「懐かしい未来へ」(15)
永遠の穴へ続く封印の扉。
女神クレスは両手を高く掲げ、開錠の詠唱をした。
「果て無き闇への深き門……。今再びその戒めを解き放て……。」
静かに重い門は開かれていく。再び深遠の世界への扉を。
女神はふわりと振り向き、リグを見つめた。
「……封印を解きました。ですが、あまり長く開けていることはできません。」
そして念を押すように告げた。引き返すなら今のうちだというように。
「本当に……いいのですね。向こうは魔気の世界。
行ってしまえば……、もう、後戻りはできません。
神宝珠が魔気を中和するとはいえ、あなたが無事でいられる保障もありません。」
「わかっている。」
「そう……ですか。」
ゆるぎないリグの返答に女神はもう何も言わなかった。
リグは女神をじっと見据えると、静かに告げた。
「女神……。俺は、あんたを、許したわけじゃない……。」
「……ええ。この命が欲しいというのなら、……どうぞ殺してください。」
覚悟はできているというように、女神は頭をたれて眼を閉じた。
しかしリグは微動だにしなかった。そして女神に告げる。
「……あんたを殺せば、この世界まで、死んじまう。」
その言葉に頭をもたげ、女神とリグは視線が合った。
彼はふっと視線をそらし、哀しげに呟いた。
「もう……、誰も、あんな目に、遭わせたく、ない……。」
クレスはリグの姿にアインを重ね、沈黙した。
永遠の穴への階段を三人は降りていく。
リグは門のところでいいと言ったのだが、ティキは最後まで見送ると言って頑として聞かなかった。その言葉にエラルも共についていき、今まさに三人で銀の扉を開くところであった。
永遠の穴。
部屋の中は不思議な空気で満ち、床には青白い線で六芒星が描かれている。そして星の頂点には青い炎のかがり火が揺らめくことなく立っていた。
そしてその中心には白い闇を見せる穴がひとつ……。
おもむろにリグは小さな白い布袋を取り出し、石畳に散っている赤黒い砂を集めはじめた。それを両手で優しくすくい上げ、静かに袋に入れていく。
「リグの奴……、何をしてるんだ?」
エラルの囁きにティキは哀しげに答えた。
「……あの砂は、リグの、お義父様だったのよ……。
私たちが倒した、あの異形の魔物の。」
「……!」
リグは無言で砂を集めた。
自ら殺めてしまった義父。せめて亡骸だけは自分の世界に帰らせてやりたい。
それだけだった。
砂を集めていてふと思った。
義父さんのロザリオが見つからない。
あれも砂に還ってしまったのか?
父さんの形見すら、俺には与えられないのか……。
哀しげにリグは立ち上がり、二人に別れを告げた。
「……世話になった。」
二人の顔を瞳に焼きつけるように見つめ、リグは頭をたれた。
「……死ぬなよ。」
エラルはリグに握手を求めた。リグはそっとその手に己の手を重ねる。
「……エラル、お前も元気で……、俺の親友の分まで、生きてくれ……。」
エラルは強く手に力を込め、頷いた。
二人の手が離れる。リグは二、三歩そのまま後ろ向きに歩くと、静かに微笑んだ。
「……じゃあな。」
リグはゆっくりと踵を返した。
「エラル……。」
ティキは母の言葉を思い出していた。
……お前がしたいことをすればいいよ……
リグの歩みが一歩進んだ。
「母さんに……、クレス様に……」
リグがたん、と地を蹴った。
「『ごめんなさい』って……!!」
ティキは走り出していた。
リグは穴の中に姿を消した。
「ティキ!」
エラルの腕が伸びる。しかしその手は空しく宙を掴んだ。
ティキはリグの後を追うようにたん、と地を蹴った。
「ティキーッ!!」
彼女も穴の中に姿を消していった……。
後に残ったのは耳が痛いほどの静寂とエラル、そして白い闇を見せる穴がひとつ……。
エラルはがくんと膝を折った。そして両手を地につく。視線は僅かに残っていた赤黒い砂に落ちていた。
「莫迦野郎……。」
右手が石畳を重く叩く。
「ティキの、大莫迦野郎……っ!」
「何が、『ごめんなさい』だ。俺にどうしろって言うんだよ……。」
そして視線を永遠の穴に向けた。涙が頬を伝う。そして天を仰ぎ、力の限り叫んだ。
「いくら俺でも三百年も待てねぇよ……!!」