第120話 足利義昭の来訪 壱
今の状況。正面に信長、後ろにはさみと剃刀を持った信長の従者二人。もちろん、俺の実力なら切り抜けるだけなら問題ない。だが主人である信長の前で刀を抜いたりしてはいけないし、当然、銃もNGだ。そもそも信長の家臣の怪我させてもそこそこな問題になる。
さらにこの岐阜城は最近、天守を含めた城全体がリフォームが完了したばかり。それを破壊なんてしてしまったら信長が怒り狂うだろう。
つまり、俺は体術だけで誰にもケガさせることなく、城にも傷つけることなく岐阜城から脱出しなくてはならない。過去一厳しいかも。
とりあえず、俺はこの部屋を脱出するルートを探る。襖を蹴破っていいならいくらでもルートはあるのに、城を壊したらダメなせいでとんでもなくルートが限られてくる。どんなに派手に動いても部屋を出るときに丁寧に襖を開けなくてはならない。
横目で最善のルートを模索している俺に向けて、信長が口を開く。
「前にも言っただろ? 足利義昭様と会う時は正装で、とな。今日来るのだぞ? これでもだいぶ待った方だ」
そういえばそんなことで言い合ったことがあったな。たしか伊勢侵攻の前だったか。確かにその時から待っていたと考えればかなり待ってくれた方だろう。だが俺はあの時だってちゃんと断ったはず。決して「あとでやる」なんて言った覚えはない。
「俺は絶対に丁髷は嫌です。だいたい足利義昭様との面会に俺はいらないですよね?」
「まあ、そうだが……」
「なら、俺を岐阜城守備か信長様の守備に付けてくれませんか? それなら正式な場で顔を会わせなくていいと思うのですが」
「……なぜそこまで丁髷を嫌がるのだ?」
だからダサいなんて言える訳がないだろうが!! 嫌なもんは嫌なんだよ!!
「……とにかく嫌です」
「……わかった。お前には岐阜城守備を命じる。だがいつまでもそうしていることは出来んぞ」
「信長様が天下を取った暁には正装がどうとか言われない世界を作ってください」
「それはいいな!! 俺も堅苦しいのは苦手だ」
とりあえず俺の髪は死守した。今日の仕事は増えたが些細な問題だ。隊の皆には悪いが今日は働いてもらうとしよう。
俺は隊の皆と岐阜城の守備についた。そして、昼過ぎごろ30人ほどの小部隊が岐阜城に現れた。その小部隊の中心には輿があり、おそらくその中にいるのが足利義昭なのだろう。一応、岐阜城に入る人は一度止めて怪しい人じゃないか調べなくてはならない。
「そこの小隊、止まれ!!」
門の所で小隊が止まる。そこに俺と家臣の中で粗相をしなさそうな悠賀が小隊の最前列にいた偉そうな男の所に行く。
「なんだ貴様ら、無礼だぞ!! ここにいるのが誰かわかっているのか!! ここにいるのは室町幕府次代将軍・足利義昭様であられるぞ!!」
信長の協力がないと将軍になれないんだろうがという言葉は飲み込んで、営業スマイルを作った。
「失礼いたしました。一応、足利義昭様だと証明するものはございますか?」
「なんだと!! 今日我らがここに来るということは伝えておいただろうが!!」
「ええ、ですがもしこの人数が城内で暴れたりしたら信長様にも危険が及びます。それを防ぐのが城守備の我らの役目なのです。ご無礼をお許しを」
「貴様ッ!!」
「よい、藤孝。その者は自分の役目を果たしている」
唐突に籠から声がした。輿を見ると地面に下ろされその右側から足が出てきている。そして烏帽子をかぶった男が輿からゆっくりと姿を現した。
「義昭様!! 輿を降りられては!!」
「よい、藤孝。この者の言うことはもっともだ。証明というのは私の顔を知っている者がいればよいか?」
「はい。誰かお呼びしましょうか?」
「では、光秀を呼んでいただけるか?」
「承知しました。天弥!! 城に光秀殿を呼びに行け」
俺は天弥に命じて光秀を呼びに行かせる。天弥は光秀を連れてすぐに戻ってきた。光秀は義昭の姿を確認すると、駆け寄り、跪いた。
「お久しゅうございます。義昭様」
「光秀、此度は信長との取り次ぎ、助かった。感謝するぞ」
「ハ、滅相もございません。広間で信長様がお待ちです。向かいましょう」
光秀は俺の方をちらりと見て「よろしいですね?」と確認する。俺はそれに頷き、
「義昭様、失礼いたしました。ご無礼をお許しください」
「さっきも言った通りだ。そなたは己の役目を果たしただけだ。謝ることはない」
「寛大なお言葉、感謝いたします」
義昭は俺の言葉にうなずき、光秀に連れられて城内に入っていった。
その姿を見送ってから、悠賀は俺に尋ねる。
「若様、信長様は足利義昭様を利用して何をするつもりなのでしょう?」
「幕府の権力を利用して天下を取りに行くらしい」
「義昭様はそんな簡単に利用させてくれるんでしょうか」
「あっちからしたら信長様が義昭派の大名として上洛に協力するっていうことだから、あっちからしても信長を利用する形だ。お互い様だろ」
「それ、もしかしたら信長様が幕府に取り込まれるのではないですか?」
「そこは、まあうまくやるだろ」
「だといいですが……」
悠賀は不穏なことを言いながら持ち場に戻っていった。それから一時間ほど、何の音沙汰もなかったのだが、ちょうど一時間たった頃、城の方から誰かが走ってきた。走ってきた男は城門の前に立つと大きな声で叫んだ。
「坂井大助殿!! 至急、信長様がお呼びです!!」
至急の用? 信長は今、足利義昭と会談の最中のはずだろ? だがこう呼び出されたら行かないという選択肢はない。
「すぐに行く」