第131話 徳川四天王と家康の読み
左方の四番隊を大きく荒らす榊原康政。俺と天弥はその方に馬を走らせる。もう4番隊は半壊状態だ。
「その男を止めろッ!! そいつが徳川四天王の榊原康政だ!!」
四番隊の兵が次々とやられていく。あれはそこらの兵士じゃあ止められないか。
だが彼らは役目を果たした。なぜなら、
「お前らの頑張りのおかげで、俺が間に合った」
「大助様!!」
「大助様っ!!」
「こいつの相手は俺がする。お前らは俺の所に敵を寄せ付けるな!! 秀隆はいるか?」
「ここに」
「一度下がるぞ。こいつは俺が止める。その間に兵を下がらせろ」
「承知いたしました」
秀隆に指示を出し、俺は改めて敵将・榊原康政に向きなおる。
「貴公が織田家最強の武の力を持つという、坂井大助殿ですか」
「ああ。最強なんて言った覚えはないけど」
「大助殿のうわさは三河遠江まで届いておりますよ。現に今、うちの直政殿を軽々と打ち倒しここにいる」
「その俺の前にわざわざ姿を現したということは相当自信があるようで」
「そんなことはありませんよ。ですがあなたを殿の所に行かせるわけにはまいりませんからね」
まあ、当然だな。さっきの戦いぶりを見ている限りかなりの実力者のようだったし時間を稼ぐくらいならできるかもしれない。その隙に家康が動けば形勢は一気にあっちに傾く。
「だが、それはあんたが俺を止められるのが前提だ」
俺の今の実力はリボルバーや忍者の道具を含めたフル装備の場合、一対一の状況でほぼ負けることはない。もちろん例外はあるが。例えば剣聖。俺が剣聖と本気で戦ったのは初対面の時、四日市で戦った一回のみ。あの時は為す術なく敗北。その2年後に奈良で再開し、また一緒に旅をしたときに修行をつけてもらったがその時にも実力差を見せつけられた。
そして、俺は今でも剣聖に勝てるビジョンが見えない。だってあの老人、弾丸斬るんだぜ? 弾いたり避けたりならまだしも斬るなんてことが他にできる奴を俺は知らない。
あと俺が負ける可能性があるのは越後の上杉輝虎。あの男、じゃなくて女も強かった。でも剣聖の方が強いと思う。上杉輝虎は今ならあの時よりかなり良い勝負ができる、と思う。
あとは百地丹波、藤林保正あたりの伊賀忍者たち。あいつらはちょっとベクトルの違う強さだけど。
とにかく、俺が知る実力者たちに比べて目の前の榊原康政は大したことはない。さっさと倒してこの模擬戦を終わらせに行こう。
「話は終わりにしよう」
「そうですね。では」
そう右手で槍を構えなおす康政。それと同時に左手で何かを地面にたたきつける。
地面にたたきつけられたのは煙玉……か? もくもくと白い煙が上空に上る。だがそれは俺が使うものとは違い煙が広がらず、一直線に空中に上っていく。
「は?」
「徳川四天王・榊原康政、参る!!」
榊原康政が何をしたのか、俺が考える時間を康政は与えてくれなかった。馬を操り、槍を俺に突きつけてくる。とっさに刀でその攻撃を逸らし反撃に出る。高度な剣戟が始まった。
だが実力差は歴然。槍と刀で武器の差があろうともその程度誤差と思えるほどの実力差が俺と康政にはあった。
しかし三合ほど斬りあったとき、この戦況に変化が起きる。
「大助殿。その実力、見事と言う他ない。だが今回は私たちの勝ちだ!!」
「何を言って……?」
どこからどう見ても俺が勝ってるだろ。なんだ、ブラフか? それともこいつおかしくなっちまったのか?
だが康政は何一つ嘘など言っていなければ、おかしくなったわけでもなかった。
榊原康政は俺の方を指さす。いや、俺の後ろか? どう見ても罠だろ。振り返った瞬間に背中を攻撃するって算段だろ? 小学生くらいの子供が「あっ!! UFOー!!」って言ってるのと何も変わらない。そんな子供だましに俺が引っかかるとでも?
「あるじ様ッ!!」
氷雨の焦る声、それと同時に後方から鋭い殺気と風切り音。とっさに左に避けながら刀で首と頭、急所を防ぐ。それと同時に防いだ刀に強い衝撃が来た。
「何ッ!?」
俺に攻撃を加えた本人は防がれたことに驚いているようだ。俺も防げたことに驚いてる。完璧な死角からの一撃だったからな。
「さすが織田家最強」
「本当に大助殿には驚かされてばかりですよ」
新手の敵の賞賛と榊原康政のコメント。
「で、お前は誰だよ?」
「徳川四天王筆頭・石川数正」
徳川四天王……!! なんでこんな所に二人もいるんだよ!! 石川数正、家康の近くに控えてた予備隊のやつか……!!
「康政殿だけでは少々厳しそうだったので。手勢の300だけ連れて助けに参りました」
「正直、助かりました」
「2対1か、武士道精神とかないの?」
「それも大事ですがそれより勝つことの方が大事ですから」
そりゃそうだ。まあ言ってみただけだし。
「康政殿、我らのやることは足止めです。大助殿をここに留めておけば殿と忠勝殿が必ず勝利を掴む」
「あいわかった」
俺を止めといたら勝つ? 膠着はするかもしれないけどそれはあっちの勝ちにはならないだろう。
「「オオオオォォォ!!!!」」
は?
家康の本隊が山を駆け下りていく。俺の所に来るわけではない。家康が向かっているのは右翼側だ。右翼は長利と敵の本多忠勝が戦っているが家康の本隊が介入したら一気に右翼は壊滅する。
「今すぐ悠賀に右翼の救援に入るように伝者を出せ!! 緊急だ!!」
「は、はいっす!!」
天弥が大慌てで走っていく。
「氷雨ッ!! 俺たちも下がる!! 強引でもいい、とにかく開戦の位置まで下がって本陣を守る!!」
「ん。皆、ついてきて」
いつの間にか俺に合流していた氷雨が近辺の兵をまとめて撤退を始める。大吾の隊も何とか敵を振り切って撤退し始めている。
「俺がこの二人を食い止める!!」
「できるとでも?」
「織田家最強でも私たち二人はさすがに厳しいでしょう」
勝つ気満々な2人、だが俺は勝機がないなんて思っていない。榊原康政の実力はさっきの井伊直政と同程度かそれ以下。石川数正はわからないがさっきの一撃の速さ、重さから見てそれほど強くはないだろう。
「お前らこそ、俺を留めておくのがどれだけ大変かわかってるのか?」
リボルバーを抜いて二人に交互に突きつける。
「確かにそれは脅威ですが……」
「この距離なら刀の方が速い!!」
同時に攻撃を仕掛けてくる榊原康政と石川数正。俺は石川数正に左手のリボルバーの弾丸を撃ちこみ、右手の刀で榊原康政の槍を受け止める。確かに少々厳しいが何とかなりそうだ。
わずか数分後には榊原康政と石川数正の二人は赤いインクにまみれ、ボロボロになっていた。
「強すぎじゃないですか……」
「こいつには勝てねえ……」
あと一合打ち合えばこの二人は戦闘不能になるだろう。ここでこの二人を倒して速攻戻り、家康と本多忠勝を止める。
「行くぞッ!!」
「くッ!! 数正殿っ!! ……数正殿?」
「康政殿、俺たちの粘り勝ちだ」
「え?」
「はぁ?」
数正が見ているのは俺たちの本陣の方向。俺たちの本陣がある丘。俺たちの本陣のある位置から煙が上がっていた。
「……は? 早すぎんだろ……」
俺の目算ではまだあと30分ほど余裕があるはずだった。なのに……
「大助殿の敗因は忠勝殿の実力を見誤ったことですよ」
「……みたいだな」
ルール上、俺たちの本陣が落とされた以上、俺の負けだ。
家康は俺が井伊直政と榊原康政、石川数正の3人を抜いて本陣に到達するより本多忠勝が俺達の右翼を抜く方が速いと踏んで自分も出陣していった。それが功を奏し、右翼はあっという間に崩され、悠賀の救援も空しく本陣は落とされたわけだ。
家康に読み勝負で負けた。俺の実力を知ってて主力級の武将を3人当てて、俺を止めている間に最も突破力のある本多忠勝が右翼を突破することまで開戦の時点で読み切ってたのか。
「僕らの勝ちだね、大助」
「ああ。家康にはいい部下が多いな」
「それは大助もだよ」
「俺の部隊は俺を最大戦力として使って、部下はそれを最大限生かすように立ち回る、っていうのが基本戦略だからな。家康のとことはちょっと種類の違った強さだと思う。家康のとこは部下一人一人がちゃんと強かった。特に井伊直政はまだ荒いけどこれからもっと強くなると思う」
「そうだね。じゃあ、またいつかやろう」
「その時は負けねえ」
こうして、俺と家康の模擬戦は徳川軍の勝利で終わった。
《織田信長》
「大助の強さは相変わらずとして、家康も相当強くなったな」
「家康殿がいるとき、周辺の部下たちの士気が大いに上がるのがすごいですね」
近くの廃城から模擬戦を観戦していた信長と利家はそう感想をこぼす。
「あれなら浅井朝倉に対する戦力として兵数以上の働きをしてくれそうだな」
そう満足そうにつぶやき、信長は馬で岐阜城に戻っていった。
徳川四天王
・石川数正……徳川四天王筆頭、若き頃から家康に仕え、三河一向一揆の時に大活躍した。
・酒井忠次……徳川四天王、家康を頭脳面で支える。当然のように武力面も優秀。
・本多忠勝……徳川四天王最強、傷一つ受けたことのない猛者。
・榊原康政……徳川四天王、政治面で家康を支える。三河の統治が家康に認められ抜擢される。
4人そろって、徳川四天王!!