのまま刀を地面に差し、それに体重をかけるように下を向いた。その様子が明らかにおかしいことに気づき俺は剣聖に呼びかける。
「お、おい、剣聖?」
「儂は、満足じゃ。お主には儂の技をすべて教え、お主はこの儂から一本取れるほど強くなった。もうこれ以上望むことは、何もない」
「お、おい……嘘だろ?」
「さて、あの世で先に散っていった剣豪たちと、もう一勝負するかのう」
剣聖は、静かに目を閉じた。