9話 闇の魔術
グロウに乗ったガリアの周りをフワフワと浮きながら移動するシャン。
これはこれで結構たのしいがリアだった。
グロウに乗ったガリアの周りをフワフワと宙に浮きながらシャンが付いて来た。
「シャン、風の精霊とはうまくいってるみたいじゃないか」
ガリアの前に出て、クルリと回転して見せてシャンが笑った。
「うんっ、僕の言うとおりにしてくれるんだ。はっきりと言わなくても、結構分かってくれるし、仲良くなれたよ」
シャンはとても楽しそうだ。
「シャン、もしかして他にも精霊っているのか?」
「うん、水の精霊、土の精霊、緑の精霊、雲や、火や、色々な精霊がいる。どうして?」
ガリアがふふんっと笑った。
「もしかしたら、シャンは、色んな精霊と友達になれる才能があるんじゃないかと思ってさ。お前は、誰にも好かれないなんて言ってたけど、精霊には好かれてるじゃないか」
ガリアの言葉を聞いて、シャンは嬉しそうな笑顔を零した。
「そうなら嬉しい……友達になれるか、今度試してみるよ」
「ああ、そうしてみろ」
二人は、日が落ちる前に、街道の脇の林の奥に見えた空き地に野宿する事に決め、準備を始めた。西の街のバザールで買った旅のための保存食は、この気候の為悪くなり難い物を選んでいたので、それは後に置いておくことにした。まずは火を熾し、これもバザールで買っておいた小さな鍋で、ナイフで薄切りにしたハムを焼き、パンと一緒に水で流し込んだ。
ガリアは、グロウの身体にブラシを掛け、蹄の手入れも終わらせた。その後、グロウには水袋から桶に水を汲み飲ませてやると、いつもと同じ様に周りの草を食んでいた。
ガリアとシャンは、まだ残っている火を挟んで、座り込んでいた。暑い季節の、暑い夜の事だ、火を焚いておく必要は全くなかったが、なぜか火を見ていると二人ともほっと落ち着くような気がした。
でも、身体は正直で、汗が背中を流れ始めていた。
「暑いな……もう消すか」
「う、ん」
ガリアの提案に、シャンもしぶしぶ頷いた。
確かに暑かったからだ。
「火をつけてないと獣が近付いてくるかもしれないが、交代で見張りをしていれば大丈夫だろう……、それにグロウは優秀な馬だし、獣が近寄れば直ぐに気付く……それで平気か?」
シャンは眉をひそめたが、ガリアが心配そうに見つめるので、大きく頷くと大丈夫だと請合った。ガリアは、ブーツで土を蹴りほぐして、それを火にかけていった。何度か繰り返すと、火は完全に消えた。
辺りを闇が包み込む、夜空の星のきらめきが、より一層増したような気がした。
「シャン、星にも精霊っているのか?」
シャンは、ぷっと噴出した。
「ガリア、それは罰当たりだ。星も太陽も神のものだ……精霊や、もちろん僕ら人のものにもなりはしない……手の届かないものだろ」
「そうだな……あんなに美しいものが、手に入るはずはないか。精霊にも人にも……」
ガリアが夜空を見上げる顔を見つめていたシャンは、右手にピリッとした痛みを感じて、手首を握った。
「っ!……」
シャンの様子に気付いたガリアが近寄ってきた。
「手、どうしたっ……」
シャンが顔をしかめて握っているのは、革帯が巻いてある右手首だった。
ガリアは、直ぐにその手首を取って、あっという間に革帯をほどいてしまった。
「あ、だめ! ……どうして勝手に解くんだよ」
シャンの右手首にある金の太い輪を見て、ガリアは目を丸くしていた。
「これはキレイだなぁ……それに温かい……剣に触れたときみたいだ……」
シャンも、改めて金の輪を見つめてみた。
「あ! これ,こんな石……なかったのに……いつの間に……」
ガリアが、透明の輝く石に触れた。
「夜空の星みたいだ」
シャンが首を振った。
「違う……風の石だ。精霊がそう言ってる……でも、何で? ダルタがくれた金の輪に石が……」
二人は、しばらくの間、風の石に目を奪われていた。
「シャン……もしかすると、風の精霊と心が通じたから、そのご褒美とか?」
シャンは、不振そうに首を傾げる。
「じゃぁ、何でダルタがくれた輪に嵌まってるんだよ」
「ん〜あっ、それはキレイな物はキレイな物が好きだからってのはどうだ?」
シャンは呆れ顔でガリアを見た。
見詰め合った二人は、一緒に噴出した。
「分からん事を考えても仕方ないだろう。いいじゃねーか、キレイなもんが増えたんだからさ」
「そう言う事にするか、仕方ない……ダルタがくれた物に、悪いものなんかない」
ガリアは、微笑んだ。
「ああ、そうだ安心しろよ。……ところで、始めに見張りに着くのは俺だ。シャンは大人しく寝るんだ。ほら、俺のマントを引くといい」
荷物を解き、さっさと自分のマントを引いてしまったガリアにシャンは反抗した。
「駄目だよ。僕が先だ。ガリアは昨日も床で寝たじゃないか、ゆっくり寝てないだろう……今夜は、少しでも寝ろよ」
ガリアは、チッチッと舌を鳴らしながら、口の前で人差し指を振って見せた。
「俺は、何処でも何時でも寝れるように訓練されてるんだよ。お前も知ってるだろう。移動の木に乗ったままでも起きなかったんだ。昨日の夜も熟睡したさ」
ガリアは、そう言うと無理にシャンを自分のマントの上に座らせた。
「寝ろ。お前が早く寝ないと、俺が寝る時間が少なくなる」
そう言われて、シャンは仕方なく横になると、自分のマントを身体に巻きつけて寝る体勢に入った。
「そうそう、子供は大人しく、大人の言う事を聞く」
ガリアは、微笑んで夜空を見上げたが、手は、しっかりと剣の柄を握っていた。いつ何時、敵に襲われてもシャンを守る事が出来るように、ガリアは見張り番の間中、剣から手を放す気はなかった。
意気込んでいたガリアを、少し振り返るような仕草でシャンの身体が動いた。
「ガリア、僕、言ってなかったかもしれないけど19歳なんだ。子供じゃないんだけど……」
シャンの言葉を聞いて、ガリアは身体を跳ねさせた。
「はぁ〜……俺より年上……うそ、だ……そんなはずない……おい、シャン、嘘だろ。シャン」
「…………」
ガリアの声に、シャンは答えることはなく、代わりに寝息が聞こえてきた。
「うそ……」
あまりの衝撃に、ガリアは眠くなるどころか、見張り番がしっかり2日間出来るほど、目が覚めていた。ちらっとシャンの後姿を覗き見るガリア。自分は、自分よりも年上の男を好きになったのかと、落ち込む気持ばかりが大きくなっていく。報われない恋とはこの事だと、つくづく思った。だからと言って、簡単に諦めたり、気持が変わるはずもなく、小さなシャンの肩を見つめてしまう。
自分と同じくらいの歳の男が、こんなにか細いものかと不思議に思った。幼い頃から、きっと身体を鍛えることをしてこなかったのだろう……。その時、ガリアの脳裏に、出会った時の光景が甦ってきた。シャンはその細い腕で、結構おおきな斧を投げて魔樹からガリアを救ったのだ。それに、今日もガリアがくちづけた時、抜群の反射神経で跳ね除け短剣を突きつけたではないか。あれは鍛えていない者にはできない事だ……あまり大きくなれない体質なのかもしれない……。
あーでもない、こーでもないと考えていると、今までとは違う風を感じた。温かいと言うより、熱風に近い……何かが焦げるにおいとともに、こちらに吹いてくる。風上を見たガリアは、あまりのことに声も出せないでいた。後ろ手にしゃんの背中を叩く。
「な、に? 寝ろって言ったの、ガリッア……何? あれ……」
「俺が知りたい」
二人が見ているものは、人の形をした炎の塊だった。大きく両手を揺らしながら、二人に近付いてくる。敵なのか、それとも……二人とも味方という考えには及ばなかったが、自分達の知らない魔法の生き物かもしれないと、思いたかった。
「近付いてくるっ……」
ガリアが言った瞬間、炎の固まりは口があるであろう辺りが裂けたかと思うと、そこから火の玉をぶつけてきた。ガリアがシャンに覆いかぶさるようにしながら、横に飛びのいて凌ぐ。
「シャン。どうやら敵らしいな。お前は此処にいろ……俺が始末してくる」
ガリアが剣の抜くと、いつもの甲高い音が辺りに響いた。
「シャンは、守ってくれる壁を作ってその中にいろ」
ガリアは叫んだ、シャンは大きく首を振った。
「嫌だ。壁の中で守られるだけなんて。僕にだってできる事はある」
そう言ったシャンの瞳は強い意志と恐怖の間で揺れていた。そんなシャンを不安そうに見つめながら、しっかりと剣を握ったガリアは走り出し、炎のバケモノ目掛けて剣をたたきつけた。炎が一瞬割れて、その間に夜の闇が見えたが、直ぐに裂け目は塞がった。今度は腕に切り付けたが、炎の塊になった腕が、草の上に落ち、辺りを焼くだけだった。何度も何度も同じ事を繰り返し、炎のバケモノをその場に釘付けにすることには成功していたが、それとともにガリアの体力は失われていく。
相手の方は、一向に炎の勢いが減るわけでもなく、ただ動かない、それだけだった。シャンは、少し離れた場所から、その光景を見つめ、自分に何が出来るのか考え始めていた。
「同じ事を繰り返しても駄目だ……魔術が使える僕にできる事……何か方法は……水をかければ消えるかも……でも、そんなに沢山の水なんかない」
その時、シャンの頭にガリアの言葉が甦った。
『色んな精霊と友達になれる才能があるんじゃないかと思ってさ』
「色んな精霊……」
今度は、ガリアが土をかけて火を、消す様子を思い出していた。
「土だ。土の精霊助けて。あのバケモノを土の中に埋めて。消してっ、お願い、助けて!!」
シャンがそう叫ぶと、炎のバケモノの足元の土が崩れ始めた。ずるずると崩れる土の中に、炎のバケモノが引きずり込まれていく。近くにいたガリアは、巻き添えにならない様に、後ろへと飛びのいた。
直ぐに、シャンは風の精霊に頼んで風をおこし残った部分にも土を被せていくのに成功した。バケモノ自体も、バケモノが落とした火が飛び火した箇所も、全てが鎮火していた。
バケモノが引きずり込まれた辺りから、ふわりと何かが跳んできて、シャンの手に落ちた。シャンは、慌てて走り出し、肘を突いてバケモノが引きずり込まれた場所を凝視していたガリアの元に行った。
「土の精霊が、こんな物を見つけたって……風の精霊が教えてくれた」
ガリアの手に、シャンは一枚の紙を乗せた。
「何だ、この紙? こんな文字見たことないぞ……」
明らかに、紙ではない物に書かれた文字に、シャンは顔をしかめた。
「これは、紙じゃない……多分、人間の幼い子供の皮膚に血で書かれた闇の魔術の呪文だよ……こんな事……」
シャンの言葉に、ガリアは何も言えなくなった。人間の幼い子供の皮膚に血の文字……その響きは、あまりにも残酷な想像をガリアさせた。顔に嫌悪感を顕わにして、ガリアはシャンを見つめた。
「闇の魔術って……何だ……」
シャンは、すっと腕を伸ばし、林の中を指さした。
「あそこにいる奴に、聞いてみるといい」
指さした先には、黒いローブ姿のフードを目深にかぶった影がじっと二人を見詰めていた。
黒の魔術とは何なのか。
炎のバケモノは黒いローブの影と関係があるのか。