2018年11月12日
「2018年11月16日、世界は終末を迎えます!」
週明けの月曜日、その放課後。
授業からの解放感に沸き立つクラスの中、その空気をかき消すような声が響き渡った。
「今度はどうした」
いきなり電波発言をかましてくれた彼女に声をかける。
彼女の名前は通称『てんしちゃん』。
空気を含んだようなふんわりとした金髪に、くっきりとした宝石のような碧眼、そして華奢な体型も合わされば、なるほど天使と呼ばれるのも頷ける。
しかし、彼女が『てんしちゃん』と呼ばれているのはその端麗な容姿からではなく、自己紹介の際にそう呼んでくれと彼女自身がお願いしたからだ。
「終わるんです。世界も私も、あっくんも」
彼女が言う『あっくん』とは俺のあだ名だ。
登校初日、自己紹介の順番が来て椅子から立ち上がった俺に「これからよろしくお願いしますね、あっくん!」と名前も聞かずに付けてくれたあだ名だ。
本来あだ名は付けられて嬉しいもののはずだが、この時ばかりは恐怖を感じた。
以来、約半年間彼女とはどこかズレた会話を繰り広げている。
「そうか。俺は死ぬのか」
「はい。死にます」
「どんな風に死ぬんだ?」
「お好みはありますか?」
なんだその質問は。
俺はラーメンの硬さじゃないんだぞ。
既にてんしちゃんに声をかけてしまったことを後悔していたが、乗りかかった船だ、と最後まで彼女に付き合う覚悟を決める。
「……そうだな。選べるなら苦しいのは避けてほしい。溺死とか焼死とか、あと轢死みたいな身体の損傷が激しいのも嫌だな」
「なるほど。痛みや苦しみを感じず、自然な状態で死にたいわけですね」
「いや、死にたくないけどな」
俺の返事には耳を傾けず、ポケットからスマホを取り出して弄りだすてんしちゃん。
会話中にスマホ云々と説教垂れるつもりはないが、不慣れな様子でスマホの操作に集中されると手持ち無沙汰で正直困る。
仕方なくキョロキョロ動く彼女の目を観察していると、不意に顔が持ち上がって目が合った。
「見つけました!」
「何をだ」
「睡眠薬です」
「おい、何に使うつもりだ」
「手錠付きでお値段ポッキリ9800円」
「犯罪臭しかしねぇ」
「ポチっとな」
「ばっ、やめろ!」
あっ、と叫ぶ彼女の手からスマホを取り上げる。
何のサイトかわからないが、注文はキャンセルかクーリングオフでもしてやろう。
そう考えながら奪ったスマホの画面を見てみると、怪しげなウェブサイトではなく二次元バーコードが大きく表示されていた。
「……なんだこれ」
「ふっふっふ、それはですね」
顔をあげると、そこにはいたずらが成功して喜んでいるような笑顔の彼女。
「どこでも私と会話が出来るようになる奇跡のバーコードです!」
改めて画面を確認すると見覚えがあるものだった。
これはメッセージアプリの友達登録に使う画面だ。
つまり、このバーコードを読み込んで友達になってくれということか?
……なんて面倒くさいやつなんだ。
そんな俺の気持ちには気付かずに、彼女はどこか必死な様子で言う。
「登録するとSSレアが必ず貰えますよっ」
「お前はソシャゲだったのか」
「いえ、霜降り肉三百グラムのレアです」
「やべぇ、登録するわ」
自分のスマホを取り出してバーコードを読み込む。
起動したメッセージアプリを操作して、てんしちゃんを友達登録してあげると、彼女は両手でスマホを掲げて「やったー!」と叫んだ。
その声にクラス中の注目が集まるが、肝心の本人は気にしていないようで満面の笑みを浮かべた顔をこちらに向ける。
「これからいっぱい連絡しますね!」
「ほどほどにしてくれ」
「既読スルーしたら盛りますよ?」
「脅迫するな」
「四百グラムにしますからっ」
「懇願だった」
そんなどこかズレた会話をして。
てんしちゃんと友達になった月曜日の放課後だった。