57.賢者と甘え娘 4
「おう、ようやく出て来やがったな! ったく、早くしやがれ」
『こらーー! アクセリさまにはもっと優しく話しかけなきゃ駄目です! って言ったばかりですよ!』
「おっおぉ……すまん、パナちゃん。お、遅かったな、アクセリ」
何だこれは……? 一体外で何があったというのか。
ほんの少しの時間のはずだが、パナセがオハードをしつけただと?
「あ、あぁ……パナちゃん? お前、オハードか? パナセに変な薬でも飲まされたんじゃないよな?」
「何も飲んでない。が、まぁ、なんだ……あれだけ頭を下げられちゃあ、俺も態度を改めるしかないと思ったまでだ」
「そうか。何にせよ、この先は戦いがある。期待しているぞ」
「ああ」
頑固で意地ばかり張っていたオハードだったが、パナセとの間で何かのやり取りがあったようだ。
「アクセリ、私、パナの所に行くね」
「分かった。フォローを頼むぞ」
「任せといて!」
ルシナとの甘やかし時間を設けたおかげか、以前よりは柔らかくなった感じがある。
「……ところで、オハード。ロサとアミナスは近くにいるのか?」
「ああん? ダークエルフの姉ちゃんなら――うぉっ!?」
洞窟の中の出来事といい、外での戦いには一切関与させなかっただけに、相当気を悪くさせたと思われてたが……。
「うふふふ……いよいよわたくしを躾て頂ける時が来たのですわね」
「……ロサか」
「ええ、わたくしはずっとこの時をお待ち申し上げておりましたわ……」
背後にいて気配を感じさせないのは、流石としか言えないが、甘やかしではなく躾を希望するのはどうなんだ。
ロサは元々Sな性格だったはずなのに、パナセとの言葉のやり取りでMに目覚めたか?
「アミナスはどこだ?」
「あの子供でしたら、小竜に乗り疲れて眠っておりますわ……」
「そうか。いや、残党がいないとも限らぬし、賊がいないとも限らん。どこで寝かせている?」
「……それでしたら、こちらですわ」
「いくら召喚出来るからとはいえ、子供一人を岩場の陰に寝かせているのか?」
「ふふ……」
ロサの案内の下、パナセたちから離れた場所に、岩々がそびえ立っていた。
彼女に促されるようにして、岩の陰に移動したが……。
「む? ロサ、アミはどこだ? どこに寝てい――うっ!?」
「シッ! 大人しく……大人しくしてくださいませ、アクさま……」
「どういうつもりだ」
「どうもしませんわ……ですけれど、ここであれば小娘に嫉妬されることはありませんもの……」
大きな岩の陰にたどり着くと同時に、ロサは俺の口を手で塞ぎ、そのまま首に腕を絡めて来た。
体力が不十分なこともあり、抵抗力も損なっていたが、これもロサのクセだと思えばどうということは無い。
「それで、俺をどうする?」
「頬を思いきり叩いてくださいませ!」
「……何? ロサの頬を……か?」
「はぁはぁはぁ……さぁ、お早く! わたくしは岩を背に、逃げも隠れも致しませんわ!」
躾……つまり、そういうことか。
確かにパナセたちには見せられないことだし、見られたら何て言われるか。
「い、いや、これはどういう……お、おい!」
「じれったい!! アクさまのお手をお借りしますわ」
『バシッーーーーーーーン!!』
「ああああああっ!! ふぅふぅはぁはぁはぁ……あ、有難き幸せですわ……」
「い、いや、俺は何もしていないんだが……」
「さぁ、もっと、もっと! もっとわたくしを!!」
こんな、ここまでな女だっただろうかと、過去に組んでいた時を思い返してみたが、よく思い出せない。
パナセの甘え方、ルシナの隠れ甘えとはもはや、種類が異なりすぎて混乱しそうだ。
俺の手を取り、自分の頬に当てて悦ぶだとか、それは想定すらしていなかった。
ロサには普通の甘やかしが、通用しないのかもしれない。
「クリュス・ロサ!」
「アクさま……さぁ、さぁ、さぁ!」
「お前の心は受け取った。そのまま、岩に寄りかかっておけ!」
「はぁぁぁあ――い、いよいよですわ!」
もうこれしかないだろう……これしか満足させられないと判断した。
『凍てつきの刃! クリュス・ロサに精霊吐息の氷刃を差し向かせ!!』
「ああああ…………!?」
「許せ、痛みは抑えたが、しばらくそれで頭から全身に至るまで自分を冷やせ!」
「あ、有難く頂くとしますわっっ!!」
「お、お前……」
「アクさまからの精霊要素を、このロサは身をもって存分にっっ!!」
どうやら甘く見ていたようだ。
SでもMでもなく、俺に対する思いが在り余りすぎたのだ。
どうやらロサの身体は精霊要素だけでなく、防御力も成長しているようだが、性格の成長はかなりひねくれ曲がらせてしまった。
賢者としてやれるのは、ロサは放置するのが良薬と見た。
ダークエルフ……いや、ロサにはなるべく話しかけるようにせねばならないな……。




