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ブルーストーン  作者: 海来
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8話 くちづけ

グロウに乗って出発したが、シャンの様子がおかしい……

ガリアはその事が、ずっと気になって……

 グロウに乗っての旅は、ガリアには快適に過ぎていった。ただ、前に乗っているシャンの様子が気になっていた。体を硬くして、ガリアに体が当たらないように気をつけているように思えた。早駆けをしているわけでもないのに、話しかけても何も答えず、ただ黙って俯いていた。

 昼近くになって馬を止めて昼食にしようと、街道と平行するように流れていた川へと下りて行った。

 宿の亭主に頼んで作らせた昼食はパンにハムと野菜を挟んだ簡単なものだったが、旅のための携帯食などよりは、ずっと美味しく食べられた。

 グロウは、川の水を飲ませってから少し離れた木に繋ぐと、近くの草を食み出した。その間も、シャンはあまり話をすることなく、大人しかった。ガリアは、そんなシャンの様子を見ながら、何を話しかけていいやら分からず、考えあぐねながら、横に座っているシャンの肩に、そっと触れた。触れれば、何かが感じられるかもしれないと、何故か思えた。

「っ……」

 その瞬間、シャンは後ろへ身を引いた。

「シャン……どうしたんだ……お前、ずっとおかしいぞ……」

 ガリアは、もう一度シャンの肩を追いかけて手を伸ばし、それを捕らえた。

「何か気に入らないなら言えばいい。黙ってるのは良い事じゃないだろう……何が気に入らないんだ」

「な、に、も……」

 そう答えたシャンの瞳は潤んでいて、顔は赤く火照っていた。

「お前……熱? あるんじゃないのか?」

 ガリアは身を乗り出して、シャンの額に自分の額を押し当てた。

「ひゃっ何するんだ」

 シャンは、身を跳ねさせた。

「何って、熱を計ってるんじゃねーか……熱いぞ……ん〜」

 ガリアは、首をひねって考え始めた。

「どうするかな? 医者のところまで行くか……ここからなら、西の街にもどるのが一番近いのか?」

 ガリアは、シャンに聞いてみた。シャンがため息をついた。

「医者なんかいらない。熱なんかないんだ。構わないでよ僕の事は……」

 そのまま顔を背けてしまったシャンを、ガリアはじっと見つめていた。二人ともに黙ったまま、時間だけがすぎていく……。

 ガリアは、シャンの気持ちを分かってやれない自分が歯がゆかった。シャンが心を許してくれていると思っていたのは自分の勘違いで、一緒に馬に乗るのも嫌だったのだろうか。新しい馬をシャンのために買ってやればよかったと後悔していた。

 そんな思いの裏で、シャンと一緒にグロウに乗っている間、自分の気持ちが高揚していた事もガリアは分かっていたし、自分のその下心がシャンに伝わったのかと恐れる気持ちもあった。男が男に気持ちを寄せるなど、ガリアには信じられなかった……確かに、そういう種類の人間がいる事は知っていたし、だからと言って差別的な考えがあるわけでもなかったが、自分は絶対にその種類には入らないと思っていたからだ。

「シャン……お前は一人でグロウに乗っていけ……」

 ガリアは、いつになく静かに、しかしはっきりと何かと決別するように言った。初めて聞くガリアのそんな声に、シャンが弾かれるように顔を上げた。その顔は、既に涙に濡れ潤んでいた。

「ガッガリア……僕を一人にするの?……いやだ、一人は……ダルタの替わりに、ガリアは僕を守るって……」

 シャンの瞳から大きな涙の粒が、シャン自身の手の甲に落ちた。シャンは自分の頬に手をやり、泣いている事に気付いたようだ、必死で涙を拭きながら顔を擦っている。ガリアは、その手を握って、顔を擦るのをやめさせた。

「そんなに擦ったら皮がむけるだろ。その位にしとけよ」

 シャンは、拭っても拭ってもこぼれ落ちる涙に、自分自身驚き困っているようだった。ガリアは、そんなシャンの腕をひっぱって抱きしめた。

「シャン……ダルタが死んで、ダークピューマに追われて、色々な事がいっぺんにあったのに、俺は何もしてやれなくて……お前の辛い気持ちも分かってやれてなかった……ごめんな」

 ガリアは、シャンの様子がおかしいのは、ダルタを失った悲しみも辛さも分かってやれなかった自分の不甲斐なさのせいだと思い込んだ。ガリアの腕の中で、シャンが身を震わした。

「ガリア……あんたは悪くない……何も、悪くなんかないんだ……僕は……」

 そう言ったシャンの顔を、抱きしめた腕をゆるめてガリアは見つめた。涙に濡れた瞳も、小刻みに震える唇も身体も、何もかも全てを守ってやりたいとガリアは思った。

「シャン……」

 ガリアは、震えるシャンの唇に自分の唇をおしあて、強く吸った。自分の心の中の葛藤も、迷いも何もかも消えていた。ただ、ひたすらに目の前の小さくか弱い愛しい者を守りたかった。

「ッ!!!」

 ガリアの唇を、シャンが噛んだ。血がガリアの顎に滴り落ちた。あっと言う間の出来事だったが、その時になって、ガリアはやっと自分がやってしまった事の重大さに気付いた。シャンは既にガリアを押しやり、その喉元に短剣を突きつけていた。

「何をする。ガリア、お前は、僕が男だと知っていてこんな真似をするのかっ!!」

 シャンの言葉が、ガリアの胸に堪えた。

「俺……は、こんな事……するつもりはなくて、嫌っ言い訳しても仕方ない……」

 シャンの瞳に怒りとも、戸惑いとも分からないものが浮かんだ。

「男だと分かっていて、やったのかと聞いているんだ。答えろっ」

 ガリアは、真っ直ぐにシャンを見つめていた。

「分かっている……男だって分かってるさ。だから、だからっ俺は自分が分からなくなった……自分の中に湧いて来る感情が何なのか……シャン……嘘は言わない……俺はお前が、お前が、好きなんだ……今、はっきり気が付いた……」

 シャンの持つ短剣が震えていた。

「僕は、それには答えられない……僕の心は、たった一人の……」

 そこまで言って、突きつけた短剣を下げ、シャンは黙ってしまった。ガリアは、ただじっとシャンを見つめていた。シャンの瞳が、何処か遠いところを見つめているような気がした。

「シャン、恋人がいるのか? 愛する女がいるのか……」

 ガリアの言葉に、いきなりシャンは笑い始め、それは流れ始めた涙と共に、狂気じみていた。何かを振り払うように、激しく笑っている。愛する女がありながら、男に口付けられる事は、どんなに口惜しい事だろうとガリアにも想像が付く。後悔しても仕切れないが、やってしまった事は無くなりはしない……。

「シャン、しっかりしてくれ……俺のした事を許してくれとは言わない。愛する女がいるなら、俺にやられたことは許せるような事じゃないはずだ……でも、忘れてくれ……俺がお前を好きだと言ったことは……それだけは、忘れろっ頼むっ」

 ガリアは、シャンの目の前に跪き頭を下げた。

「申し訳なかった……すまない……忘れてくれ……」

 シャンの笑いが止まった。ガリアをじっと見つめているその目には、怒りなどは既になかった。

「忘れないよ……僕は滅多に人に好きになってもらえないみたいだから……忘れない」

「でも、愛する女がいるんだろ」

 シャンが、悲しそうに微笑んで首を振った。

「僕が愛した人は、別の人を愛した……僕の想いは届かなかった……。僕はね、汚い手を使おうとしたんだ。密かに媚薬を手に入れて……惚れ薬って言われてるやつだよ。それを混ぜたワインを、あの人に飲ませようとしたんだ……笑えるだろう……」

 ガリアは、シャンの話に割って入ることなどできず、黙って聞いていた。そんな事をしようとしたシャンの思い詰めた気持が、今のガリアには、分かる気がした。

「でも、あの人は言ったんだ、本当にこのワインを私に飲んで欲しいのかって……あなたが本気で飲んで欲しいと言うなら全て飲み干してみせるって、そう言ったんだ……僕は、グラスを叩き落とした」

 シャンは、ガリアの前に腰を下ろして、肩に入った力を抜いた。

「僕は、あの人の本物の心が欲しかったんだ。惚れ薬で僕を愛してくれる心はいらない……」

 シャンの、悲しそうな微笑が、ガリアの胸を鷲掴みにした。どうしても守らなくてはと思わせた、心も体も、二度と辛い思いをしないで済むように、守ってやりたいと心の底から思った。同時に、自分もシャンの本当の心が欲しいと思った。一人になる不安から、追われる恐怖からではなく、本当に心から自分を欲してくれれば良いと思った。ガリアにとって既にシャンが男であることは何の意味も持たなかった。だが、シャンにとって自分がした行為が、許されないものである限り、自分はシャンの友であり続けようと心に誓った。

「シャン、これからは友として、お前を好きでいよう……きっと少し時間が掛かるだろうけど、友として、お前を守ると誓う……」

 ガリアを見つめていたシャンの薄いブルーの瞳から、キラキラと輝く涙がいく粒も零れていった。ガリアは立ち上がると、グロウの所へ行って括り付けていた綱を外し、連れて来た。

「さぁ、グロウ……お前の友達で、大好きなシャンを乗せてくれ……シャン、一人で乗れるんだろう?」

「え? あっうん……でも、やっぱりガリアが乗ってよ。僕は風の精霊に頼んでみるよ、馬と同じくらいの速さの風に乗せてくれるようにサ……」

 そう言ったシャンの頬は赤く染り、もう身体は少し浮いていた。

「ほう、上手いもんじゃないかっ」

「だろ?」

 グロウがヒンッと鳴いた。

「シャン、忘れるな……お前を大切に思っている者がいるという事をな。グロウも俺も、そしてダルタもお前を愛していたはずだ。そうだろう……」

「うん、ありがとうガリア……」

 ガリアは、シャンを見つめて微笑んだ。

「それにな、お前が惚れた人だって、お前を男としては愛してくれなかったかもしれないが、シャン自身のことは好きだったと、俺は思う……じゃなきゃ、お前に言ったようなセリフは言えない……きっと、大切に想ってくれていたはずさ……」

 シャンは、小さく微笑んだ。

「そうかもしれない……ね」


















  



シャンにくちづけてしまったガリア。

自分の想いまで伝えてしまったが、やはり受け入れられるはずもなく……


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