「懐かしい未来へ」(9)
教会の二階、ティキの母ネリの部屋では、ティキが無事クレスを救い出せたことを簡単に報告していた。そしてリグのことを。
「……もし、彼がどこにも行く所がなければ、ここにいさせてもらってもいいでしょう?」
自分の世界を失ったリグにはこの世界のどこにも行き場がないことをティキは心配していた。そんな娘の様子を見てネリは優しく告げた。
「ああ、構わないよ。お前がしたいことをすればいいよ。
私にはもうお前にしてやれることは何もないんだから……。」
「ありがとう、母さん……。」
だいぶ病状も安定してきた母を見てティキはほっとしていた。ふと食卓に準備してあった夕飯のことを思い出し、あの量ではみんなで食べることができないだろうと思った。エラルには悪いが、リグはエラルの宿屋で食事を頼もうと思い、階段を降りていった。
その階段を降りる途中、ティキは聞いてしまった。エラルとリグの会話を。
「エラルのいた神殿の大聖士だ。
俺を実の息子のように愛してくれた……。」
大聖士。この世界には存在しない言葉だが、おそらく聖術士の頂点に立つ者の尊称であろうことは想像できた。
「……でも、二人とも、俺が、殺してしまった……。」
その言葉にティキははっとして懐のロザリオを探り、取り出した。ロザリオを眺める。古びてはいるが、丁寧に磨かれ、またその装飾を見ても高位の聖術士が身につける物だということが一目でわかった。女神の神殿での彼の言葉が思い出された。
……魔気に狂って、魔物になった……
「もしかして、このロザリオは、……私たちが倒した、あの魔物……。
彼の、お義父様の、物……!?
リグの、大切な人を、私たちが、殺した……!?」
ティキは体中の力が抜けたようにぺしゃりと階段に座り込む。信じられない事実に気づき、震えが止まらなくなる。懐にロザリオを抱き、彼の名を呟く。
「リグ、リグ……。」
ティキは思った。
彼のためにできることならば何でもしよう。
彼の力に、私はなりたい……。
「お待たせ! 母さん、だいぶいいの、本当によかったわ!!」
ティキは空元気を出して階下に戻ってきた。
わかってはいたが二人の雰囲気を見て取り、不思議そうにしてみせた。
「……どうしたの? 何か……あったの?」
エラルはティキに暗い雰囲気を気取られまいと、何とかごまかそうとした。
「いや、別に……。で、どうするんだ? しばらくいるんだろ?」
「今日は泊まっていくわ。明日、神殿に戻ろうと思うの。」
「また、せっかちだな。もっとゆっくりしてきゃいいのに。」
そう言いながら、エラルは食卓を眺める。ティキに言われるまでもなく、自分たちの分までないことはわかっていたので、宿の食事をあてにした。
「わかった。じゃ、こいつは俺ん家に泊めるよ。」
「お願いね。」
そう言ってエラルとリグは教会を後にした。
二人を見送った後、ティキは久しぶりに家族三人で食卓が囲めることを素直に喜び、夕食を楽しんだ。心の隅でリグのことを想いながら。