「懐かしい未来へ」(27)
「俺は……、どうなったんだ?」
泉の中に腰をかけ、リグは尋ねた。
「幻魔……ギフォンは炎の氷をくれたわ。認められたのよ、リグ……。」
「そうか……。それなら、揃ったのか。」
「ええ、輝きの鏡を創る儀式に使うものはすべて。」
「じゃあ、少し休んだら、はじめよう。」
そう言うとリグは自分の装備がないことに気がついた。
その様子をみてティキがちょっとばつが悪そうに言う。
「ごめんなさい。
あなたをここまで連れて来るのに、重い物はみんな下の広間に置いてきちゃったの。
……意外にリグって軽いのね。」
その言葉にリグは悪戯っぽく微笑んだ。
「意外にあんたの方が重いかもな。……取って来る。」
「ちょっと、それ、どういう意味!?」
泉から上がるリグにティキは怒ったように声をあげた。微笑みながら。
ついに、輝きの鏡を創る儀式が泉の間で始まろうとしていた。
神宝珠。神木。炎の氷。
初めてここに来た時はわからなかったが、六芒星を形づくる場所にある灯篭は、鏡を創るために炎の氷を燈すものだったのだ。そして聖水はここの清らかな水がつくる。この間は輝きの鏡を創るための儀式の間だったのだ。
二人は泉の淵に並んで儀式前の祈りの呼吸を整えていた。
「準備はいいか……?」
ティキの了解を得ようと声をかけたリグだったが、彼女は沈黙したままだった。リグはもう一度、ティキの方を向いて問いかける。彼女は俯いたままだった。
「どう……したんだ?」
「……この儀式で、何が起こるか、わからないから……その前に、
私、言わなくちゃいけないことがあるの。」
「……何だ?」
「私、リグに謝らなくちゃいけない。」
予想だにしない彼女の言葉にリグは困惑した。ティキは続けた。
「ロザリオ届けに来たって……嘘なの。」
「……嘘?」
ティキは顔を上げ、リグを見つめた。
「本当は、リグと一緒にいたかったから。リグの傍にいたかったの。
力になりたかったの。だから、私……。」
二人の視線が絡み合ったまま沈黙が流れる。やがてリグは呟いた。
「……ティキ。」
それは彼女が待ち望んでいた、魔法の言葉だった。
「……初めて、だね。名前……呼んでくれたの。」
そして目を潤ませて微笑んだ。
「嬉しい……。」
そんな彼女の姿にリグは視線を外した。そして呟く。
「……莫迦は、俺か。」
リグはやりきれないというように右手で顔を覆う。
「……お前の気持ちに気づいてやれなかった。
また、自分のことしか考えてなかった。」
ティキはそんなリグの姿を見つめ、優しく告げた。
「私は、そういう何にでもひたむきな、一生懸命なリグだから、好きになったの……。」
そしてひとつ深呼吸をすると彼女は口を開いた。
「リグ……、私は、あなたを……」
その時、リグの人差し指が静かにティキの口を塞いだ。
「……言うな。」
そして微笑むと再びティキを見つめた。
「……俺は、いつも後になってから、大切なことに気がつく。
だから……、今度は先に言いたいんだ。」
リグはそう言うとティキを優しく抱きしめた。
「……ティキ。俺は絶対に世界に光を取り戻す。……お前のために。
そうしたら、……傍にいてくれ。」
「リグ……。」
そして彼女の耳元で囁いた。
「……愛している。」
ティキの瞳から大粒の涙がこぼれた。そしてリグを強く抱きしめた。
静かに流れていく刻を二人は互いの存在を確かめるように感じていた。
……やがてリグはゆっくりと彼女から身体を離すと、その涙を指で拭った。
「……はじめよう。」
「天の恵み〝炎の氷〟を掲げ、〝神木〟で清めし聖水にて、」
「神の生命の石〝神宝珠〟を磨きし……生命の鏡。」
二人はアインの手記どおりの順に儀式を執り行う。
炎の氷……ギフォンの炎を灯篭にかざす。すると、ぽう、とかがり火が青く揺らめいた。時計回りに燈していく。六本の灯篭にかがり火が焚かれると、それは互いに光をつなぎ、六芒星を泉に描いた。
世界樹の枝……神木を泉に浸す。泉は枝に触れた部分から瑠璃色の輝きを発し、光と共に広がっていった。
リグは神宝珠……女神クレスの生命の石をそっと手に持つと、泉の中央へと入っていき、聖水に浸した。
「其が石に宿らん。天地の聖魔……。」
リグの呟きと共に、神宝珠はギフォンの炎の光を受けて金色に染まっていく……。
「生と死の理が輝きをもたらさん……!」
詠唱の終わりと共に神宝珠はまばゆいばかりの光を発し、また外から壁をすり抜けてどす黒い魔気が吹き込んできた。それは神宝珠を中心に台風のように光と闇の渦を作り出す。
「リグ……!」
ティキがあまりの嵐の強さによろけた。泉の淵にいた彼女の身体は宝珠に吸い込まれそうになる。
リグは必死に彼女を抱き寄せ、宝珠を放すまいと震える左手で握りしめた。
その時だ。
神宝珠はすべてをかき消すほどの白銀のきらめきを発すると、天に向かって青い雷を放った。
「あ、ぐぅ……!」
リグの左手は石のようになり、砂と崩れていく。
「リグ……!!」
静寂と凍気と渦巻く黒紫色の魔気の世界。
暗黒のフリーゲートの渦が小さくなり消えていく。ギフォンはあぐらをかき、その様子をくすくすと笑いながら見つめていた。そしてぴゅうと口笛を吹く。
「……やっちゃったんだ。あの坊や。よくやるね、人間のくせにさ……。」
そして再び寝転んだ。
「僕が契約すればよかったな……。」
再び泉の間に静寂が訪れる。
そこには眩い光に包まれた円盤状になった神宝珠……輝きの鏡が静かに浮いていた。
「……やった。」
リグの左腕は肘から下がなくなっていた。
「リグ……! 腕は……。」
「ああ……痛みはない。それより、ほら。」
リグはティキに自分の代わりに鏡を手に取ってくれと促した。
「輝きの鏡……。リグ、あなたの輝きの鏡よ。」
ティキは瞳を潤ませながら鏡をリグに見せる。
「ああ……。」
二人は神殿の外に出た。
どこまでも青く透きとおる空。果てしなく白い雲海。
その雲の切れ目からは緑あふれる大地が垣間見える。
そして天からは新たに形づくられる生命の光が雪のように降りそそいでいた。
その新しい世界を二人は爽やかな風と共に感じていた。
おもむろにリグが囁く。
「……行こう、ティキ。」
「どこへ……行くの?」
「お前にもあるだろう? 懐かしい世界の思い出が……。」
そう言われ、ティキは自分の世界を思い出す。
光溢れる緑の大地。
優しき女神クレス。
故郷のレクタの町。
温かい母と祖母。
自分を愛してくれたエラル。
すべてが昨日のことのように思い起こされる。
リグも思い出していた。
義父の温かさを。
親友エラルの優しさを。
「そんな、懐かしい思い出を未来に託そう。
そう……、俺たちの……かけがえのない未来にさ……。」
【完】




