71.賢者に仕えし従者
俺を劣弱賢者とした魔女デニサ。
この女を懲らしめ、同じ苦しみをとも思っていたが、呪いの術はそう容易く使用出来るものではない。
悪いのは俺の油断であり、勇者を調子に乗らせ、女に全てを任せさせたことにある。
さらに言えば、あの時ベナークの意見を正直に聞き入れ、ダークエルフであるクリュス・ロサをPTから外してしまったことも俺の過ちでもあった。
多少の隙があっても、実力あるエルフはPT……俺の傍に置いておくべきだったのだ。
『我は魔王の現し身……劣弱賢者ごとき力に封じられ、虐げられるほど弱く無い!!』
「……それは悪かったな。この力をお前で慣らしておこうと思っていただけなのでな。悪いが、お前の相手は俺では務まらないようだ。なぁ、クリュス」
「フフッ……その通りですわ」
暗殺者としての彼女は、PTの中においては足りないとベナークに散々言われ続けていたが、PTにいない時こそが本領発揮するもの。
耐えに耐え、獲物の隙を突くその時まで忍んでいてくれたからこそ、その位置に付けるわけだ。
『キ、キサマごときダークエルフに!!』
『フフフ、アクセリ様のお力を見せて頂けただけでも、感謝をお示し下さいませ』
『ふ、ふざけるな! 劣弱賢者の精霊ごときで――』
『では、ご機嫌よう』
動きを封じる為に放った光の精霊要素でデニサの憎悪を俺に向けさせ、通常なら背後ですらも近づけない域に、クリュスを潜めさせた。
成果は刹那の内についた。
ごく僅かな隙の最中、硬く鈍い音が俺の耳に届く。
魔女の劈く悲鳴を上げさせ、狼狽の気配を俺に伝えることも無い程の早さで、クリュスの鋭い刃がデニサの頸椎を突いた。
正体は骸ではあるが、元は人間として形を成していた女であり、”名残”として弱点を存在させていたらしい。
それが分かったのも、光の要素を受けながら人間としての意思を残していたからに過ぎない。
弱く情けないベナークの傍で女でいたかった為なのかは分からないが、本体の肉体を残し、影だけを寄こしていたことがこちらの勝機に繋がった。
「さすがですわ。さすがわたくしの賢者様」
「いいタイミングだったな、クリュス」
「とんでもございませんわ。ふふ、わたくしのことをそう呼んで頂けるのも、あなた様しかおりません」
「お、怒りはしないのか?」
「いいえ、出来ればわたくしを呼びながら頬を叩いて下さると、喜びに絶えないことでしょうけれど」
「そ、それは別の機会で構わないか?」
「その時を楽しみにお待ちしていますわ!」
近付き過ぎず一定の距離を取ることが、クリュスとの関係を崩さない秘訣だ。
さて、魔女デニサにPTを追われたクリュスの心は晴れたと言っていいだろう。
ルシナの幻霧は彼女を成長させた俺が言うのもなんだが、強力な効果となっているようだ。
薄まりつつある霧の向こうでは、召喚士アミナスの叫び声が聞こえて来る。
『この~~いい加減、諦めて空に帰ればいいのだ~! オピオン!! 尾で吹き飛ばすのだ~~!』
ここまであまりまともな召喚をして来なかったエーセン族のアミナスだが、どうやら己自身にヘイトを向けられて、召喚せざるを得なかったらしい。
アミナスに襲い掛かっているのは、微小な音波で意識を狂わせる蝙蝠族だ。
召喚している獣は、それしか呼べないのかと疑ってしまいそうになるが、蛇のようだ。
何であれ身を守れるのなら、個々で任せるほか無いが、蝙蝠は空に帰らないだろうな。
「加勢はしなくても?」
「するつもりがあるのか? クリュス」
「いえ。わたくしは、あの男の最後を確かめたいですわ」
「それならば、途中で見えなくなったパナセを探して、俺の傍へ連れて来てくれ」
「ネギ女がお望みなのですか?」
「……頼む」
「――分かりましたわ」
クリュスが向かう前にストレがパナセの近くにいるかもしれないが、パナセの姿が見えないと不安だ。
不安か……、パナセが傍にいることが当たり前になっているとはな。
『アクセリィ!! どこだ、どこにいやがる~!?』
あの声はオハードか?
どこまで飛ばされていたのかは分からないが、戻りが早いな。
一先ず試すとするか。
『ここだ。オハード!』
『そこにいやがったのか!』
いくら霧が薄れて来たとはいえ、声だけで俺の位置が分かるほど、オハードの察知力は高くない。
そう思っていたのは俺の予感であり、勘によるものだ。
荒々しく息を吐きながら俺の所に姿を見せたのは、オハードに似せた男の姿をした勇者だった。
「やはりここにいやがった。てめえとは、邪魔の入らない場所で戦おうと思っていた」
「……ほぅ? その声も良く出来ているじゃないか。それもデニサに与えられた力か? なぁ、ベナーク」
「何のことだ? 俺はオハードであって、勇者なんかじゃねえぞ? デニサが何だって?」
「既に気配……いや、本体もろとも消えて行ったあの女、いや魔王の手先のことだ」
「――消えた? バカな……お、お前が消したのか?」
「残念ながら俺じゃないが、お前はオハードじゃなかったのか? 馬脚を現すのが早すぎるぞ、ベナーク」
「ち……」
よほど魔女に頼っていたと見える。
「……何故分かった?」
「簡単だ。臭うはずの無い闇の気配が、勇者のお前からしたからだ。それに、オハードは闇に堕ちていないし、この場には初めからいなかったからな」
オハードの気配は長く一緒にいなくても分かるくらい、分かりやすい奴だ。
いくら吹き飛ばされたからといって、敵地で戦いを挑むほど愚かな奴じゃない。
「まさか劣弱賢者のお前が、またこうして俺の前に姿を見せるとは、思わなかった」
「そうだな。それについては同意する」
「アクセリ……俺は勇者なのに!! 劣弱賢者に落として弱くしたのに、何故俺の邪魔をする!」
「邪魔をしたつもりは無いが、俺を弱くして世界を陥れたのは心地良かったか?」
「呪いで弱くなって、獣にでもやられてしまえばよかったものを! それをあの女のせいで!!」
それがパナセか。
パナセにとっては、とんだとばっちりだ。
俺を弱くしたのは魔女の呪いだが、パナセを狙い続け今もまたルシナを傀儡して捉えている。
こうして対峙しているが、素直に襲い掛かって来る奴では無い。
まずは、デニサを失ったベナークの実力を見てやるとするか。
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