第119話 岐阜城下町と信長の罠
「旦那様、一緒にお出かけしませんか?」
可愛い嫁にそんなことを言われて断る理由があるだろうか。いや、ない。ということで俺は即座にOKを出し俺と祈は岐阜城下町に繰り出した。目的は新居に足りていない家財なんかを見に行くということらしい。とはいっても祈は身重の体だからゆっくりのんびり見て回るという感じだ。
タンスなんかが売っている店にやってきた。そしてなぜかそこにはメイド服の中年のおばさんが……メイド服?? この時代にメイド服を着せる奴なんて俺の他には一人しかない。
「あら、坂井大助様と祈様。お久しゅうございます。私、丹羽長秀様の御屋敷で側女をやらせていただいております。秋菜と申します」
丁寧に腰を曲げてお辞儀するメイド服の女性・秋菜。やっぱりその主人は長秀だった。信長家臣団で一番まともそうな長秀だが彼の家はほぼメイド喫茶である。俺が安易にメイドの良さを布教してしまったばっかりに、こんなことになってしまった。
っていうかお久しゅうってことは俺が会ったことあるってことだよな。祈と結婚するときに長秀の家に行ったときに会った人だろうか?
「今日は新居の家具をお探しですか? 大助様の御屋敷は大層ご立派だとお聞きしております。大きい御屋敷ですと家具もたくさん必要で大変でしょう?」
「そうですね。ですが長秀殿の御屋敷も大きいでしょう。新居となるとお互い大変ですね」
「祈様はお腹もだいぶ大きくなられまして、大変でしょう」
「今は安定期ですから、大丈夫ですよ」
祈は丹羽長秀の妹、この秋菜という人とも旧知の仲だったのだろうから、積もる話もあるのだろう。ここは俺は二人の邪魔をしない方がいいだろう。
「俺は先に出てるよ。二人で話したいこともあるだろうし」
「いえ、祈は旦那様について行きますよ」
「なら、せっかくですしご一緒させていただいてもよろしいですか?」
「ああ、構わないよ」
ということで一旦家具は置いておいて、商店街を3人で見て回ることにしたのだが……
「ママ~、あの女の人たち変な恰好~」
「コラ!! お侍様に失礼でしょ!!」
「おい、あの格好。エロくね?」
「ああ、特にあの足とか……」
「最近のお侍様の従者の方はああいう格好をしているんだな」
そんなことないです……俺と長秀の趣味です。とにかく道行く人に祈と秋菜が目立ちまくる。清洲では馴染み始めたメイド服も新天地岐阜では明らかに異質なものだ。
あ、おいそこ!! 俺の嫁をエロい目で見るの禁止!! しかも見るだけならともかく口に出すな口に!!
「……祈の体に負担がかかりすぎるとよくないから早めに家に帰ろうか」
「え、あ、お気遣いありがとうございます。まだ大丈夫ですよ?」
「体力も落ちてるだろうし、無理はしないで帰ろう」
「そうですね。ありがとうございます。あの、秋菜さん……」
「いえ、お付き合いさせてしまい申し訳ありませんでした。祈様は大助様にとても大事にされていますね」
「ええ、旦那様はすごく大事にしてくださいますよ」
「これなら長秀さまも安心するでしょう。では、私はここで失礼いたします」
「いつでも家に来てください。歓迎しますよ」
「ええ、機会があれば伺わせていただきますね」
デートではなかったが岐阜の街を見て回れたのでよしとしよう。食べ物等は調達できたし、家具等はまた祈と相談して取り寄せればいいだろう。今夜の食事は市場で勝った鶏肉を祈が揚げてくれるらしい。楽しみだ。
夕飯は唐揚げに味噌汁、白米と多少の野菜、いわゆる唐揚げ定食だ。お店ならともかく家、しかも戦国時代でこのクオリティーのものができるとは……やっぱうちの嫁、天才?
「旦那様は明日はお城ですか?」
「ああ。明日、先代将軍義輝公の弟君の義昭殿が来るらしい。俺を含めた家臣団で歓迎するんだ」
「ほー、っていうことは義昭様を連れて京へ行くのでしょうか」
「たぶんな。俺は祈の出産の時期と相談しながらだけど」
「旦那様がいなくても子どもは産めますよ。いざとなれば明菜さんとか、兄様の屋敷の人も手伝ってくれると思いますし。旦那様には旦那様にしかできない仕事があるでしょう?」
「いや、でもさ……俺の子だし、初めての子どもだし……」
いや、たしかに俺いてもアワアワして何もできないような気がするけども……!!
「もちろん、旦那様がいてくれたら心強いですけど」
そう小さく呟いた祈の顔を見て、俺の岐阜残留が決定した。
翌日は朝早くから岐阜城に登城した。なぜか大広間ではなく控室に一度は言って待っているように指示された。ということで控室に入ると、中にいたのは信長とその従者が二人。
「坂井大助、参上いたしました」
「おう」
「えっと、俺は何故他の家臣たちより早く呼び出されたのでしょう?」
「それは、これだ!!」
信長が手をパチンと鳴らす。それと同時に従者2人がハサミと剃刀を取り出す。ん?剃刀? そして従者が俺の後ろを取るように位置どった。
「今日こそはお前に髷を結ってもらう」
「絶対嫌です」
俺だけ先に呼び出されたの、明らかに信長の罠やんけ!! だがこんな所で俺の髪の毛は終わらせない。もし力技で俺の髪を刈り取ろうとするならば、俺は全力で抵抗する。この程度の人数で俺を止められると思うなよ!!