「懐かしい未来へ」(5)
ティキは再びリグを休ませた東の塔に戻ってきた。ベッドを見るとリグはいない。エラルは壁の端で椅子に座って腕を組み俯いていた。ティキが来たことを知ると顔を上げ、右手でバルコニーを指差した。
リグはバルコニーから外を無言で見つめていた。光る太陽。青い空の下に広がる白い雲海。雲の上の景色を初めて見たリグは、その美しさに哀しげに目を細めていた。
自分の世界にもあったはずの輝き。アインの村の山に上ることができたなら、この景色が見られたのだろう。義父さんも、エラルも、みんなも……。
「……起きて、平気?」
ティキはそっとリグに歩み寄った。リグは振り向きもせず、ただ、無言だった。
「ね……、良かったら、一緒に……、行かない? 私、家に帰るの。」
「ティキ……。」
ティキの言葉にエラルは彼女の名を呟く。彼も流石にリグに対して強く言えなくなっていた。彼は自分の世界を失ったのだから。どれほどの深い悲しみが彼を襲ったのか、エラルには知る術がなかった。
「とても綺麗なところなの。きっと、元気が出るわ。」
慰めるようにティキは続ける。
「あなた、名前は? 私は、ティキ。彼は……エラル。幼馴染なの。」
その言葉にリグは反応した。はっとして振り向く。
ティキはその様子を見て問いかけた。
「あなたにも、『エラル』って、お友だちがいたの……?」
リグは思い出した。エラルといた日々を。そしてあの最後を。
「俺が……殺した……。」
「え……?」
予想だにしない言葉にティキは一瞬言葉を失った。
「魔気に狂って、魔物になった……。
エラルも、義父さんも、俺が……殺したんだ……。」
再びバルコニーの方を向くと拳を縁にぶつけた。
「……俺は、何もできなかった……。あの時も……、今も……。何にも……。」
リグの口から嗚咽が洩れる。世界を救えなかった自分の身が呪わしかった。自分だけのうのうと生き延びてしまっている。そんな自分が許せなかった。
そんなリグにティキは優しく囁いた。
「……あなたは世界を超えてまで、鏡を取り戻しに来たじゃない。
一生懸命、頑張ったじゃない。その気持ちは、きっと二人に届いてる。」
「……イッショウ……ケン……メイ……。」
エラルの言葉が思い出される。
……僕はそういう誰かのために一生懸命になれる……リグが好きだよ……
「そうよ。だから、元気を出して。ね?」
数瞬の沈黙。やがてリグは言葉を発した。
「……リグ。」
「え?」
「俺の、名前だ……。」
リグの心が少しでも開いたことをティキは喜んだ。
「リグ……、いい名前ね。行きましょう、一緒に。」
リグはしばらくの間黙っていたが、やがて小さく頷くと、リグはティキたちと共に女神の神殿を後にした。これから自分は何をするべきなのかを探すために。