第145話 剣聖としての矜持
京都には雪が降り積もり今年も終わりが近づいた12月。かなり寒くなってきたのにも関わらず相も変わらず俺と剣聖は毎日、京都郊外で剣の修業をしていた。
「よし、ここらで終わるとするかのう」
「ありがとう、ございました」
切れた息を何とか整える。
「ほらさっさと戻るぞ。飯じゃ。今日は暖かい鍋がいいのう」
「俺は鍋には椎茸欲しいんだが」
「馬鹿なことを言うではないわ!!」
「さーせん」
剣聖と別れ市場で食べ物を買い込む。今日は猪肉が安かったから猪鍋だな。あと必要なものは白菜と、ネギと……ん、あれは……剣聖? 剣聖が何かの店に入っていく。何の店だ?
「漢方? 剣聖はいつもピンピンしてるだろ」
気にはなるが俺には俺のやることがある。早く帰って飯の準備だ。あとで聞いてみればいいだろう。俺はその他諸々の材料を買って剣聖ハウスに帰った。
鍋の用意のために野菜と猪肉を食べやすい大きさに切り、鍋に放り込む。鍋の汁は味噌ベースでいいだろう。そして丁度煮立った頃に剣聖がかえってきて食事になった。
「そういえば漢方の店に入っていったところ見たけどどっか悪いのか?」
「ん? どこも悪くなどないぞ? あの店には顔なじみがいるから顔を出しただけじゃ」
剣聖もだいぶ年だし知り合いが多いのも頷ける。まあその理論なら年だから体のどこかがおかしいっていうのもあり得るんだけど、俺との修行であれだけ激しく動いてるんだからそれはないだろう。
「ほら、さっさと食って寝るぞ。また明日も早いからのう。あ、洗濯もちゃんとするんじゃぞ」
「わかってるよ」
俺たちは鍋をあっという間に食べ終えた。そして剣聖が風呂に入っている間に俺は洗濯をする。
「これ、任せたぞ」
「はいはい」
剣聖が脱いだ服を受け取り、桶に放り込む。剣聖は寒いからか駆け足で風呂に入っていった。
「ん、これ……血痕か?」
剣聖の服の左腕に血が飛んだ跡、それと血を拭った跡がある。おそらく稽古の最中についたものではない。なぜなら俺は剣聖に攻撃を当てることが出来ていないから。俺の返り血が飛んだ可能性もあるが、俺は痣こそ多くできているものの血が出るような怪我はあまりしていない。じゃあどうして……
「ゲホッゲホッ!!」
風呂の中から激しくせき込む声がした。明らかにちょっと咽たとかそういう次元の音ではない。
「おい、大丈夫か!! って、おい、それ……」
慌てて風呂に突入した俺が目にしたのは胸のあたりを抑え、口から血を流す剣聖の姿だった。
剣聖を部屋に寝かし、剣聖の顔なじみだという漢方屋の店主を呼んで剣聖の様子を見てもらった。
「しばらく起きねえだろうな」
「そうですか」
「起きたらこれ飲ませてくれや。ちったあマシになるはずだ」
「わかりました。夜遅くにありがとうございました」
「ああ、気にすんなや。……いや、もう遅いな。悪いが泊まらせてもらえねえか?」
「え、別に構いませんが……」
強引な人だな。いや、剣聖が心配なのか。
「じゃあ案内します」
「ああ、頼みますわ」
音を立てないように剣聖の部屋を出る。廊下を少し歩いたところで漢方屋が口を開いた。
「俺はな、昔あの人に助けられたんだ」
「剣聖に?」
「ああ。まだガキの頃にな、山賊に襲われて両親が殺されて次は俺、っていうすんでの所であの人が来て救われた。俺が目をつむって蹲ってた数秒の間に3人の山賊の首が飛んだ。残りの4人もまともに反応できずに首が飛んだ。あんな綺麗な剣は見たことがなかった」
それはすごくわかる。俺も初めて”一之太刀”を見た時は感動したものだ。
「それで行き場の無くなった俺は今の漢方屋を営んでいた祖母の家に転がり込んでなんとかなった。あの人も俺の命の恩人ってことで一緒に転がり込んだんだが半年がたった頃にばあちゃんに追い出された。命の恩人でもただ食っちゃ寝してるだけの奴なんて置いとけないってな」
やっぱオチが付くんすね、剣聖様。
「でもまあそれでも俺はあの人を尊敬も感謝もしてんだよ。そんなあの人がもう死にそうな体に鞭打ってあんたに修行をつけてるって聞いてな、俺は止めたんだよ、秋の初めごろに。でもあの人はこれが自分の使命だって聞く耳を持たなかった」
「おい、ちょっと待て。死にそうな体? どういうことだ?」
「ああ、お前さんには隠してるんだったな。あの人隠し事なんてできる性質じゃないと思ってたんだが」
「おい」
「ああ、すまん。あの人はもう数年前からもう体ボロボロだよ。そこら中にガタが来てる。お前さんのいないときは杖もついてるし、ここ数年は週に1回はウチに来てる」
嘘だろ? 昼間あれだけ動いて、俺が一度も勝てなかった剣聖が?
「とにかくお前さんの前では見栄張ってんだよ。これからはもうちょっと大事にしてやってくれ」
「あ、ああ……わかった」
それだけ言って漢方屋は布団に入ってしまった。俺も部屋に戻って布団に入ったがいろいろ考えてしまってなかなか寝付けなかった。
「おい、何をしている。さっさと起きんか!!」
「はっ!?」
頭に強い衝撃を受けて俺は飛び起きた。デコを抑えて攻撃がきた方向を見ると愛刀を持った剣聖が。
「おいちょっと待てよ!! 昨日倒れたんだから……」
「うるさいわ!!」
稽古に行くという剣聖を止めているのは漢方屋だ。
「おい、お前さんからも止めてくれ!!」
「あ、ああ」
「大助。行くぞ」
剣聖を止めようとした俺に剣聖は静かに、だが確かに圧のある声でそう言った。そこで俺は昨日の話を思い出す。
『でもあの人はこれが自分の使命だって……』
「わかった。行こう」
「お、おい!!」
「諦めよ。儂にはもう時間がない。もう一刻も無駄にできん」
俺と剣聖は屋敷を出ていつもの場所へ向かう。漢方屋もついてきた。
そしてついに、俺と剣聖の最後の稽古が始まった。