「懐かしい未来へ」(22)
ギネムハーバの西にある世界樹と呼ばれる聖なる大木。かつては町から青々とした輝きが見えていたが、今はそれが見えない。
ふたりはできるだけ身を潜め、魔物を避けるように世界樹を目指す。運悪く魔物に見つかってしまった時にはリグが天地の聖剣で瞬時に薙ぎ倒していった。
どちらの運が悪かったのかわからないほどに。
やがて二人は世界樹に着いた。その幹は悠久の刻を思わせ、この大木を囲むにはいったい何人の大人が必要なのかわからないほどの太さと貫禄を見せていた。しかしこの大木も魔気に侵されているらしく、葉を空しく散らせ、枝も枯れていた。根もところどころ死の沼に沈んでいる。
「これが世界樹か。……枯れちまってるな。」
「でも、これだけ大きければ、まだ生きている部分があるかもしれないわ。
探しましょう。」
そう言って歩き出したティキの足元の根っこが急に動き出した。木に擬態していた魔物である。油断したティキは足をとられ引きずり倒された。その様子に気づいたリグが魔物を斬ろうと走り寄る。
しかしティキは錫杖を魔物に振り抜き、吹き飛ばした。そして立ち上がると聖術を詠唱する。
「……私は、負けないって、……決めたのよ!」
『女神の手』が魔物を包んでいく。木の魔物は声をあげる間もなく光の中に消えていった。
「大丈夫か?」
リグが気づかう。
「うん……。それより見て。周りに小さな木が生えているわ。
あれ、きっと世界樹の新芽が生えているのよ。
親の世界樹が危機を感じで種を落としたんだわ。」
そう言われてリグは世界樹の周りを眺めた。確かに数十本の若木が芽生えている。これらの木々はまだ魔気の影響を受けていないらしく、青い葉を光らせていた。
しかし、また魔物である可能性もある。これだけあると流石に一本一本確かめていくのは相当な骨折りだった。
しばらく考えるように右手を唇に当てていたリグはティキに尋ねた。
「お前……、火事の時に言っていた『恵みの雨』の聖術は使えるか?」
「え……使えないことはないけど、時間がかかるわ。
あれはちゃんと魔法陣を描いて、かがり火を焚いて、儀式の準備をしないと……。」
「そんなに難しいのか?」
「ええ、農作物を実らせるためのものだから、広く静かに降らせるの。」
リグが何を考えているのかわからなかったが、ティキは彼の問いに答えていった。
「……ここの世界樹の周りだけに、降らせることはできないか?
雨に退魔の聖術の効果を合わせれば、
世界樹の新芽だけが残ると思ったんだが、無理か……。」
ティキはリグの考えに驚きを隠せなかった。聖術の合わせ技。自分しか聖術を使うことのできなかった女神の世界では考えもしなかったことだ。
「それなら、できるかもしれないわ。
この程度の広さなら、私の力だけで何とかなるかもしれない!」
「そうか。じゃあ、簡単でいいから降雨の聖術を教えてくれ。
俺が退魔の聖術を唱える。」
二人はしばらくの間簡単に互いの呪文の説明をすると、聖術を唱えるために準備をした。
ティキの錫杖を地面に突き刺し、二人は互いに向かい合う。そして両手を錫杖の翡翠玉にかざし、静かに眼を閉じた。
ティキの詠唱が先にはじまった。
「精霊よ、女神の忠実なる下僕よ。渇きしこの大地に恵みの雨を降らせたまえ。
五穀豊穣の恵みを我らに与えたまえ……!」
追いかけるようにリグの詠唱が重なり合う。
「我が古の守り神よ、邪なものどもの罪を裁きたまえ、罰を与えたまえ。
天の光よ、我らを導きたまえ……!」
二人の詠唱は心地よい旋律となり、翡翠玉に吸い込まれていく。やがて翡翠玉は輝きを増し天へと光を走らせた。二人は空を見上げて待つ。
一瞬とも永遠とも思える時間を彼らは待った。
不安が胸を襲う。
失敗だったのだろうか?
やがて……、空から光の雨が静かに降りはじめた。二人の顔に喜びの色が現れる。
所々で魔物のギイギイと言った悲鳴が聞こえる。リグはその叫びを聞きつけ、風のように魔物を切り裂いていった。
そして雨が上がった。
若木に擬態していた魔物はすべてリグの白刃の前に塵と化していた。まだ光の雫を青い葉に光らせている一本を除いて。
二人はその木に近づき、青い葉から光の雫が落ちるのをしばし眺めた。リグは若木に了承を得るように語りかける。
「すまないが、少し、その枝分けてもらう。」
彼は刃をひとつの枝の根元に寄せ、すい、と切り落とした。
「……これが、神木……なのか?」
リグはティキに若枝を渡す。彼女はしばらくその枝を眺めた後、近くにある死の沼に枝を浸してみた。そして驚きの声を上げる。
「見て、リグ!」
若枝に触れた部分の沼の水が光を放ち、瑠璃色に浄化されていく……。世界樹の聖水を作り出す力がこの枝にも存在する。間違いなく世界樹の枝……神木だ。
ほっとしたようにティキが言う。
「これで後は〝炎の氷〟ね。でも不思議な名前……どこにあるのかしら?」
「手がかり無しか……。
でもアインがこの世界で鏡を創ったのなら、必ずどこかにあるはずだ。
とりあえずギネムハーバまで戻って、この先どうするか……」
リグの言葉が止まった。
「リグ?」
「……ギネムハーバはこの世界樹と、東にある洞窟から発掘される水晶石を使って
退魔の術具を作っていた町だ。
もしかしたら、〝炎の氷〟の『氷』というのは、水晶石のことかもしれない。」
「水晶石……そうね、そうかもしれない。」
「駄目元だ、今はそれ以外に手掛かりがない。行こう。」
歩き出そうとして再びリグは止まる。困惑するティキにリグは言った。
「いや、少しここで休息をとろう。さっきの雨でこの辺りの魔気はかなり薄まった。
ここからは長い道のりになる。少し、休もう……。」




