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ブルーストーン  作者: 海来
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5話 ダークピューマ

シャンを担いで西に向かったガリアだったが、長い道のりは、ガリアの体力を奪っていた。

 ガリアの足取りは、かなり重くなっていた。それほど体重のあるシャンではないが、長い間担いでの移動は、ガリアの身体に相当負担をかけていた。しかし、危険が近付いていると言ったダルタの声が、ガリアの足を少しずつ前に動かしていた。

「きっつい……」

 それでもダルタは、自分の限界を認めないわけにはいかなかった。

「もう歩けない……」

 街道をそれ、林の中に入っていく、少しでも身を隠せる場所が欲しかったからだ。

 大木の根元にシャンを降ろし凭れかけさせた。頭の後ろに、自分のマントを丸めたものをあてがってやった。目を閉じてゆっくり休みたかったが、ガリアは辺りに神経を張り巡らせていた。いつ何が襲ってきても、シャンを守れるように、剣の柄に手を添えると、温かな熱が伝わってきて、ガリアの心を落ち着かせた。

 今まで戦った事がないわけではないし、辺境の蛮族との戦には、3番目の王子であり司令官の兄と共に剣を振った。決して恐れているわけではないが、こうして守ってやらねばならない者がいると言う事が、ガリアの不安を大きくしていた。

『一人なら何とかなる……でも、シャンを守らなければ……』

 ガリアは、自然とシャンを守る事が自分にとっての最優先になっている事に驚いた。そっとシャンの頬に触れた……柔らかく、吸い付くような肌触りに、思わず手を引っ込めた。

「あぶねーっ……」

 思わず声が出てしまった。

「んっ……」

 シャンが身を揺すった。薄っすらと目を開け、呆然と前を見つめている、まだはっきりと目覚めていないようだ。半開きになった唇から浅い呼吸が漏れる、ゆっくりと瞬きを繰り返すその瞳は、色気すら感じられた。

 ガリアは、その表情を見ていて、胸の辺りがキュッと痛くなった……切なさを感じる自分を、心の中で叱り付けた……シャンは男なんだと、言い聞かせた、あってはなぬ自分の感情に、ガリアは眉を寄せた。

「目が覚めたかっシャン?」

「ん? あ……ガリア…………、ダルタはっ!! ここは何処なのっダルタのところに戻らなきゃいけないのにっ」

「此処は、森を抜けてずっと西まで来たところだ。少し休もうかと林の中に……」

 ガリアは、話の途中で言葉を切り、辺りを窺う。シャンは、その様子に気付くことはなく、ただダルタの元に帰りたかった……自分を守り続けてくれたダルタの元に。

「あんたが行かなくっても、僕はダルタの小屋に戻るっ!!」

 声を荒げたまま立ち上がろうとしたシャンを、ガリアはぐっと押さえ込んだ。

「シャンっ静かに……」

 囁くように言うと、辺りの様子を又うかがい始めた。

「何か近付いてくるぞ……」

 シャンは、思わずガリアに身を寄せた。

 その時、林の中の木の陰から、音もなくするりと黒い影が現れた。

 黒い艶やかな短い毛並みの身体は、ネコ科を思わせるしなやかな筋肉をつけている、大きさはゆうに大人の男を凌いでいた。耳は大きく張り出し、大きな目は真っ赤だった。べろりと口元を舐め上げた舌は、先が二つに割れていて蛇の様に長く、のぞき見えた歯は鋭く、びっしりと二重に生えている。

 それは、長い尻尾を左右に揺らしながら、ゆっくりと二人に近付いてくる。ふと見ると、二頭、三頭、四頭と増えていくのがわかった。

「なっ何だっ、こんなの見たことねーぞ……シャン、何なんだ、こいつらも魔法の生き物かっ」

 シャンの身体は小刻みに震えて、声はうわずっていた。

「これは……闇の生き物。ダークピューマ……ここにいるはずは無いのに……魔法で閉じ込められてるんだっ出てこられないよ」

 二人を囲むように近寄ってくるダークピューマに、ガリアは大木を背にした事を後悔していた。逃げ道がない、剣を振るにも大木は邪魔になる。だが、戦うには剣を抜かざる得ない、ガリアは剣の柄を掴んで一歩前に出た。

 剣から発せられた甲高い音が、林の中にこだまする。鞘から抜かれた剣は、青みを帯びて輝いていた。

「これは……ダルタの魔法の力……」

 その輝きを見た瞬間、ダークピューマが一斉にガリア目掛けて襲い掛かってきた。その筋肉はまがい物ではないらしく、ダークピューマ達の動きは恐ろしいほどに速い。一頭がガリアの腕に向かって歯をむき出して飛びついてきた。それを袈裟懸けに切ったあと、飛び込んできた二頭目を、そのまま上に向かって半分に切り裂いた。

 剣のスピードも、威力も今までとは数段に上がっている、これは間違いなくダルタの魔法の力に他ならなかった。ガリアは、青く輝く自分の剣に感心しながら、構えなおした。三頭目がガリア目掛けて大地をけった瞬間、後ろのシャンが声を上げた。

「来るなっ!!!」

「シャンっ!」

 シャンの直ぐ横に、ダークピューマが二頭迫っていた。ガリアは、シャンとダークピューマの間に割って入ろうと動きかけた。

「グアッ」

 その隙に、ガリアの右肩に既にもう一頭が噛み付いていた。重さと勢いに、一瞬倒れそうになる身体を堪えて、ガリアは自分の肩に噛み付いたダークピューマを確認した。

「ウオオオオオオ〜〜〜〜!!!!!」

 痛みに耐えながら、ガリアは自分の肩の少し上に剣を突き立てた。ガリアの剣にに貫かれたダークピューマの額は二つに割れて、息絶えた。

 傷ついた肩を庇いながら、ガリアはシャンの横の二頭に神経を集中させた。倒さなければっそう思うのに、ガリアの思考はぼやけてくる……

「ガリアァ……」

 シャンの声が遠くに聞こえる、守らなければっその一心で、ガリアはダークピューマの前に身体を投げ出し、左手で剣を高く掲げた。

 目を細めて、ダークピューマを睨みつけ、まだ戦えると剣を振って見せた。

「ガリアっ!!!」

 シャンの叫び声が、林の中に響いた。

「シャン……逃げろっ……逃げるんだっ」

 シャンは、目の前に身を投げ出してきてくれた男を、死なせたくないと思った。自分ここまで運んでくれて今は自分のために身を投げ出す事させしてのける目の前の男に感謝以上の気持ちを持ち始めていた。

 遠く離れたとしても、生きていれば大魔術師のダルタが自分を守ってくれると、勝手に思い込んでいた。だが、ダルタを失った今、頼れる人間はこのガリアだけになってしまったと思った。

『守ってっ』

 シャンは強く願う、倒れているガリアの身体にしがみついて強く願った。すると、シャンの腕から銀色の光が溢れだし、周りに銀色に輝く透明な壁を作った。

「ダルタがくれた力……」

 ガリアも、ぼんやりし始めた意識の中で、銀色の壁を見つめていた。

『助かるかもしれない……』

 ダークピューマは、その中に入ってこられないようで、周りをグルグルと回り始めた。

 その時、ピュイーと口笛が聞こえたと二人は思った。ダークピューマは、その音に反応するかのように、二頭いっぺんに跳躍して銀の壁に飛び掛かってきた。バチバチと爆ぜる音と、雷の様な光が壁の周りで躍った。ダークピューマは、雷に打たれたように体を痙攣させたかと思うと、弾き飛ばされた。体中から煙を吐き出しながら、二頭共に絶命していた。

 ガリアのぼんやりした頭の中に、ダルタの声がする。

『己の肩を剣で突き刺せ、闇の生き物に与えられた傷は精気を奪う。剣の力で焼いて塞ぐのだ』

「キツイ指示をだしてくれるもんだな……」

 呆然としたまま、だるい身体を起こし胡坐をかくと、ガリアは剣を握ってそれを両足のブーツの間に挟んだ。

 そのまま剣先を肩にあて、体重をかけた。

「ガリア? 何してるのっ怪我してるのに……危ないって」

 ずぶりと音がして、剣が肩を突き抜けたのが分かる。相当な痛みを覚悟していたが、そんな生易しいものではなく、肉を焼かれる熱さと痛みに体全部が振るえた。ガリアは、声も上げることなくその場に崩れ落ちた。

 シャンは、ガリアの行動が理解できず、オロオロしながらガリアの横にへたり込んだ。

「ガリア? ガリア……」

 シャンは、ガリアの肩に突き刺さった剣を引き抜こうと柄を握った。

『今は抜いてはならぬ。この男が起きるまでそのままにするのだ。その時が回復のとき』

 聞きなれたダルタの声に、シャンは安堵した。

「ダルタ……お願い守って……ガリアを……」

 大きくため息をついたシャンは、身体を起こし辺りを窺った。それまで気付かなかった影が、銀の壁の向こうに見える。シャンは、再び怯えが広がっていくのを感じた。

「……ダークピューマ?……」

 そう思ったが、シャンの目に映ったそれは、ダークピューマではなく、人の形をしているようだ。長いローブをまとい、フードを深く被ったそれは、誰なのか本当に人であるのかさえ分らない。恐怖が、シャンの喉元まで競り上がってくる。ガリアは意識を失ったままで、今、シャン自身がガリアを守ってやらねばならない、シャンは知らぬ間に、唇をキツク噛んでいた。

 そっと、目の前に倒れるガリアの姿を見つめた。

『何が来ても、負けたりしない。負けたくないっ』

 シャンとガリアを囲む壁の輝きがいっそう増した。それは、目を開けているのも難しいほどにどんどん輝きを増し、低いビーンビーンと唸る音が、林に木霊した。もう目を開けていられないとシャンが目を閉じたその時、音と共に輝きが消えた。静寂が広がり、シャンはそっと目を開け影のいた方角を一心に見つめ、自分達の周りを注意深く窺がった。

「何もいない……消えた……」

 シャンは、大きく息を吐き出し、ガリアの身体に覆いかぶさった。目の前に、ガリアの肩を突き抜けた剣が、青く輝いている。

「一体、何に追われ始めたんだろう……早く目を覚まして、ガリア……」

 そう言いながら、ガリアの身体から離れたシャンは、剣の柄に手を掛けた。そうすれば、聞きなれたダルタの声が聞けると思った。

「ダルタ……」

「…………」

 だが、何度呼びかけても、剣の魔法は答えてはくれなかった。シャンの瞳から、大粒の涙がいく粒も零れ落ちた。シャンは、もう一度、ガリアの身体に身を寄せた。今は、そこが唯一安心できる場所だった。























 


 

気を失ったままのガリア、それに寄り添うシャン。

追手は消えたが、安心できぬままシャンはガリアが目覚めてくれるのを待つ。

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