17.パナセのおねだり
「それにしても元智者さまが、人間……それも何の役にも立たない薬師をお供にしているだなんて、笑えないことね。ワケがあってのことだといいのだけど、お話頂けるかしらね?」
「お前も驚くことだろうな。確かに魔力の欠片も持たない薬師だが、パナセには色々な可能性がある。お前もそれを目の当たりにしてみれば、少しは人間への見方も変わるはずだ……」
「他愛のないことを言われたところで、このわたくしの心は、動く余力を残しませんことよ?」
ただでさえ俺やパナセと比べても、背の高さを優位に持つエルフに、こうも上から目線で言われると反論のしようがない。
ましてコイツは元の根から性格が非常に悪い。
達者だった口すらも弱くなった俺では、太刀打ち出来ないということくらい、パナセでも気付いていることだろう。
「あのあのっ! アクセリさまを昔からご存じなのですか?」
「……そうだとすれば、あなたは何をわたくしにくださるというの?」
「ええ? く、くださる……えーと、えとえと、わたしのお願いをあげますっ!」
「――は?」
パナセの不思議な言動は、出会った頃から若干は気付いていたが、ここに来て加速を始めたらしい。
今までの話相手は俺一人だけで、竜人ストレとは話そのものが噛み合っていなかった。
しかしこれから徐々にでも、供をする仲間が増えて行けば、パナセの本領が発揮されるかもしれん。
「ア、アクセリさまー!」
「何だ、パナセ」
「こ、ここ、この近くに実は……あのあの」
「怒らないから言ってみろ」
「は、はい! パナセのお家が並んでいまして~」
「家が? それはアレか? パナセの里があると言いたいのか?」
「はいです! そ、そそそ……」
「落ち着け」
「そこに寄り道をして頂いてもよろしいでしょうか?」
ロサを加えて歩き始めてから、いつもよりおとなしくしていたと思っていたが、そういうことか。
まるで何かをおねだりするかのような、何ともいじらしい表情をする。
「ロサ、お前はどうだ? 寄っても構わないか?」
「――ネギ女が強くあろうとするのを、無粋にする権利はわたくしにはありませんわね」
「ネ、ネギ女じゃないです~!」
「よ、寄らないで頂戴! まだ臭うわ」
「確かに臭うな……口を抑えながら頼むぞ、パナセ」
「はぐっ……はぃ~」
薬師の里があるとは、世界を知る俺でも知り得ないことだ。
ろくでなしな勇者のことを何一つ言えないではないか。
「……もう少し、もう少しの川がある所を渡ればありますです……」
「楽しみにしとく。お前の里に立ち寄れるということをな!」
「ぜひぜひぜひです!」
ロサの言う通りだが、俺は勇者同様に女を傍に置きたい賢者だった。
それも力の強い女ばかりだったわけだが、そうではない女を今は、傍に置きたがっている。
見えてこなかった先の光を、薬師のパナセから見せられようとしているのは悪くない。
弱者と成り下がった俺が、力無い薬師の女のおねだりに従うことになろうとは、思いもよらなかった。