44.拠点城リルグランへの帰還 3
「……う?」
『そこをどけ!! 貴様も斬られたいか?』
竜巻の渦に巻き込まれているパナセを目前にしていながら、何も出来ずにいた俺だったが……
仲間ではない意外な者の声がしたと思えば、奴が手にした長槍は、俺の眼前で瞬く間もなく一閃を放っていた。
通常であれば攻撃範囲が広く、凄まじい威力で突進することを得意としているランスではあるが、エウダイなる黒騎士は風の扱いを心得ているのか、パナセを巻き込む渦を何事も無かったかのように斬り断っていた。
一体どれほどの技を会得しているのか興味があるが、今回は救われただけに咎めることは出来ない。
「はふぅぅ~……」
竜巻の渦が消えると、それまで旋風に囚われていたパナセの身体は、行き場を失ったようにその場にへたり込んでしまった。
『劣弱。そこでくたばりかけている愚蒙も貴様の仲間か?』
酷い言われようではあるが、オハードを仲間とするには心許ないのだがどう言うべきか。
「けっ、誰が仲間だって? てめえもそこそこ腕が立つようだが、俺の白刃一閃には及ぶことはない」
「……薬師の女にやられる愚蒙がよく吠える」
魔法における戦いは所詮戯れではあったが、戦士としての実力なら、黒騎士といい勝負をする可能性があるが……、オハードはあれからサボらずに生きていたのだろうか。
「賢者の下らねえ策に嵌っただけのことだ。痺れが消えたその時、てめえのその槍を斬り落としてやるよ!」
「戯れ言を喚くな、愚蒙」
何やら始まりそうではあるが、離れた所でびくびくしているルシナも見ている以上、まずはパナセを運ぶ必要があるだろう。
「はひゃぅ~アクセリさみゃ~」
「……ジッとしてろよ、パナセ」
「ひゃふぅ~何をしてくれるのですぅ? はふぁぁ!?」
「あ、暴れるな! お前の全身は切り傷だらけになっているのだぞ? 黙って俺に抱かれていろ!」
「あびゃびゃびゃ!? あぅあぅあぅ……あれ、ここは天国ですか~?」
「いや、俺の腕の上だ」
「えへへ~スースースー……むにゃ」
どんどん愉快になっていくが、何はともあれパナセを失わずに済んだ。
何の気まぐれかは分からないが、エウダイなる黒騎士は俺に関わる人間には、害を加えないようだ。
「ちょっと、パナ! あんた、大丈夫なの!? アクセリ! この子、平気なの?」
「落ち着け。忘れたか? パナセの痛みは俺に与えて来るのだぞ? 無数の切り傷で味わったことの無い痛みを伴ったのは確かだが、それが時間を経て俺の元に来ることは確実だ」
「え? 何で……?」
「それがパナセの潜在能力の一つだ。どういうわけかパナセの痛みが俺に移って来るってことだ!」
「大変だね……パナを愛するのも」
「まぁな……」
全ての痛みを移して来るかは不確定だが、要素との盟約と同様に、パナセたちとも何かの接触で盟約を交わしたことになるのだとすれば、賢者は全てを負う存在ということになる。
「アミナスはどこに行った?」
「召喚の子なら城っぽい所に走って行ったのを見たけど、問題ある?」
「……運だけは生まれつきいいということか。拠点の城に入れば、襲われることはないからな」
「ふ、ふぅん? え、じゃあ……城以外の場所は、不特定に襲われるわけ?」
「そうだ」
「パナだけじゃなくて、私のことも守ってよね!」
「回復したら考える」
「もう!」
城内にパナセを置き、ルシナも留めておけば問題も起きないだろう。
痛みを抱えたままになるが、オハードと黒騎士の戦いを見極めておく必要がある。
「ぐあ……ぐぐ……く!」
「え? 何どうしたの?」
「パナセの寝顔を見てみろ」
「んん? 気持ちよさそうにスヤスヤ寝ちゃってるけど、まさかあんたのそれって……」
「そういうことだ……ヒール……いや、お前も薬師の端くれなら、回復薬でも煎じてくれ」
「あぁ、うん……」
二度の不意打ち的なパナセの口づけにより、俺は完全にパナセの身代わりと認められたようだ……。




