第127話 金ケ崎の退き口 前編
「池田勝正殿、殿をお願いします。あなたは防戦の達人だと、本圀寺で共をした光秀殿からお聞きしました。大変な役目となりますが……」
「構わん。こういうのは儂が最も得意とするところであるからな。久秀殿もおることだし、問題はあるまい」
「ありがとうございます。あと、利家も殿で残ってくれ。お前がいれば工法は安定する」
「任せろ」
最も厳しい戦いになると予想される殿に池田勝正と京都で戦乱を巻き起こした軍略家である松永久秀、そして織田家有数の実力者である利家という頼もしい三人を配置する。これはこの撤退戦の絶対条件だと考えていた。
「大助殿!! どうかワシも殿に加えてはいただけないでしょうか!!」
そう俺に進言してきたのはサル。こいつとはあまり戦場を一緒にしたことがない。実力は未知数だ。だが本来の歴史では天下まで上り詰めている、ということを考慮に入れると決して弱いわけがない。しかもこいつの配下には未来知識使い放題のユナと信長や斎藤龍興を手玉に取る竹中半兵衛がいる。問題はないだろう。
「わかった。池田勝正殿の指示に従って動いてくれ」
「まことか!! 感謝を!!」
「別にいいわ。死ぬなよ」
「もちろんでござる!!」
「大助、僕らも……」
次に来たのは家康。家康が強いのはわかってる。だが家康は同盟者にして三河一国の大名、そんな危険な所に配置するわけにはいかない。それにやって貰いたいこともある。
「いや、家康は早く脱出を。少なくとも殿はダメだ」
「大助殿の言う通りです。殿、早く脱出せねばここは囲まれまする」
「そうだぜ、ボス!! こんな所でのんびりしてる時間はねえ!!」
家康の側近2人、確か忠次と直正だっけか、が家康に進言する。俺たちの言葉に家康はおとなしくうなずく。
「わかったよ。でも僕の役目はあるんだろ?」
「もちろんだ。他の奴らも含めて説明する」
家康の配下にはこの直正と本多忠勝という二人の猛将がいる。この二人の突破力は浅井との戦闘の時に使いたい。
「魚鱗の陣で浅井を正面突破する。先頭に突破力のあるやつを使いたい。その右翼の第一陣と第二陣を徳川軍に任せたい。第一陣には突破力のある本多忠勝殿、第二陣は家康と井伊直正殿、遊軍に機転の利く榊原康政殿、残りは家康に任せる」
「うん、任せて」
「左翼の一陣は俺、遊軍には俺の隊の悠賀を配置する。第二陣は森可成だ。第二陣は後続の道を残すための重要な役だ。頼むぞ」
「お任せィ!!」
「光秀殿は予備隊だ。いつでもどこにでも入れるようにしといてくれ」
「はい」
これで役割分担は完了した。あとは素早く実行に移すのみである。
「生きて領地まで戻るぞ!! すぐに準備に取り掛かれ!! 南門に軍を集めろ!!」
「「ハハッ!!」」
浅井側を突破するチームの面々が部屋を飛び出していく。俺は残った朝倉側防衛組の利家に声をかける。
「悪いな。相当厳しい戦いになる」
「問題ないさ。大助のほうだって負けず劣らずの厳しさになる。お互い様だ」
「最悪なのはここに残された家臣団と同盟者である家康が全員死ぬことだ。当然信長様の夢も途絶える。絶対生き残るぞ」
「ああ!!」
金ケ崎城の南門、そこに浅井軍を突破する約1万5千の軍勢が揃っている。先頭にいる俺と本多忠勝はその兵たちを振り返る。城側には前田利家、木下藤吉郎、池田勝正、松永久秀がこっちを見ている。
「俺達が必ず道を切り開く!! 正面の浅井軍に突撃を仕掛けるぞ!! 行くぞ、全軍、出陣だァァ!!」
「「オオオオォォォ!!」」
俺と本多忠勝を先頭に城から軍が飛び出す。少ししたのち左右に遊軍が開き、魚鱗の陣が展開される。
「彦三郎、射程に入り次第、鉄砲を撃ちかけろ!!」
「ハ!!」
彦三郎の鉄砲隊から戦が始まった。敵の意識がこっちにそれた隙に遊軍の悠賀が横撃を仕掛け、敵の最前列が崩れる。
「今だッ!! 突っ込めェェ!!」
敵の崩れたところを狙って突っ込む。本多忠勝は力押しで第一陣を抜いたみたいだ。バケモンかよ。
俺達の勢いは止まらない。第一陣、第二陣に猛将を固めたおかげだな。そもそも正面の浅井だけなら問題にはならない。問題なのは朝倉と挟み撃ちにされることなんだ。
金ケ崎城の方で朝倉を受け止めている利家たちは大丈夫だろうか。
《前田利家》
「朝倉義景の本隊が三の丸の城門に到達しました!!」
「クソッ!! やはり……」
「さすがにこの城のことは私達より朝倉の方が詳しくわかっている」
「だろうな。昨日まで朝倉の城だったんだから」
「弱点も何もかもお見通しでござるな」
籠城戦は明らかに不利。味方の後詰も城を出たことだし、そろそろ殿の俺らも出たほうがいいな。
「勝正殿!!」
「ああ!! 全軍でるぞ!! この城を捨てる!!」
明け方、織田勢全軍出陣。金ケ崎城から京都へ帰還に向けて浅井・朝倉連合軍との戦争が始まる。
利家と勝正、久秀と藤吉郎。4人の指揮官が金ケ崎城に残った全兵士の前にて、
「俺達は殿、後方の朝倉軍を食い止めるのが俺達の役目だ!! かつてない死闘になるだろう!! だがここを切り抜けた先にしか天下はない!! 頼りにしているぞ、お前らぁぁ!!」
「「オオオオォォォ!!」」
織田軍の中で最古参の利家が兵の士気を上げる。
「最後尾はワシら木下隊が引き受ける!! いいな、これは信長様からの信頼を得る好機じゃ!!」
「「うおおお!!」」
藤吉郎がそう宣言し、この3年ほどであっという間に500人ほどになっていた木下隊が大きな声を上げる。
わずか5人から始まった木下隊、そこから少しずつ成長していった彼らの団結力は織田軍でも随一だ。
だが、この木下隊はわずか数時間後にはほぼ全滅することになるのである。