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ブルーストーン  作者: 海来
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7話 西の街

西の街について宿を探したが、一部屋しかないという……

シャンは、納得いかないようで……

「部屋は一つしか空いてねーって言ってるだろーが。イヤなら野宿でも何でもするんだな」

 宿の亭主は不機嫌そうに言い放った。

 シャンは、ぐっと唇をかみしめた。

「仕方ないだろう……俺が床で寝るから、一部屋で我慢しろ、なっシャン……」

 どうにも納得できない様子のシャンは、もう一度亭主に話しかけた。

「そんなに言うなら、他を当たるが……金なら持ってる、自らの儲けをみすみす逃すのか? あんたは、僕や僕の連れの身なりを見て、部屋を貸さないつもりなんだろう。一部屋しかないなんて嘘を言って」

 シャンがそう思ったのは、ガリアがかなり血で汚れていたからだ。宿に入ってきたときから、亭主はイヤな目でガリアを見ていたのを、シャンは知っていた。途中で獣に襲われ始末したが返り血を浴びたのだと、本当の事を話したが、亭主は胡散臭そうに見ていた。

 嘘を言っている、そう言ったシャンを、宿の亭主はふんっと鼻であしらった。

「明日からバザールがたつんだぞ。どこの宿もいっぱいさ。うちの部屋が空いてたのだって、偶然みたいなもんだ。何処にでもいきゃあいいさな。それに、あんたらみたいに血まみれの旅人を快く受け入れてくれるならな」

 ガリアは、シャンの前に出て亭主の顔を覗き込んだ。

「すまない、バザールって何だ?」

 亭主は、眉をひそめてガリアを見た。

「何にも知らなねんだな。バザールってのは、この西の街にアクアリスの国中から商人が集まってきて開く、年に二回しかない大市のこった。商人やらその護衛やら、買い物客で、街はいっぱいなんだ」

 ガリアは、納得したと言う顔をして、宿の亭主に銅貨を7枚握らせた。

 さっき言われた一泊一部屋銅貨5枚に、二枚上乗せで握らせた。

「悪いが、大きな布……シーツを一枚余分に貸してくれ……頼むっ訳ありでな」

 ガリアの言葉に、亭主はシャンをちらりと盗み見た。

「旦那も、やっかいなご婦人と一緒じゃ疲れるね」

 ガリアは、言葉につまった。

「あいつは、女じゃない……ただ、他人と同じ部屋に寝ることには慣れてないんだよ……」

 ガリアは、亭主がシャンを女性だと勘違いしたことに動揺していた。確かに、シャンは少年に見えるが、女性だといっても全くおかしくはなかったからだ。

「じゃ、シーツは後でお持ちしますんで、二階の一番奥の部屋を使ってくださいな」

 そう言って、亭主はガリアに部屋の鍵を渡した。

「シャン、行こう……今夜は仕方ないじゃないか、な?」

 シャンは、しぶしぶといった感じでガリアについて階段を上って行った。

 鍵を開けて入った部屋は、小さなベットが一つに、ランプの乗った小さな文机、部屋の隅に置かれた小さなテーブルだけだった。

 ベットの横には少しの場所しか空いておらず、ガリアは自分がこの狭い場所で寝るのかと、小さく溜息を吐いた。

「とりあえず、荷物を置いて、体を洗いに行こう。体中血が染みついてるからな……」

 アクアリスの気候は一年中温かいが、今は暑いと言った方が正しい一年で一番暑い時期だ。外の井戸で身体を洗っても、決して体調を崩す事はないだろう。ガリアは、荷物の中から手拭を二本出すと、肩に掛けて部屋を出ようとしたが、シャンは一向に動こうとしない。

「シャンっ行くぞ……どうした?……」

 そう言ってから、ガリアはさっき自分が確信した答えを思い出していた。シャンが、アクアリスの王子であるなら、いやアクアリスの王子でなかったとしても、他の国の王子なのだろうとガリアは思っていた。それなら、赤の他人と共に外で身体を洗うなど、慣れているはずがない。だが、これからの旅の事を考えると、慣れてもらわないとやって行きづらいのは間違いない。

「男同士だしな。裸の付き合いってことで、取り合えず行こう……なっ」

 ガリアの言葉に、シャンの顔は真っ赤に染まった。

「ぼッ僕は、後で行くから……ガリアだけ先に行って……」

 シャンは、小さな声で言った。

 ガリアはどうしたものかと思ったが、ここは大人として、シャンにしっかり教え込もうとベットの横に立っているシャンの腕を掴んで引っ張って歩き出した。シャンは、必死の形相でガリアの手を振り解こうとしている。

「いいから、一緒に行こう。また何かに襲われないとも限らんからな」

 ガリアのこの言葉が、シャンの動きを止めた。シャンは、一人でいるところをダークピューマなどに襲われたくはなかった……さっき嫌と言うほど恐ろしい目に遭ったのだから。

「…………」

 シャンが大人しくなったのを見て、ガリアはシャンの腕を放し、髪の毛をクシャッと触った。

「髪の毛がずいぶん汚れたな。しっかり洗わないと汚れが落ちないぞっ」

 シャンは真っ赤な顔のまま、首をブンブン振ってガリアの手を逃れた。

 二人はそのまま階段を下りていった。










「気持ちいいっ! 血がこびりついて固まってたからな、スッキリした」

 ガリアは早々に下着一枚の姿になり、身体を洗った。手拭で身体を拭きながら、シャンの方を見たが、シャンは相変わらず何もせず、その場にしゃがみこんでいた。

 膝を抱えてしゃがみ、顔は下に向けているので、まるで髪の毛が洗って欲しいとでも言っているかのように揺れていた。ガリアは、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。


 ザバッ


「キャッ!! 何するんだっ」

 頭に水をかけられたシャンは、怒って顔を上げようとしたが、ガリアの大きな手がそれを押さえてしまった。

「動くなよ。今動いたらマントも、中に着てる服もビショビショになるぞ。ほら、石鹸つけて洗ってやるから大人しくしてろって」

 ガリアは手早く石鹸を泡立て、シャンの髪の毛を洗い始める。

「ガリア止めろよ! こんな事して、後悔させてやるっ」

「いいや。後悔なんかしないね。俺はシャンの銀色の髪が好きなんだ。キレイになればそれだけで、嬉しい」

「っ…………」

 ゴシゴシとシャンの髪の毛を洗っているガリアには、シャンが自分の言葉を聞いて、目を見開き嬉しそうに微笑みながら真っ赤になったことは、気付かなかった。

「気持良いだろう」

 シャンは、小さく首を振った。

「痛ぃ……」

「あっ……ゴメン……」

 シャンはまた首を振った。

「ぅそ……気持ぃぃ」

 ガリアは、マントを濡らさないように気をつけながら、シャンの髪の毛の感触を楽しんでいた。柔らかく指に絡むシャンの髪は、上質の絹糸のようだった。いつまでもこのまま洗っていたかった……しかし、そんな訳にもいかず、水をかけ石鹸を洗い流した。新しい手拭いでシャンの髪の毛を拭いた。

「ほら、すっきりしただろ」

「うん……」

 ぱっと顔を上げた時、シャンの銀髪が夕日を受けてオレンジ色に輝いた。

「キレイだな……シャンの髪……」

 呆然とガリアを見つめるシャンの顔が赤いのは、夕日のせいだと、ガリアは思った。

「シャン、身体洗うだろ?」

 シャンは、いいやっと小さく言って宿の中に入っていった。

 ガリアは、はーっと溜め息をつきながら身支度を整え、宿の厨房へ行って、お湯をたっぷりと貰った。

 部屋のドアを開け、お湯の入った桶を置いて、部屋から出た。シャンは、ガリアの行動を黙って見つめているだけだった。ガリアは、外からドアに凭れた。

「シャン、中から鍵を掛けろ。そこで身体を拭けばいい……俺はここで番をしててやるから、安心しろ何も襲っちゃ来ない……」

 何も答えはなかったが、ガリアはそのままドアにも垂れて黙っていた。シャンが、ゆっくりと身体を拭いてすっきり出切れば、それで良いと思った。いま以上に付き合いが深くならなくても、シャンはガリアを信頼してくれていると思えた。

 部屋の中で、シャンは一人お湯の入った桶に手を浸した。そのお湯のい温かさが、ガリアの温かさのような気がした。こんな季節、水でも十分なのに、わざわざお湯を貰ってくれた。それは、石鹸で洗えないシャンには、もの凄くありがたかったのだ……汚れがすっきり落ちる。

 シャンは、小さな声で言った。

「ぁりがとぅ」







 ガリアは、部屋の真ん中にシーツでカーテンを引いた。シーツの片方をドアに挟み、片方は壁に打ちつけてあった釘に止めた。

「ガリア? 何してるのさ。そんな事する必要ないだろう。それに、ベットで寝るのはガリアだ。今日、酷い怪我をしたばかりだし……僕を担いで、長いこと歩いたんだから……」

「そんな事気にしなくていい。お姫様用の寝台を作ってるんだ。お前が寝ろって。シャンは、俺が隣で腹出して寝てたら気になって眠れないだろう」

 シャンはムッとした顔になった。

「何がお姫様だ。僕は男だぞ」

「はいはい、男同士で裸の付き合いも出来ないんじゃ、お姫様って言われても仕方ないだろうーが」

「…………」

 シャンは、ガリアの言ったことに俯いてしまった。

「無理をすることはない。嫌な事は、嫌なんだ。だがな、人の好意は素直に受けろ……俺とお前じゃ体力が違う。子供は大人しくベットで寝るんだ」

 シャンは、それ以上反論することなく、ベットに横になった。しばらくして、ガリアの耳にシャンの立てる穏やかな寝息が聞こえてきた。このシーツは、本当は自分のためだったかもしれないとガリアは思っていた。シャンの寝顔など見たら、また何を考え始めるやら、ガリアは自分の感情に付いていけなくなっていた。少年に対して抱く感情とは違うもの……それも、今までにない強い感情に流されそうになる自分が怖かった。

 今日も、シャンの髪を洗いながら、自分はあらぬ事を考えていた……シャンの白いうなじが目に焼きついて、いまだに目の奥に残っている。ガリアは、首を振って自分の妄想を振り払おうとした。明日も旅は続く、また追手にやられそうになるかもしれない。早く眠らなければ……そう思えば思うほど、眠気が覚めていくような気がした。

 だが、今日一日、ガリアもかなり疲れていた、いつの間にか深い眠りについていた。









「駄目だよガリア。この人はこの馬を買っただけかも知れないじゃないか」

「いいや。コイツが俺のグロウを盗んだんだ。悪人顔してやがるっ」

 もう少しで剣を引き抜こうとしているガリアを、シャンが必死で止めていた。シャンとガリアの前に立っている男が、怒りに顔を真っ赤にした。

「何言いやがる。この馬はな、北の街で買ったんだよ。それも高い値を払ったんだ。俺は盗人でもねーし、ましてやこの馬がてめーの馬だって証拠もねーだろーっが。因縁つけんじゃねーぞ。憲兵に突き出すぞ!」

 これにはガリアも黙っていられない。

「この馬は、グロウは俺の馬だ。証拠はな、この尻尾をめくったケツの穴の上にある白い毛だ。こんな所にあるのは、俺しか知らねーよ」

 ガリアは、馬の尻尾を勢いよくめくって見せた。そこには、ガリアの言った通りに、本当に小さな硬貨ほどの大きさの白毛が一塊生えていた。ガリアに触られている間も、馬は身動きすることなく黙って大人しくしている。逆に、馬商人が触ろうものなら、暴れ始める始末だった。

 しばらくの押し問答の後、馬商人はうな垂れた。

「ちょっとヤバイ買い物かとは思ったんだ……でもな、あんまり、いい馬なもんで……つい……」

 そう言って、最初に提示した金額の半分まで値を下げてくれた。それでも、ガリアはなぜ自分の馬を金を払って買わなければならないのかとぼやき続けていた。その後ろでは、この金額で、買い取ったらしい馬商人が、今回のバザールの儲けがなくなったとぼやいてうな垂れていた。

 ガリアは、自分の馬が戻ってきた喜びに浮き足立っていたが、そんなガリアの後ろで、シャンは馬商人に、そっと銀貨を一枚渡した。ガリアには分からないように、そっと……馬商人は、シャンに何度も何度も頭を下げた。

「シャン。こいつの名前はグロウ。俺の友達だ。仲良くしてくれ」

 満面笑みのガリアはグロウに頬擦りしながらシャンに言った。シャンは、何のためらいもなくグロウに手を伸ばし、鼻面を優しく撫でた。

「よろしくグロウ……僕の友達にもなって」

 グロウは、シャンの手をベロリと舐め上げた。その様子に、ガリアはあ然としていた。

「グロウは、俺にしか懐かないのに……シャンはいいのか?」

 首を傾げながら、ガリアはグロウにまたがった。

「さぁ、シャン行こう。出発だ」

 手を差し出されたシャンは、戸惑っていた。ガリアの手をとるということは、グロウに一緒に乗るということだった。シャンが躊躇している様子に、ガリアは身体を屈めてシャンの腰を抱え、自分の前に引き上げてしまった。

「あっ……ガリア……」

「歩いて行くってのか? それとも、また風の精霊に頼むのか? 俺は風に乗るのはちょっと苦手だな……馬の方が安心だ、な?」

「う、ん……」

 グロウの手綱を引いているガリアには、前を向いているシャンの俯いた顔は見えない。馬の背で揺られる度、ガリアの身体とぶつかる、シャンはなるべく身体を前に倒してガリアと密着しない様に気をつけた。そうしないと、顔が真っ赤になりすぎて火が吹きそうだった。

「シャン……あんまり前のめりになるな、グロウも歩きづらいしな」

「え? あっそうだね……」

 そう返事をしたきり、シャンは一言もしゃべらなくなった……















なぜか、シャンはガリアを意識している様子。

ガリアには、その理由が本当に分かっているのだろうか?

ガリアは、分かっているつもりのようですが?

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