「懐かしい未来へ」(13)
エルダールの塔から戻ってきた時、勾玉の鍵はまだ宙を舞っていた。彼らの目の前でちゃりんと小さな音を立てて落ちる。
どうやらあの塔では時間が止まっているようだった。
再び謁見の間へと三人は戻った。クレスは彼らが無事なのを見て取り、静かにリグに言った。
「見つけたようですね。本気なの……ですね。」
「ああ。明日……戻る。」
リグははっきりと言い切った。その後ろでティキは困惑したように呟く。
「明日……!?」
「そう……ですか。では、今日はもうお休みなさい。
明日、永遠の穴への封印を解きましょう。」
ティキたちが下がった後、クレスは宙を仰ぎ見た。彼が行ってしまった後の世界と自分の運命を思うように……。
やがて夜が訪れた。リグにとっては最後の夜。
魔気に侵された世界では昼も夜もない。ただ混沌が存在するだけ……。
リグは神殿外の芝生に寝転がり、満天の星空を眺めていた。
風が心地よく舞っている。リグの闇色の髪はその風に吹かれてさらりとなびく。
美しい景色。
エラル……。
お前と、義父さんと、この美しい景色を見ることができたならば
どれほど嬉しかっただろう……。
けれど、世界だけは救えるかもしれない。
そうしたらまた、俺たちの世界にも満天の星が輝くだろう……。
そんなことを思いながら、リグはエラルのロザリオを取り出し見つめていた。
その様子を眺めていたティキは、静かにリグに近づいた。
「……リグ。少し、お話しない……?」
無言で宙を見つめる彼の横にティキは座った。
「決心は、変わらないの……?」
「ああ……。色々、世話になったな……。」
そんな彼の声を聞いて、ティキは心から溢れてくるものがあった。しかしそれはうまく言葉にできなかった。
長い沈黙。
やがてティキは何とかその気持ちを伝えようとリグに囁きかけた。
「リグ……。私ね……、私……。」
しかしその声はか細く小さく、夜風にさらわれてしまっていた。
再びの沈黙。
その沈黙を先に破ったのはリグだった。おもむろに彼は話しはじめた。
「……俺がこの世界に来たのは、鏡を取り戻すためだった。」
「リグ……?」
「あの女神から世界の真実を聞いた時、俺は絶対に鏡を取り戻そうと誓った。
俺の大切な人を、世界を奪った、
あの女神の愛する世界も同じ目に遭わせてやりたかった。
でも……。」
彼は小さく間をおいた。
「お前たちと旅をして、この世界の人々の幸せそうな顔を見て、
俺はまた、自分のことしか考えていないって、気がついた。」
「リグ……。」
リグはゆっくりと起き上がった。
そしてティキの琥珀色の瞳に己の闇色の瞳を合わせた。
ティキは彼の濡れた瞳に吸い込まれそうになるのを感じた。胸の鼓動が早鐘を鳴らす。
「……ありがとう。」
「え……。」
「お前の言葉が、俺を卑怯な人間にするのを止めてくれた。」
「私の……言葉?」
困惑するティキにリグは優しく語りかけた。
「……俺の一生懸命は、二人に届いてる、って……。お前が思い出させてくれた……。」
リグは思い出していた。
常に憐憫と尊敬の情を持っていればいつか皆理解してくれると優しく抱きしめてくれた義父ゴアを。自分が自身のことしか見えない時、誰かのために一生懸命になれる己を好きだと言い、前に進むことの大切さを諭してくれたエラルを。
そして静かにしかし強く告げた。
「だから俺は行かなくちゃいけない。前に……進まなくちゃ、いけないんだ……。」
「リグ……、私……。」
ティキは言葉に詰まった。もうこれ以上言葉が進まなかった。
そんな彼女にリグは気づかうように告げた。
「もう……休んだほうがいい。」
「私……」
リグは静かに視線を外した。再び満天の星空を見上げる。
「すまない……、一人に、なりたいんだ……。」
ティキはそんなリグの姿を見つめるとゆっくりと立ち上がり、神殿へと戻っていった。何度も何度も振り返り、彼の背中を見つめ続けて。