「懐かしい未来へ」(21)
フリーゲートの終着点。そこはまた小さな部屋だった。部屋の隅に扉がある。扉を押し開くと、外は回廊になっていた。今出てきた扉はどうやら隠し扉のようであり、よっぽど丁寧に探さないと見つけられないように細工されていた。回廊のすぐ先には下り階段があり、回廊自体は右へ折れてまだ続いているようだった。
「……とりあえず降りてみよう。ここがどこだかわかるかもしれない。」
リグの言葉にティキは頷き、階段を降りる。すると大きな広間に出た。階段から大きな白銀の門扉まで一直線に青い絨毯が敷かれ、その脇を飾り気のない白い柱が支えていた。二人はその大きな扉の前に立ち、一呼吸おくと押し開けた。
その先の光景に二人は圧倒された。
赤紫と緑青が入り混じるような渦をところどころに巻いている雲の海。どこからともなく雷が響いている。雲海の上は薄暗いどろりとした空気で濁り、黒い太陽が照っていた。
「……ここは、あの雲より高い山の上……、アインの神殿だ。」
リグは呆然とその光景に見入っていたが、はっと我に返ると急に扉を閉めた。
「どうしたの? リグ。」
「気がつかないか? この城の空気は、魔気に侵されていない。」
ティキもはっとした。確かにここには清浄な空気が満ちている。
「あの回廊の先に行ってみよう。」
二人は踵を返し、再び階段を上っていった。
回廊の途中、二人は上り階段を見つけた。回廊自体はまだ続いている。二人はどちらからともなくその階段を上っていく。
階段の先に見えたもの。その光景に二人は息を飲んだ。
そこは広い泉であった。丸い泉の淵から染み出した清水は泉の中の石造りの段を流れ、中心へと流れていく。水は中心からも湧いているらしく。ぽこぽこと絶えず水を盛り上げていた。
外の世界とはまるで無縁の美しい光景。リグは泉に近づくとその水をすくってみた。腐臭も何も感じない。思い切って飲んでみた。冷たい、清らかな味がする。聖水とまではいかないが、間違いなくここの水は魔気に侵されていなかった。
ティキも一口飲んでみる。懐かしいレクタの湧き水の味がする。
「おいしい……。」
「……これで水の心配はなくなったな。」
リグはぐるりと泉を一回りし、鏡の手掛かりがないか探してみた。
しかしここには何もないようだった。ただ、気になったのは泉の周りにちょうど六芒星を描くようにかがり火を焚く石造りの灯篭があったことだった。
「回廊の先に行ってみよう。ここには手掛かりらしいものはなさそうだ。」
回廊を進むと上り階段が見えた。二人は静かに上っていく。次の階は一直線に続く石畳の廊下だった。遠く先に上り階段が見える。
まだ上があるのか……リグがそう思った時、足が止まった。廊下の中央左手に真っ白な扉がある。中心にはどこかで見た魔法陣が彫りこまれていた。
「リグ、この魔法陣……。」
「ああ、エルダールの塔で見たのと同じものだ……。」
リグはそっと扉に触れ、ゆっくりと扉を開いた。そして一歩部屋の中に入る。瞬間、何かめまいのような違和感を覚えた。ティキも同じようだった。扉は静かに閉まっていく。
そこは静寂が支配する真っ白な広間だった。リグが呟く。
「今のめまい……、もしかして、ここは……。」
「時間の止まった空間……。」
エルダールの塔にもあったあの魔法陣は、時を止めるためのものだったらしい。
広間をぐるりと見渡す。部屋の両脇にはびっしりと本棚が並び、一体何百年かければ読み終えるのかというほどの膨大な量の書物があった。
そして広間の奥、一段高くなっている玉座にも似た台座の上には白い椅子と白い机。そして地面には焦げた黒い跡が残っていた。
そして机の上には読みかけの、真っ白な表紙の本が一冊……。
古代文字で書かれたそれは、手書きの日記帳のようなものだった。
おそらく筆者はこの城の主、男神アイン。もし想像通りなら、床の黒い焦げ後は女神クレスが男神アインを殺した跡。
そしてここに残された本のこの頁は、輝きの鏡の創り方が載っている頁……。
二人は開かれている頁を読んでみた。
世界を覆う魔気のために 我が生命たちは死んで逝く。
我は我が世界の子の為にひとつの宝を残す。
其は〝輝きの鏡〟。
天の恵み 炎の氷を掲げ 神木で清めし聖水にて
神の生命の石 神宝珠を磨きし 生命の鏡。
其が石に宿らん 天地の聖魔
生と死の理が輝きをもたらさん。
我はこの刻より 地上よりこの身を隠す。
神宝珠亡き現在 我の生命はこの肉体にしか宿らぬ故。
「神の……生命の、石……!?」
リグは驚きを隠せなかった。あの女神は己の生命を自分に託したのだ。
神の生命は身体の内と外にあった。
身体の外にある生命、神宝珠さえ壊れなければ、神は肉体を滅ぼされても復活できる。しかし、その宝珠を失えば、生きる年月の長さは違えども、肉体を滅ぼせば、死ぬ……。
この日記はそう記しているのだ。
クレスはそれを知らず、おそらくそれほど罪を感じずアインを殺めたのだろう。
だが、アインは死んだ。アインが復活することが叶わぬ身であったことを知ったとき、女神はおそらく、リグやティキたちでは想像も出来ないほどに深く強く嘆き悲しんだことだろう。
「どうしてアイン様が鏡の創り方を教えなかったのか、……わかった気がする。」
現人神であろうとした女神クレスにはこの鏡は創れない。
そういう言い方しかできなかった男神アイン。女神の生命を気づかっての言葉だったのだろうが、もっと違った言い方ができていたら、悲劇は起きなかったであろう。
「アイン様も……クレス様を愛していたのね……。」
二人は押し黙った。
先に口を開いたのはリグだった。
「……絶対、負けられないな。もう、誰も死なせない……!」
「これから、どうするの?」
「神木を探す。……多分、世界樹のことだと思う。」
「世界樹?」
「ギネムハーバ……、俺たちがこの世界に降りてきた塔の西にある聖なる大木だ。
世界に湧く聖水はすべて世界樹の中を通り、湧き出すと伝えられている。」
そしてしばらく間をおいてからリグは言った。
「……あんた、ここにいてもいいぞ。ここなら魔物も来ないだろう。」
「え……?」
ティキは固まった。遠まわしに足手まといは要らない、と宣告されたようだった。リグにしてみれば彼女の身を案じての言葉だったのだが、二人の気持ちはすれ違っていた。
沈黙が流れた。やがてティキは震える声でリグに尋ねた。
「私……、邪魔?」
言葉を発するたびに瞳が潤むのを感じる。リグはその姿に驚いた。
「別に、そんなつもりで、言ったんじゃ、ない。
ただ……」
そう口ごもるとリグはどうしたものかと眼が泳いだ。ティキは今にも泣きそうに俯いている。
「……あんたが、心配だった、だけだ。」
「……リグ、」
ティキは小さい声で呟いた。
「それなら……、一緒にいて。傍にいて。ひとりじゃ……不安だよ。」
彼女の言葉にリグは思い出した。
エラルに逝かれ、義父に逝かれ、自分がどれだけ孤独に怯えたかを。
彼女も怖いのだ。ひとりでいるのが。
義父をひとりで行かせ後悔した自分のように、彼女も自分がひとりで行ってしまうのを怖れているのだと……。
「すまない……。一緒に行こう。
また、辛い道のりになるが、……いいのか?」
リグの言葉にティキの涙はすうっと頬を伝った。それを見たリグは、また自分は余計なことを言ったのかと思ったが、ティキはごしごしと涙を拭いて言った。
「うん……、ありがとう。」
そして少し赤い眼をリグに向け、静かに告げた。
「私、リグと一緒なら、負けないから。絶対、負けないから。」
「そうか……。」
二人は神殿を後にした。〝神木〟と〝炎の氷〟を求めて。




