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2018年11月15日

「にふぇんふーはひねんふーいひ」

「食べるか喋るかどっちかにしろ」


 週も後半に入り、近づく休日に期待を膨らませる木曜日。

 俺はてんしちゃんと机を突き合わせて昼食を取っていた。


 俺の机には封を開けたコンビニおにぎりが二つ。

 熱は下がったものの本調子ではなく、毎日自作している節約弁当を用意することが出来なかったのだ。

 正直この量では物足りないのだが、贅沢をする余裕もないから仕方がない。


 対して、俺の向かいの机に鎮座するのは色鮮やかなお弁当。

 唐揚げ、プチトマト、卵焼きといった定番メニューが敷き詰められた手作り弁当は、味気ない食事をしている俺にはひどく魅力的に見えた。


 俺の視線に気付いたのか、彼女はごくん、と喉を鳴らしてから口を開いた。


「私のお弁当がどうかしましたか?」

「ん? いや、美味そうだなって」


 俺の率直な感想を聞いた彼女は、一度弁当に目を落としてから俺に言った。


「あっくんは明日死ぬ運命にあります」


 あまりに唐突な話題転換をするてんしちゃん。

 その真意を測りかねていると、彼女は箸で唐揚げをつまんで俺の口元に近づけてきた。


「この唐揚げを食べることでその運命を回避できますよ?」


 目の前に差し出されたのはキツネ色に輝く美味しそうな唐揚げ。

 急に漂い始めた甘い雰囲気に少し躊躇したが、これは運命を回避するためだ、と心の中で言い訳をして口に含んだ。

 その唐揚げは冷めていても十分に弾力があり、また口の中に広がる香ばしさからも手間暇かけて作ったことを感じさせた。


「……美味いな」

「そうですか。ありがとうございます」


 俺の言葉に微笑みを返す彼女。

 彼女は水筒に入れてきた緑茶をコップに注ぎながら言う。


「実はその唐揚げ、即効性の毒入りです」


 むせた。

 苦しげに咳を繰り返す俺に緑茶が入ったコップが差し出される。


「どうぞ、解毒剤入りのお茶です」


 今度は迷わずコップを受け取って一気に飲み干す。

 大きく息を吐いて落ち着くと、それを確認した彼女は話を続けた。


「これが運命なんです」

「……どういう意味だ?」


 少し苛立ちを表しながら真意を問いかける。


「あっくんは明日死ぬ運命だから今日死ぬことはないんです。たとえ毒を盛ろうとしても、運命が邪魔をしてそれを阻止してしまう。そのように決まっているんです」


 てんしちゃんは淡々と語る。


 一体、彼女は何を伝えたいのだろうか。

 彼女の意図が見抜けず返事に窮する俺に、ふと思いついたかのように彼女が聞いてきた。


「運命といえば、あっくんは私達が出会った時のことを覚えていますか?」

「……それって自己紹介の時のことか?」

「はい」

「そりゃ、あれは忘れられねえよ」


 あの衝撃的な出会いは、今でも鮮明に思い出すことが出来る。




--------------------


 登校初日、入学式を終えた後のロングホームルームの時間。

 一人ひとりクラスメイトの自己紹介が行われる中、俺の意識は前に座る生徒ただ一人に向けられていた。


 陽の光を浴びて、天使の輪が輝く金色の髪。

 すべてを見通すような透き通った碧眼。

 まるで楽園から舞い降りてきたような美少女が、俺の前の席に座っていた。


 早く彼女の名前が知りたい。

 そして、あわよくばお近づきになりたい。


 そんな邪な想いに応えるように、自己紹介の順番が回ってきて彼女が立ち上がる。

 彼女は小さな唇をそっと開いて、鈴を転がすような声を響かせた。


「初めまして。私のことは親しみを込めて『てんしちゃん』とお呼びください。私は今、運命の人を探しています。我こそはという方は立候補してください。よろしくお願いします」


 一息に告げて彼女は着席する。


 俺は耳を通り抜けた言葉が信じられなくて思考停止してしまった。

 先生やクラスメイトも呆然とした顔を彼女に向けている。


 しばらくの間、教室内を沈黙が襲った後、気を取り直した先生が俺に視線を向ける。

 その視線を受けて自己紹介の順番を思い出した俺は、慌てて立ち上がった。


「あ、あのっ」


 考えていた自己紹介が頭から抜けてしまい、場繋ぎの言葉が自然と出る。

 すると、天使の輪が崩れるほどに勢いをつけて、『てんしちゃん』が振り返った。


「あなたが運命の人ですかっ!」


--------------------




「……あの時、私は運命を感じました」

「俺は恐怖を感じたよ」

「運命の人に立候補してくれたあっくん、格好良かったです」

「順番で立ち上がっただけだからな」

「一目惚れしてくれたんですか?」

「してっ、ねぇよ……」


 とっさに否定しようとして口ごもってしまう。

 俺の動揺する姿を見て、クスクス笑うてんしちゃん。

 してやられた俺はおにぎりにかぶりついて、彼女は上品に箸を進めた。

 そこで会話は止まってしまったが、不思議とこの沈黙は嫌ではなかった。




 その後、食事を終えた彼女は、弁当箱を袋にしまいながら言った。


「あっくんはこのまま時が止まってくれたらって思ったことはありますか?」


 おにぎりの包装フィルムを片付けながら耳を傾ける。


「友達とふざけあったり、一緒にご飯を食べたりして。そんな平穏な、でもかけがえのない日常を過ごせるなら、明日なんて来なくていいのにって思ったりしませんか?」


 彼女は何かに縋るような眼差しを向けて問いかけてくる。

 俺は即答せず、しばし考えを巡らせた。



 俺は、今の日常を気に入っている。

 彼女とのくだらないやり取りを心の底から楽しんでしまっている。


 そんな日々もいつかは終わりを告げる。

 進級したら、卒業したら、もしくは世界に終末が訪れたら。

 いつかはわからないが、きっとそれは辛いことなんだろう。


 でも。



「……終わることって悪いことなのか?」

「……え?」


 質問の内容が予想外だったのか、彼女はショックを受けたような顔をする。

 そんな彼女の目をまっすぐ見つめて俺は語りだす。


「俺の母さんが亡くなっていることは話したよな」

「はい」

「母さんが死んだ後、親父が自暴自棄になっちまったんだ。仕事もクビになって、将来のために貯めていたお金も数年で食い潰して、気付いたら借金まみれだ。多分、うちはその時に一度終わったんだと思う」


 話の重たさに、彼女は顔を俯かせる。


「親父は一向に働こうとしねえから、俺は中学生になってすぐに新聞配達を始めたんだ。新聞積んでクソ重たい自転車こぎながら、雨の日も風の日も新聞配ってさ。そうやって稼いだお金を親父に渡したら、俺を抱きしめて泣き出したんだ。それにつられて俺も泣いちまった」


 思い出して熱くなった目頭を押さえながら語り続ける。


「それから親父は求職活動をするようになって、なんとか仕事も決まったんだ。最近になって借金も完済して人並みの生活を送れるようになった。でも、相変わらずお金はなかったから、学費が安くて交通費のかからない高校に行く必要があったんだ」


 そこまで言うと、彼女はハッとして顔を上げる。


「家から徒歩で通学できて、学費も安い公立高校。選択肢は一つしかなかったから、その高校を志願して無事合格したんだ。で、これから晴れて高校生だって登校したら、入学早々変なやつに出会っちまった」


 当時を思い出して苦笑をもらす。

 あの運命的な出会いを、俺は生涯忘れることはないだろう。


 俺の質問の意図が伝わることを祈りつつ、もう一度彼女に問う。


「終わることって悪いことだと思うか?」


 俺に向けられた青い瞳が揺れる。

 まだ迷いの見える彼女に、畳み掛けるように言葉をかける。


「それにさ、母さんの人生は終わっちまったけど、それを親父はヤケクソになるぐらい悲しんだんだ。そんなに愛されてた母さんが不幸だったって思うか?」


 俺の言葉を聞いて、苦しげに目を伏せるてんしちゃん。

 少しして彼女は絞り出すような声で答える。


「……幸せ、だったと思います。でも、もし生きていてくれたらって!」

「ああ。そんなことを考えたこともある」


 母さんが味噌汁を作って、俺が飲んで吐いて、親父がそれを見て笑う。

 もしかしたら、そんな『今』もあったのかも知れない。


「でも、俺は今、不幸だって思ってないぞ?」


 全てを乗り越えて出会った少女を見る。


「なんだって終わりは来る。人間は死ぬし、世界もいつか破滅するんだ。だから、大事なのは終わりを受け入れることなんじゃないか? その時まで精一杯生きて、最期に『俺は幸せだったぞ!』って言えるようにさ」


 俺は笑みを浮かべながら言い切ってやった。


 最後まで言葉を聞き遂げたてんしちゃんは、言葉を咀嚼するように何度か小さく頷いてからこちらを向いた。

 俺に向けられたその青い瞳は、晴れた空のように澄んでいた。


「ありがとうございます、あっくん」


 彼女は微笑みながらお礼を言うと、背筋を伸ばしてから言った。


「あっくんに大事なお話があります。また明日、聞いてくれますか?」

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