「懐かしい未来へ」(4)
遥か昔……私と男神アインは世界を創り、生命を生み出そうとしました。
しかし、現人神として生命を導いていこうとする私の意見に対し、
アインは生命が生まれれば神など必要はないと主張しました。
そして私たちは仲違いし、別々に世界を創ることにしたのです。
私は一人で世界を創り、生命を創りました。
しかし、簡単にはいきませんでした。
世界を覆う魔気によって、生命が生き長らえることができなかったのです。
生み出しても生み出しても魔気によって死んでしまう生命……。
私は絶望していました。
そんな時、ふとアインのことが気にかかり、彼の創った世界へ行きました。
アインの世界へ行った私は驚きました。
魔気はどこにもなく、光あふれる世界に生命が輝いているではありませんか!
私はアインに魔気を祓った秘密を聞くため、彼の神殿に行きました。
「……カガミ?」
「そうだ。ふもとの神殿にある〝輝きの鏡〟の力が魔気を祓っているんだ。」
私はその鏡があれば私の世界の生命たちを死なせずにすむと思い、アインに頼みました。
「アイン、その鏡の創り方を教えて。私の世界の生命たちを助けて……!」
しかし、アインの言葉は冷たいものでした。
「あの鏡はお前には創れない。現人神であろうとするお前には。」
いくら頼んでも、アインは教えてはくれませんでした。
そして私は……
「! やめろ、クレス!! 莫迦な真似は……! やめろ、やめろ―――っ!!」
……アインを殺し、鏡の創り方を探しました。
しかし、見つかったそれは、私には創ることができないものでした。
アインの言葉が蘇りました。
……現人神であろうとするお前には創れない……
そして、私は神殿の〝輝きの鏡〟を奪ったのです……。
「……それが〝太陽の冠〟。あなたの世界の……〝輝きの鏡〟です。」
クレスは話し終わると虚空を見つめ、溜息をついた。己の罪を言葉に出したことで、再びその罪の重さを感じていた。
「ちょっと待て……待ってください。おかしいじゃないですか。」
言葉遣いを正しながらエラルは言った。
「クレス様が世界を救われたのは三百年も昔のことです。どうして今頃……。」
クレスは再び溜息をついた。そして重い口を開いた。
「……それがさっき、手遅れだといった理由です。
二つの世界の間には、時の歪みがあるのです。
歪みは時の流れの外側。一瞬で数百年が流れてしまいます。
だから、この世界では三百年前のことでも、彼の世界では、まだ数ヶ月前のこと。
けれど再び時の歪みを抜ければ、再び数百年の刻が過ぎ、あなたの世界はもう……。」
ぐらりとリグの身体がバランスを失い、崩れ落ちた。ティキがその背を支える。
「……! しっかり!!」
「……俺のやってきたことは……全部、無駄、だった……の、か……?」
リグは思い出す。旅立っていった義父の背中、共に旅をしようといったエラル。二人とも、もう還らない。せめて世界だけでも救えればと思っていた。
「義父さん……、エラル……。うわああああああっ!!」
クレスは無言で哀れな少年を見つめた。
己の罪。
こんな形でまざまざと見せつけられるとは思ってもみなかった。
再び謁見の間にティキは戻ってきた。
女神クレスは静かに問う。
「……彼は……。」
「……休ませました。」
「……そう。」
静かな、しかし重い返事だった。
「クレス様……。」
「わかっています。私のしたことは許されるべきものではないことは……。
けれど……、ああするしかなかった……。あなたたちの生命を救う方法は……。」
クレスは再び眉間を抑えて俯いた。その瞳から涙がこぼれているのをティキは見た。
そして無言で女神を見つめた。
確かにリグの世界にしたことは許されるべきものではない。しかし、女神は私たちの生命のために罪を犯してまでこの世界を創りあげたのだ。
ティキは思った……。この女神も魔気の犠牲者なのだと。