第139話 覚悟と「背負う」
場所を京都の郊外に移し、俺と剣聖は向かい合っていた。剣聖は居合に愛用の刀を構え、相対する俺の様子を観察している。年老いたとはいえ以前会った時と全く変わらない威圧感。それと向かい合う俺は顕蔵の作った最高傑作の刀を上段に構え切り込む隙を窺っている。
だが相対しているのは“剣聖”。俺がこの時代に転生し27年、その中で出会った最強の人物。当然隙なんてあるわけもない。だが俺から動いたら出鼻を一撃で仕留められる。先に動くのは死だ。
なんでこんな事になっているかというと、俺に修行をつけると言って外に出た剣聖は互いに刀だけでの一本勝負の立ち合いをすると言い出したのだ。当然俺は嫌だと断った。だって、死ぬじゃん。勝ち目がないじゃん。だが剣聖は有無を言わせず銃を没収した上で今剣を持ち向かい合っている。流石に殺されることはないだろうと信じたいが。
「来ないのか? では、こちらから行くぞ。死ぬ気で止めることじゃ」
そう静かに剣聖が声を発した時、俺は死を感じた。
「我が生涯最高の一撃を喰らうがいい。”一之太刀”!!」
いつか熊を一撃で倒した時に見たのと同じ、最速、最強、的確で美しい、全てを両断する死の刃が俺の首に吸い込まれる。
この一撃は受けてはいけない。この一撃は刀すら切る。避ける以外に選択肢はない。俺は大きく後ろに下がる。いくら剣聖でも必殺の一撃が空振った直後なら隙ができる。そこを狙って俺は今度は前向かって強く大地を蹴る。剣聖は先ほどの勢いを殺さぬままさらにこちらに踏み込んでくる。そしてその中間にてついに剣が交わった。
「”一之太刀”!!」
「天真正伝香取神道流・極意七条”遠山之太刀”」
俺の”一之太刀”と剣聖の名前の長い技がぶつかり、火花を散らす。
「ふぉ、まさかそれが使えるようになっておるとは。これは少々分が悪いのう」
口では分が悪いという剣聖だがその表情にはまだまだ余裕がありそうだ。だが現在は俺が有利なのは変わらない。
「このままッ!!」
「鹿島新當流”相霞之太刀”」
「は?」
力が流される。まずい、剣聖の刀は俺のお腹に……
「ここまでとするかのう」
わずか数ミリという所で剣聖の刀が止まり、立ち会いが終了する。
「ほっほ、なかなかやるようになったわい。まさかあの技を儂が受ける日が来るとはのう」
剣聖はそう言っているが、完敗だ。寸止めされていなかったら俺は死んでいた。
「ふむ、戦っている最中のそなたは人に対して剣を振ることを躊躇っている素振りはなかったようじゃが」
「あ、あれは咄嗟のことで・・・・・・」
「言い訳することでもなかろう? そなたはまた人を殺せるようになりたいのであろうが」
剣聖のかなり直接的な物言いに思わず「うっ」と言葉が詰まる。
「そなたは人を殺すのが怖い訳ではない。人を簡単に殺して回る自分が怖いのじゃ」
図星だった。実は薄々気付いていたことでもあった。俺は多分今でも人を殺せる。でもそれをして俺の、坂井大助の、泰進のどこかがだんだんと壊れていくような感覚が怖い。訓練用の人形のように人を殺して、人を殺す事に躊躇いがなくなっていって、いずれは、いずれは。
「武将をやめよ。坂井大助」
「へ?」
「さすれば、そなたは何も悩む事なくのんびりと暮らして行ける。商売でも農業でも好きなことをすれば良い」
合理的で魅力的な提案である。でも、それは、
「魚を釣ったり、行商人として旅をして回るのも……」
「それは、できません」
「ほう?」
「利家と信長様と、一緒に天下をとる。この乱世を終わらせる。そう、約束したから」
「まだ、戦いたいというのか」
それは怖い。怖いけど。
「戦う覚悟は、とっくに出来てる。今さら悩んでも仕方ない。俺は信長様が治める平和な天下を見ながら利家と信長様と『大変だったな』って笑って話すんだ」
「その為なら狂戦士にでもなってやる。そのくらいの汚名、俺たちの夢に比べれば小さすぎる」
「ほっほ、その意気じゃ。じゃが、何も解決はしておらんぞ?」
「いや、結局は俺の覚悟の問題だったんだ。俺は利家の言った通り、俺が殺した人全員分の命を背負って戦って行くよ」
「ほ」
「剣聖様、ありがとうございました。あんまり期待していなかったけど、頼ってよかったです」
「ほっほ、気にするな。……む? 今何と……」
素直に言うのが何となく癪だったが感謝をしているのは本当だ。
姉川の戦いでは足手纏いだったな。利家には特に迷惑かけてしまった。これからの戦いで借りを返していきたい。これからもっと強くならないと。ちょうどいい練習相手もいることだし。
「む、なんじゃ!?」
「先ほどの戦いぶり、感服いたしました。ということでご指導していただきたいなと」
「……ほっほ。よいぞよいぞ。儂の知るすべてをそなたに教えてやろう!!」
珍しく人に頼られて嬉しそうだ。わかりやすい。
「老い先短い我が身であるが、その生涯で得たすべての技、そのすべてを叩き込む」
地獄の始まり。「やっぱやめた」とは言えない空気感。剣聖との地獄修業が幕を開ける。
「儂の知る流派は3つ。鹿島神流、天真正伝香取神道流、そしてその二つを踏まえて儂が編み出した鹿島新當流じゃ」
「ほう」
「そなたが使える”一之太刀”は鹿島新當流の奥義じゃ。そなたも知っての通り、すべての動作、力を合理化した技じゃ」
「ああ、前も聞いた。でも剣聖の使ったのと俺のだと違ったような」
なんか昔の距離感が戻ってきてため口になっているがこれでも教わる身である。最低限の礼儀は心がけよう。
「それはそうじゃ。剣の振ってきた年月が違う。そなたのはまだ完全に合理化できていないということじゃ」
「では厳密にいえばあれはまだ”一之太刀”ではないということか?」
「然り。ま、限りなく近いことは間違いないがのう」
「じゃあまずは”一之太刀”を教えて貰おうかな」
「馬鹿を言うな。前の時は特例じゃ。鹿島新當流の基礎からに決まっておろうが!!」
まあ、そんな気はしてた。すべてを教えるって意気込んでたし。奥義だし。
「ち、ちなみに鹿島新當流の型はどれだけあるんだ?」
「四十三じゃ。そしてその中には最も難しく未だに儂以外に習得者がおらん奥義もある。これから大変になるぞ、覚悟することじゃ」
その日から毎日、剣聖による鹿島新當流の指導が始まった。