「懐かしい未来へ」(11)
再び女神の神殿に戻ってきた。
エラルはヴィダリスの聖殿で別れるはずだったのだが、リグがティキと共に行くと言うので、お目付け役も兼ねてついてきた。本来なら聖戦士以外の男性は神殿には入れないのだから。
謁見の間では女神クレスが三人を優しく迎え入れた。
「お帰りなさい、ティキ。お母様は……そう、よかったわね。」
クレスはティキから一通りの報告を聞き終えると、リグに目を向けた。
「それで、リグ……、と言いましたか? あなたは……これからどうするのですか?
辛いでしょうが、あなたの世界は、もう、ないのです。
これからはこの世界で新しい人生をはじめてください。
私も、力になりますから……。」
諭すように告げる女神に対し、リグの発言は意外なものであった。
「……断る。」
そして一呼吸おくと、リグは意を決したように告げた。
「永遠の穴の封印を解いてくれ。俺は……、戻る。」
予想できない言葉に一瞬、辺りの空気は凍りついた。
「何ですって!?」
ティキの声は悲鳴にも似ていた。クレスも驚きの声を上げる。
「何を莫迦なことを!
もうあの世界は魔気に侵されて、人の生きられる世界ではないわ!!」
「無茶よ、リグ!! 死にに行くようなものじゃない!」
熱くなる二人に対し、リグは冷静だった。
「ひとつだけ……世界を救う方法がある。」
静かに言葉の続きを告げる。
「鏡を、創る。新しい〝輝きの鏡〟を……。」
女神クレスは悪質な冗談だというようにリグを諌めた。
「『人間』にあの鏡が創れるわけがないわ! 『人間』は『神』にはなれないのよ!」
そんな女神にリグは鋭い視線を向けた。
「……やってみなくちゃわからないさ。可能性はゼロじゃない。
『人間』が『神』になれないのなら、『神』も『人間』にはなれない。
あんたにはわからないよ。『人間』の、俺の心は……。」
クレスは沈黙した。
女神はリグを静かに見つめる。そして視線を虚空に移した。やがて何かを決心したように、首飾りのひとつを解き、ティキに差し出した。
「……これは?」
透明な糸に幾重にも小さな輝きがちりばめられている。そして中央には勾玉のような形の石が翡翠色に光っていた。
「……西の塔の鍵です。
あの塔には私が昔暮らしていた城に通じるフリーゲートがあります。
……そこには〝神宝珠〟が眠っています。」
「神……宝珠?」
「神宝珠には魔気を中和する力があるのです。
……輝きの鏡も神宝珠でできています。」
「クレス様!?」
ティキは事を理解した。女神はリグに輝きの鏡を創る基を与えようとしているのだ。
動揺するティキに女神は悲しげに諭した。
「私には……、彼を止める権利などないのです……。」
そしてリグに告げた。
「お行きなさい。私があなたのためにできることはこのくらいです……。」
「……本気なの?」
謁見の間から降りてきたティキはリグに言った。その声には嘘だと言って欲しい、そんな響きがあった。
「ああ……、ここからは俺ひとりで行く。……鍵を貸してくれ。」
リグの決意は変わらなかった。右手を差し出し、鍵を求める。しかしティキは鍵を渡さず自分の首にかけた。
「駄目よ。」
「な……?」
困惑するリグにティキは言った。
「……この鍵は私が預かったの。私もついていくわ。」
「ティキ!?」
今度はエラルが驚いた。そんなエラルを見つめ、リグに視線を移す。
「……私たちの世界は、あなたたちの世界の犠牲の上に成り立っている……。
勝手かもしれないけど、少しでも……あなたの力になりたいのよ。」
同意を求めるように再びエラルに視線を戻す。これは私たちにできる僅かな助力なのだというように。エラルもそんなティキの心情を理解した。
「ティキが行くなら、俺も行くよ……。」
「……。すまない……。」
リグは小さく俯いた。そして思った。
そんなお前たちだから、そんなお前たちがいる世界だから、
俺はこの決断しかできなかった……。