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一日目、終わり

 結局、腰を抜かして立てなくなったクレは、ラルフに背負ってもらって部屋へ戻された。

 思い返せば慣れない人間の姿で重い物を運んだり二階から飛び降りたり、一日中身体への負担も考えずに調子に乗って動き過ぎたのだろう……。

 自分がついさっき抜け出たばかりの部屋の寝台に、よっこらせと寝かされる。

「本当ごめんよ、驚かせてしまって……。そもそも、昼間に無理をさせてしまっていたみたいで……申し訳ない」

 クレに毛布を掛けつつ、本気で申し訳なさそうにラルフが謝る。

「い、いえ、大丈夫です。悪くした感じではないので、寝てたら朝には治ります……」

 クレは毛布を鼻の上まで上げて答えた。

「……」

「……」

 ――怖すぎる状況だった。

 腰を抜かして逃げられず、傍にはラルフ、そして彼の手元には猟銃……。

 二人とも黙ると、部屋はしんとした静寂に包まれた。

「……こんな夜更けに、猟銃を持って出歩いていたのは何故なんですか? わ、わたしは散歩ですけど……」

 沈黙の恐怖に耐え切れず、クレはラルフに尋ねた。

「あ……えっと、ちょっと見回りを……」

「見回り?」

「家の周りに仕掛けてある狐獲り用の罠を見て回ってたんだ」

「――何でそんなことを?」

 クレは食い気味に訊き返した。

 急な食い付きにラルフは少し驚いた様子だった。しかしクレとしてはそんなことに構っていられない。ラルフは今、かなりとんでもない事実を口にした。

「ええと……狐獲り用の罠を色んな場所に仕掛けてるんだ。引っかかるとしたら多分夜だと思うから、朝起きたときも見て回るようにしてる。日中は他のことであまり時間が取れないから、とりあえず罠だけでも張っておこうと思って」

「この家の周りに、ですか?」

「いや、家の近くだけじゃなく、道の反対側の林の中にも、至る所に張り巡らしてある。奴が現れそうなところは、どこにでも。まあ、満足にカバーできるのはやっぱり近場に限られるんだけど……。昨日、やっと一通り仕掛け終わったところなんだ」

「そう、なん、ですか……」

「ほ、本当に大丈夫かい? 何だかすごく顔色が悪いよ?」

 ラルフが心配そうな顔付きで尋ねてくるのを耳にしながら、クレはこのまま卒倒しそうな具合だった。

 ――何だこの人間?

 昼間働いてたのに夜もそんなに動けるとか、見かけによらず体力が異常だ。

 しかも、ラルフのこの旺盛な行動力の源は、彼の兎を逃がした狐である自分への激しい憎悪なわけで……

 ゾクリ、と背筋が寒くなるのをクレは感じた。

 ――かつてこんなにも怖い相手が居ただろうか――

 冗談抜きに、今は森にいるどんな生き物よりも目の前の男が恐ろしいかった。

「……と、というかそんな生活でいつ寝るんです? 見て回るにしても結構時間がかかるでしょう?」

「ああ、体質なんだけど、あまり眠らなくても平気みたいなんだ。まあ、油断して一睡もしないと朝は少しぼーっとしてしまうんだけど、どちらかというと夜の方が本領発揮できるというか、元気が湧いてきてさ」

 ハハハ……と照れくさそうに笑うラルフ。確かに、日中はいつも瞼が重そうでぼーっとした印象なのに、今は両目ともちゃんと開いていて、彼が意外と切れ長な、鋭い眼をしていることがわかる。

 まるで夜行性の獣だ……。

 クレは毛布の下で胸に手を当て、恐怖のためにドキドキいっている心臓の鼓動を鎮めようとした。

 下手を打つと毛皮にされかねないというのに、逃げ出すことさえ難しいとは……当初想定していた以上の極限状況に、自分は飛び込んでしまったらしい。

 それなりの決心でここへは来たが、ここまでの覚悟を求められるとは思っていなかった。

「……」

 何にせよ、今日中に脱走するのは無理だ。

 腰の様子を見つつ、人間の体に慣れるためにも、二、三日……いやここは大事をとって五日程度はこのままでいた方が良いだろう。

 ……その間に、これからどうするか決めよう。

 逃げ出すか、それともこのままここで、何とか狐の正体を隠し通して頑張るか……


 ――しかし、いつまで?


 クレはふと、自分が期限といったものを特に考えていなかったことに思い至り、そして軽い衝撃を受けた。

 ……おれは、どうなったらラルフに許してもらえたことになるんだろう?

「どうかしたかい?」

 ラルフが、心配そうに顔を覗き込んでくる。

 窓の外では、しんしんと夜が更けつつあった。

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