第124話 将軍就任と真剣勝負
坂井大助家に家族が一人増え、大助邸が歓喜に沸いていたころ、信長たちも足利義昭と共に上洛を果たした。芥川城から足利義昭は本圀寺を仮御所とし、信長は清水寺に入った。
今日を事実上支配していた松永久秀は信長に名茶器である九十九髪茄子を差し出し、今後は幕臣として義昭を支える大名連立体制に加入することになった。
近畿の新たな支配者となる信長の元には機内の豪族や有力商人が集まってきた。その中には茶人の今井宗久らもいた。
それから約半月後のこと。
「足利義昭を征夷大将軍に任じる」
「謹んでお受けいたします」
足利義昭は正親町天皇に征夷大将軍に任じられ、正式に室町幕府第15代将軍に就任した。信長は義昭にお礼の剣を貰った。
太田牛一の記した信長公記には信長が足利義昭を連れて上洛したことを『我が国に並ぶことのない名誉、末代までの面目で、子々孫々から手本として仰がれるものである。(現代語訳版)』と記載されている。
その二日後、信長は足利義昭に帰国の挨拶をした。義昭は信長に感謝の書状を送った。そこでは義昭は信長を御父と呼んでいる。これは義昭の信長への感謝と信頼の表れだった。
それから5日かけて信長は岐阜に戻った。
岐阜城の城門を通り抜けると正面には奇妙丸と大助をはじめとする残留組が並んで待っていた。
「父上、おかえりなさいませ!!」
「おう、奇妙丸。ただ今戻った。特に問題はなかったか?」
「はい。武田にも目立った動きはないそうです」
「ん? 奇妙丸、少したくましくなったか?」
「はい。茶筅丸と三七郎と一緒に大助殿に剣術と火縄銃を教えていただいたのです」
「そうか。大助、すまなかったな」
「いえ。3人とも筋がいいですから、教えがいがあります」
「そうか。3人とも将来は織田の戦力になってもらうからな。しごいてやってくれ」
「心得ました」
「ちょっと!? 大助様? 父上?」
奇妙丸ら3兄弟が悲鳴に近い声を上げるが信長はそれを柔らかい笑みで見つめるのみだ。
「奇妙、茶筅、三七、大助の教えはどうだ?」
「とても分かりやすいです」
「剣術指南の先生よりすごいです!!」
「しかも銃も扱えるなんて……」
「では、今後、大助は織田家の剣術、銃術の指南役とする。よろしく頼むぞ、大助」
「えっ……? いやいや俺は……」
指南役? 俺が? そんなこと出来るかなぁ……不安しかない。
「大助には息子が生まれたと聞いている」
「あ、はい。葵丸と名付けました。後日、面会に伺います」
「おう。それで息子が生まれて、嫁の負担が大きい今、愛妻家の大助は少なくとも一年ほどは岐阜から離れようとしないだろう。指南役となれば岐阜に居れるぞ。ならなければ出陣してもらうことになる。俺としては大いにそれえ構わんのだが……」
「どうする?」と信長が俺を見る。つまりこれは信長が俺のことを考えて、俺を岐阜にいさせてくれるために提案してくれたということだ。その厚意はおとなしく受け取っておこう。
「謹んでお受けします」
「では他にも任せたいものがいる」
「えっ……」
「蒲生鶴千代、前へ」
そう信長が前に出したのは小学校高学年くらいの男の子。
「こいつは蒲生賢秀の息子、鶴千代。近江侵攻の時に降伏してきたんで人質にした。こいつは将来大物になる。お前が育てろ」
「は、はい」
「よし、話は後の話は城に入ってからだ。行くぞ」
なんか一人生徒が増えた。まあ一人くらいなら何とか……
「あのっ、大助さん。うちの子もお願いできないっすか? 今年で11なんすけど」
「えっ、ああ」
そう頼んできたのは森可成。半ば強引に押し付けられた。さらに利家が続く。
「あの、大助……悪いんだけどうちの犬千代もお願いできないかな? 大助なら安心だし」
「おい……ふざけるな。これ以上増やす気か……!! 一人で見るんだぞ!! しかも信長様の息子3人を見るんだぞ。そのうえでお前らのガキまで見る余裕ねえよ馬鹿が!!」
「あ、う……」
「お前、手伝え」
「はい……」
お手伝い(ボランティア)一人獲得。
翌日からさっそく俺は奇妙丸、茶筅丸、三七郎、蒲生鶴千代、前田犬千代(利家の息子、犬千代ってのは代々受け継ぐものらしい)、森勝三(森可成の息子)の6人を指導することになった。指導するのは剣術と銃術。まあここにいるのは将来の指揮官級だし、銃はほぼ使わないだろうからメインは剣術になるだろう。利家は槍を教えたり、対槍兵の対処の仕方の相手役になってもらったりしようと思う。
「俺と利家の含めた二人一組を4つ作り、俺と利家のいる所は指導、それ以外の二組は木刀による一本先取の立ち合いを行ってもらう。いいな?」
「「はいっ!!」」
「利家には槍で戦ってもらう。対槍の戦い方を教えて貰え」
利家を固定にしてその他の7人がぐるぐると回り、相手を毎回変えながら立ち合いをしていく。戦った中で最も筋がいいのは可成の息子。小さい体を活かして攻撃を避け、攻撃につないでいる。利家の息子はまだ7歳で、年齢的には高い実力を持っているといえるがさすがに他の皆と体格差がありすぎる。皆に加減してもらってる感じだ。
信長の連れてきた蒲生の人質はこの中の最年長13歳だ。基礎はしっかりとしているが応用技が全然できていない。2つ年下の三七郎にうまいことやられていた。この先連続技や返し技なんかができるようになれば急成長するだろう。
そして一周の最後、俺と利家が向かい合っていた。
「今から俺と利家で二本先取の試合をする。全員ちゃんと見ているように。俺や利家の使う技を見て盗め。これも立派な稽古だからな!!」
「「はいっ!!」」
いい返事をしたのを確認し、俺は改めて利家と向かい合う。剣だけで利家とやりあうのは相当きつい。そもそも刀と槍でリーチの差があるのだ。でも、弟子たちに格好悪い所は見せたくない。
互いの様子を窺う。始めの合図なんて俺達には必要ない。一瞬の沈黙の後、互いに動いた。
俺は左上段に構えた木剣を最速で振る。これは一般的に一気に距離を詰めるための一撃だ。その俺に対し利家は冷静に前に出た俺の右足を突こうと動く。だが俺の右足は利家の想定より前には出ていなかった。俺の左上段から振り下ろされた一撃は利家の突き出した槍に当たる。狙い通り。これで利家は槍を振れない。その隙に距離を詰めた。剣術でいう所の鍔迫り合いというやつだ。この距離は槍より剣の方が当然強い。
剣の柄で利家の体をぐっと押し、体勢が崩れた利家に小手、そして大きく振りかぶり面を叩き込んだ。
「まずは一本」
「上手いな。何もできなかった。動かされた感じだ」
対戦相手ながら俺のことを賞賛する利家。見ている6人もオオと歓声を上げた。
「じゃ、二本目だ」
再び向かい合う。緩んだ空気が再び引き締まる。
今度は利家から動いてきた。避け難い太ももあたりを狙った突き。しかもこのモーションは間違いなく連続技だ。俺は後ろに下がりながら回避。続く突きを右に避けながら、攻撃後の隙のできた利家の左腕を狙って木剣を振った。
「甘い」
「うおっ!?」
利家が少し下がりながら槍の反対側で俺の攻撃を弾く。さらにそのまま大きく横向きに槍を振る。俺は大きく後ろに下がりそれを回避。また距離を離された。こっちが間合いを詰めるのどれだけ大変かわかってやってやがる。まあそれが槍の強みだし、それができない槍使いなんて雑魚なんだけど。利家は間合いの管理が他の槍使いとは比べ物にならないほどうまい。さっきはたまたまうまく詰められたけど同じ手は絶対通じない。さて、どうしたものか……
俺の出した結論は剣を鞘にしまった形で全力で走り、剣の間合いに入った瞬間、居合いで最速の一撃を決めるというもの。まあ鞘はないから居合もあまり速度でないけど振りかぶって振るよりは全然早い。問題は剣を抜かない状態で利家の間合いの中で剣の間合いまで近づかないといけないんだけど、そこは伊賀で鍛えた足と動体視力で頑張って避ける。
「行くぞ」
「おう」
俺は木剣を左手に持ち、全力で走る。利家の連続技を避け、一気に間合いを詰める。だがもう少し間合いを詰めないと。あと一撃避けれれば……
利家が俺の胸あたりを狙って最速の突きを繰り出してくる。それを右側に躱す。
避けたのとほぼ同時に俺は右手を剣の柄にかけ、最速の居合を繰り出す……直前で左の脇腹に強い衝撃を受けた。
「う”ッ」
「貰った」
さらに腹に突きを貰い俺は吹き飛ばされた。ケホケホとせき込む俺に利家は得意げな顔でにやりと笑う。
「一本取り返したぞ。大助」
「俺、避けなかった?」
そう思わず尋ねる俺に利家はふっふっふと笑い、
「その種明かしは後でな。さあ、最後の一本だ」
「ああ、そうだな」
再々度、構え、睨み合う。
さっきのが通じないとなるとあとは全力で利家の攻撃をさばきながら距離を詰めるしかないんだけど、そんなのは自殺行為だ。すぐに足をはらわれて負ける。ならやはりさっき同様、居合で突っ込んだ方がいいか? それにはあの避けた一撃が当たる攻撃の謎を解かないと。そんな時間は無い。でも対処法は思いついた。いつもより大きく避ければいい。たぶんそれで大丈夫なはずだ。そう信じよう。
俺は再び、剣を左手に持ち、突撃を開始する。
「何度やっても同じだ!!」
そう言いながら突き技を繰り出してくる利家。その攻撃を大きくジャンプして避ける。上から利家の攻撃の全容が見えた。槍が、曲がっていた。正確には槍の描く攻撃の軌道が大きく右に反れ。利家の突きの体勢がよく見れば少し変だ。
「なるほどな」
「空中じゃ避けれないだろ!!」
利家は空中にいる俺を普通の突きで仕留めようと動く。俺は刀の柄を右手で握り、抜くと同時に必殺の一撃を放った。
「”一之太刀”!!」
利家の持っていた木槍の先端が砕ける。俺は利家の後方に着地。そして首に一撃を入れるべく剣を振る。
だが、俺の一撃が利家の首に入るより早く、利家の槍の後ろの部分、いわゆる石突と言われる部分が俺のお腹に強く押しつけられた。俺は後方に吹き飛ばされた。
「俺の勝ちだな。大助」
「ああ、完敗だよ。後ろ突きは想定してなかった」
俺は痛むお腹をさすりながら見ていた6人に尋ねる。
「何か参考になったか?」
「い、いえ」
「あの~~」
「ん? どうかしたか?」
見ていた6人の反応がイマイチだ。まさかちゃんと見ずにおしゃべりでもしてたんじゃないだろうな。だが俺の問いに対する奇妙丸の答えはというと、
「二人の動き、特に大助様の動きがすごすぎて……」
「あんなの絶対無理っていうか……」
「常人には無理ですね」
「真似どころか途中何してるか全くわからないところもありましたし……」
「剣をしまって攻撃を反射だけで避けるとか……」
見ていた皆が口々にそんなことを言う。どうやら利家との試合に本気になりすぎてしまったらしい。思わず利家と目を合わせ、目を泳がせる。利家はそんな様子の俺を見てにやにやとしながら、
「まあ、こいつの動きは常人には真似できないよな。実戦でこんな奴とあたったら迷わず逃げることをお勧めするよ」
そう俺の肩をバシバシと叩きながら笑って言った。