第132話 姉川の戦い 壱
金ケ崎の敗戦からわずか2か月後、織田信長および徳川家康は裏切った浅井長政の討伐のため長政の居城である近江小谷城に向けて総勢4万の軍勢を率いて出陣した。
対する浅井長政は朝倉義景から送られた援軍を含めた3万の軍勢を率いて小谷城を出陣、野戦にて徹底抗戦の構えを見せた。
数日後、両軍は近江国にある姉川を挟んで対陣した。織田・徳川軍4万対浅井・朝倉軍3万。俺が今まで体験してきた戦の中でも群を抜いて規模が大きい。そんな戦で俺は……
「先鋒はお前に任せる、大助」
まさかの先鋒。この大戦で先陣を切るのが俺とは……
「大助の鉄砲隊に始めさせ、続いて柴田勝家・佐久間信盛を正面の浅井軍にぶつける。朝倉に関してはその正面に布陣している家康殿に任せるつもりだ。よろしいか?」
「ええ。任せてください」
信長の依頼を快諾する家康。頼もしい限りだ。
「美濃三人衆には南にある横山城の占領を命じる。できなくてもこの戦には一切関与させるな!!」
「「ハハッ!!」」
横山城はここから少し南にある浅井の小城だ。そこにいる軍が動けばこちらの背後がとられてしまう。これは重要な布石だ。
「金ケ崎の復讐だ!! この姉川を裏切り者の浅井の地で染めてやれ!! 全軍、配置につけ!!」
「「ハハッ!!」」
俺は対浅井の最前線に立っていた。俺の前にはうちの鉄砲隊の全員が並んでいる。そしてその奥には浅井長政の軍、俺たちが倒すべき敵だ。
「総員、構えッ!!」
俺自慢の鉄砲隊、織田家の中の鉄砲隊の最大数にして最大戦力。俺がどれだけ敵に打撃を与えられるかが次の柴田勝家・佐久間信盛の攻撃につなぐ鍵になる。
「第一陣、放てェェ!!」
俺の合図とともに一斉に弾丸が放たれる。敵の前線が倒れる。
「次だッ!! 放てッ!!」
第二陣の弾丸が放たれる。一陣は一度下がりリロードする。第三陣は討つ準備を整えて待機中。
そう、この隊を3つに分けるという戦法、これはかつて信長の提唱した隙の無い鉄砲隊の在り方だ。その試験運用を今回俺は任されていた。俺の銃も大量生産には至っていない。俺が考えてもこれが最善だと思う。
絶えず撃ち続ける。今のところ順調だ。敵は前に盾を用意して弓で応戦してきた。こうなっては銃撃を長く続ける意味はない。無駄撃ちはしない主義だ。
「勝家殿と信盛殿を呼べ。出番はもうすぐだとな。撃ち方は攻撃を緩めて敵の前線を少し上げさせろ。その方が勝家殿たちがやりやすい」
「はいっす!!」
天弥が伝令として走り去っていく。勝家殿たち近接部隊が敵の離れたところから戦いが始まると敵の弓の餌食になってしまう。敵の部隊を意図的に近づけることで、敵は弓を打てなくなる。敵が自軍の部隊に矢を射ってしまうことになるからだ。
「大助殿」
「勝家殿、用意は整いましたか?」
「はい。信盛殿の方も出来たと」
「俺ができる最高の状況を作ったつもりです。あとは……」
「皆まで言わずとも、すべてこの私にお任せを。織田家最強は大助殿に取られてしまいましたがな」
そう快活に笑う勝家。俺の方が”織田家最強”として有名になってしまったものの、実際に対決したわけではないし、勝家殿の実力が非常に高いことも知っている。以前利家を追い詰めたことも聞いている。まあ相性もあるだろうけどな。
「……ご武運を」
「ここまでお膳立てされたのですから、ここからは私の戦場ですよ」
開戦から1時間弱たったころ、柴田勝家・佐久間信盛の両隊が出陣。
本格的な近接戦闘が始まった。
「彦三郎、ここは任せる。俺は信長様と話すことがあるから」
「お任せを」
「ま、しばらく出番はないだろうけどな。兵たちには銃のメンテナンス、じゃなくて整備をしておけって言っといてくれ」
「ハハッ!!」
俺は前線から少し離れたところにある信長本陣へ向かう。話す内容はもちろん、殺気の鉄砲隊による戦闘のことだ。
「お疲れ様、大助」
「見ていたぞ。よくやってくれた、大助」
陣に入ると利家と信長から賞賛の声が飛んでくる。
「作戦通り、俺の隊は一時下がり、勝家殿と信盛殿が前に出ました。俺の出番は終わったので、報告を」
「ああ。先程の戦闘を詳しく聞かせてくれ」
さっきの3列構えの鉄砲隊の話をする。かなり上手くいったが、改善点もある。まだうまくエイムを合わせられない人の所には槍が届くところまで近づいてきた敵もいる。改善点は多い。
「ふむ。ならば鉄砲隊数名の間に一人、槍兵を挟んでもいいかもな」
「あるいは鉄砲隊の前に盾を配置するとか?」
「視界はなるべく開けてた方がいいからなぁ……」
信長と利家と3人で今後の鉄砲隊について語り合う。とても戦場ですることではないように思えるが、テストを受けたらすぐ復習したほうがいいように、戦場で学んだことは次の戦での糧になる。
だが当然ながら、ここが戦場だということを忘れてはならない。
「報告です!! 佐久間信盛隊苦戦中、援軍を求めています!!」
「はぁ? あれだけ叩いたのにか?」
「勝家の方は?」
「拮抗しております」
「なんでだよ!? あのまま押し切れそうだったろ?」
思わず声を荒げてしまう。あれだけ有利な状況を作ったのにもかかわらず苦戦中だと?
信長も先ほどまでとは違う、厳しい顔で考え込む。
「勝家の所にサルを、信盛の所に可成を援軍として向かわせる。大助も持ち場に戻って、指示を待て。援軍を送っても苦しそうならお前の判断で助けに向かっても構わない」
「了解」
「利家は大助とともに大助の指示に従って動け。大助の部隊は近接部隊が少し心許ないからな」
「ハ!!」
「利家がいれば百人力だ。頼りにしてるぞ」
「ああ、俺達で勝とう!!」
浅井・朝倉との全面戦争、姉川の戦い。ここで負ければ信長の天下は極めて難しくなる。この大戦を勝ちに導く。それが今回の俺の、俺たちの役割だ。
俺は腰に装備したリボルバーをそっとなでる。頼もしい冷たさが指先に伝わってくる。
「行くぞッ!!」
「おお!!」
俺と利家は並んで陣幕を飛び出した。
遅くなりました!!