「懐かしい未来へ」(8)
レクタの町に着く。とりあえず先にエラルの母カエラに挨拶をしていこうということで、三人は宿屋の扉を開けた。カエラは相変わらずカウンターで煙草をふかしていた。
カエラは突然の来訪者に驚きつつも、その中に自分の息子を認め、無事に帰ってきたことにほっとしたようだった。
「お帰りエラル。何とかティキちゃんの役には立ったのかい?」
「まあね。それでさ……。」
エラルが聖戦士の話を切り出そうとした時、カエラは後ろに控えているリグに目をとめた。
「おや、そっちの男前のお兄さんは誰だい? ティキちゃんのイイ人かい?」
カエラの意外な発言にティキは真っ赤になった。
「え……ち、違います。」
エラルは地雷を踏まれ、爆発した。
「お袋、冗談やめろよな!」
「あんたがむきになることないだろ? あ、エラル妬いてんのかい?」
図星を刺されてエラルも真っ赤になった。無理やり話を戻そうと懸命になる。
「う……うるさいな! そ、そうだお袋。
俺、聖戦士になるんだぜ! すごいだろ!!」
「あんたが聖戦士? あんたなんかに務まるのかい?」
「……もちっと喜べよ。」
母のそっけないな返答にエラルは肩透かしを食ったようだ。
「だから、今度ヴィダリスへ行かなくちゃならないんだ。
お袋おいて行っちまうのはちょっと悪いと思うけどさ、いいだろ?」
母親の身を気づかうエラルにカエラは鼻でせせら笑った。
「あんたに心配されるほど落ちぶれちゃいないよ、あたしゃ。
まあせいぜい気をつけておくれよ。あんた無茶するんだから。」
「わかってんよっ!」
そんな二人のやり取りにティキは微笑む。
カエラは亡き父の鎧が板についている息子の姿を見て、煙草の煙が目にしみるというように、少し目をこすった。
「……本当に……良かったね……。」
リグは無言でそんなエラル母子の様子を見ていた。自分の家族であったゴアとエラルを思い出して。
それからティキの実家、教会に向かう。
扉を開けると心なしか清浄な空気が彼らを迎え入れた。
懐かしい空気。リグは自分の育ったアインの聖堂を思い出していた。
ティキは祖母に挨拶をすませると、二人を教会奥の居間に通し、お茶を淹れた。そして奥の部屋向こうの階段へと足を向ける。
「私、母さんのところに行って来るから、二人とも下で待ってて。」
「こいつと二人でいろってのか!?」
リグと二人きり、エラルは思いもかけない状況に放り出されるのを想像し、思わず反発した。
「エラル! ……母さんとゆっくり話がしたいの。」
「わ、わかったよ。」
しぶしぶエラルは了承した。
「リグ……、少し待っててね。」
そう言うとティキは階段を上っていった。
もう外は夜の帳が落ちていた。
さやさやと風が吹き抜け、草木の揺れる音がする。食卓の上には夕飯の準備がもう済ませてある。暖炉ではぱちぱちと薪が燃え、暖かな空気をかもし出していた。
しかしこの二人の間には冷たい空気が流れていた。
エラルは食卓の椅子に腰掛け、肘をついてティキの帰りを待っていた。そんな中ちらりとリグの方を盗み見る。彼は窓際にもたれかかり、窓の外の暗闇を眺めていた。
間が持たん……。
エラルはこの緊張した空気に今にもヘたれこみそうだった。そんな中、ちりんと小さな金属音がした。リグは亡き親友のロザリオを指でいじり、物思いに耽っているようだった。そしておもむろに口を開いた。
「……お前もエラルって、言うんだよな……。」
ふってわいたようなリグの質問にエラルは一瞬戸惑った。
「へ? え……、と。……俺がエラルじゃ、悪いかよっ。」
思わず悪態をつく。しかし自分と同じ名前の人物に少し興味がわいた。今度はエラルが質問する。
「どんな奴、だったんだ? そいつ……。」
リグはロザリオを見つめ、ゆっくりと話しはじめた。
「……エラルは、頭が良くて、優しくて、誰からも好かれていた……。」
「へー、やっぱ俺と同じ名前だけのことはあんなぁ。」
エラルはちょっと自慢げだった。何だか自分が褒められたような気がしていた。
リグは続ける。
「孤児だった俺は、誰からも相手にされなくて、いつも喧嘩ばかりしていた。
そんな俺にあいつは優しくしてくれた。
あいつだけは、俺を心から思ってくれた。
……義父さんに俺を引き取ってくれるよう頼んでくれたのも、あいつだった。」
「とうさん? お前孤児だって今言ったじゃんか。」
「エラルのいた神殿の大聖士だ。俺を実の息子のように愛してくれた……。」
義理の父、と聞いてエラルは納得した。
亡き自分の父を思い起こす。宿の料理用に山で大きな獣をしとめてくる父の大きな背中にいつもわくわくしていた頃の自分。いつか父を越えようと思っていたエラルは数年前の父の突然の死にどれほど悲しんだか思い出した。
「俺は二人を尊敬してた。
どんな時も正しく生きることのできる二人は、俺にとっての……神だった……。
二人のためなら命だって惜しくない、命に代えても守ってやる。
……そう思ってた。」
そこまで言うと、リグはしばらく沈黙した。
「……でも、二人とも、俺が、殺してしまった……。」
エラルは何も言えなかった。
自分にとってかけがえのない存在……、もし自分が同じ立場で、母やティキを殺してしまったら、自分はどうしただろう。
エラルはリグがどれだけ辛い思いをしてきたのかを想像することができなかった。
リグはティキが意識している、気に入らない存在ではあった。しかしそれは彼の責任ではない。ただの自分の嫉妬心からくるだけだった。彼と友人として向かい合えるのならば、どれほど同情してもしきれなかったに違いない。
「……お前、これから……どうするんだ?」
リグは何も答えなかった。ちりん、とまたロザリオが鳴った。