4話 ダルタの力
今頃になって、自分が進んでいく方向を確認したガリア。
愛馬は、売り飛ばされた? とシャンに告げられる……本当かも分からないシャンの言葉に、北に帰ろうとするガリアだったが……
ガリアの服も乾き、昼食も済ませて、二人は魔法の森の外れまで来ていた。
「ここが、この森の西の外れだ。これからこの道を真っ直ぐに西へ向かおうと思ってる」
シャンの説明に、北に向かうのかと思っていたガリアは、眉を上げた。
「西? あのな……俺の国は北だぞ、オーゴニアだ。西回りで帰るなら、そう言ってくれたら、まずは北側にあった街に置いてきた馬を連れてくるんだったのにっ」
シャンが、目を細めてガリアを見た。
「その馬はどうしたんだ?」
「魔法の国のアクアリスに入るなら、魔法に慣れていない馬は制御できなくなる可能性が高いから置いていけって言われて。宿の厩に預かってもらってるんだ」
シャンは、大きく溜め息をついた。
「さぞかし立派な馬に乗ってきたんだろうな?」
「ああっ、あの馬は俺のお気に入りでな。14の誕生日にプレゼントされたんだ。黒毛の可愛い子馬だった」
はぁ〜っとシャンは、もう一度溜め息をついた。
「その馬……きっともういないよ。売り飛ばされてるんじゃないかな……魔法の国のアクアリスに入ったからって、魔法に慣れてない馬でも、何の差しさわりもないよ……」
ガリアの顔が青ざめて、キツク握った拳に血管が浮いた。
「騙されたってのかっ……くっそー、取り返しに行くっ!!! 一旦北に向かうぞ。お前がどう言おうと、俺の馬を取り返しに行くんだっ」
ガリアは、もと来た道を引き返そうとしていた。
木の焼ける匂いが、ダルタの鼻腔に広がった。
小屋の中の食卓の上には蝋燭が燃え、その炎で火箸を焼きながら、その火箸でダルタは食卓に魔法円を描いていた。呪文を唱えながら、最後の文字を焼き付け終え、自分の手を魔法円の中央に置いた。
魔方円の横に置かれたナイフを取ると、ダルタはそれを高だかと振り上げ自らの手目掛けて突き立てた。うめき声すら上げずに、ダルタはその痛みに耐えていた。
荒い息だけが部屋に響く……
「やっと終わった……もう少し時間があるかと思っていたが……さすがに速い……」
ダルタの身体から力が抜けそうになる一瞬前、大きな音と共に、小屋のドアが開け放たれた。
ドアの前には、長いローブを纏った若く、長い黒髪の男が立っていた。
「ジード……やはりな、お前だったか……城の中で、私を追い落とす策略を練る事が出来る者は、お前くらいだろうと思っていた……」
ダルタの言葉に、ジードと呼ばれた男は首を振って見せた。
「ダルタ様、心外な事をおっしゃる……私はただ、あなた様がいらっしゃらなくなってから、行方を一心に探していただけ……この森の結界が解けたら、直ぐに此処にいらっしゃると分かり、お迎えに参ったのですよ」
そう言って、微笑みながらジードはダルタの傍によってきて、じっと食卓を見つめた。
「ダルタっ! この愚か者が。己の力をどうしたのだ。この私がせっかく受け継いでやろうと思っていた力を……ブルーストーンを……何処へやったあ」
いきなり豹変したジードは、怒鳴りながらダルタの手に突き刺さった剣を、思いっきり引き抜いた。
ダルタの血が、飛び散った瞬間、ジードは叫んだ。
「追えっ! 主人の力を取り戻し、我が元へ帰って来いっ」
ダルタは、自分の手を抱えながら、小さく笑っていた。
「愚かな……、私の血には、もう既に力を追う能力など残っておらぬわ。たった今……全て渡し終わったところだ……」
ジードの真っ黒な瞳が見開かれた。
「渡しただと? 己の力を他人に渡したのか……何故……その様な……」
まだ笑い続けているダルタは、厳しい目でジードを射抜いた。
「守りたいと心の底から願う者を持たぬお前に、私の想いなど分かろう筈もない。私は、この命を捧げても、守りたい者がある。守らねばならぬ者がなっ」
ジードは、ダルタに近寄って、持っていた剣をそのまま胸に突き立ててねじった。
「守りたい者だと、シャンの事か、アクアリスそのものか。それともブルーストーン? 命捧げたければ、そうするがいい。お前のいなくなった後、私が全てを守ってやろう……死ねっ」
「ガッハッ……」
ダルタはその場に崩れ落ちた。
ジードはダルタの床に落ちた頭を、何度も何度も踏みつけた。
だが、ダルタの表情は痛みに歪むでもなく、怒るでもなく、ただ穏やかに微笑んでいるようだった。
「くそっ……」
もう一度、ジードはダルタの頭を踏みつけた。
それでも、穏やかなダルタの顔は、もう二度と目を開けることは無く、微笑んでいた。
もと来た道を戻り、始めたガリアの耳に、シャンの叫び声が聞こえてきた。
「シャンどうした」
振り返って、シャンの元に戻ったガリアは、真っ青な顔のシャンを見つけた。
「ダルタが……ダルタが……殺されるっ」
震えながら叫ぶシャンの肩を持って、ガリアは揺さぶった。
「何言ってるんだ、ダルタが殺されるってなんでそんな事が分かる? まさか、また魔法?」
シャンが、首を振った。
「森が、森が叫んでるんだ。森番が、ダルタが殺されるって……助けなきゃっダルタを助けに行かなきゃっ」
シャンは、ガリアの手を振り解いて走り始めた。その時、腰に下げた剣が、甲高い音を発し始めた。ガリアは、シャンを追って走りながら、剣の柄に手を置いた。
振動と共に、心の中に声が聞こえてきた。
『シャンを行かせてはならぬ。そのまま西へ向かうのだ』
「ダルタ? 無事なのかっ」
ガリアは、心の中に響くダルタの声に思わず声にだして聞き返していた。あまりにも不自然で、初めての体験に、恐怖感を覚える。
『私はダルタの力、魔法の力そのもの。今は、お前の剣の魔法の力。ダルタが死んだ今、全てお前の剣に注ぎ込まれた魔法の力』
「魔法の力だって……でも、ダルタの声じゃねーか。まだ生きてるってことだろう」
『ダルタは死んだ。魔法の力である私をお前に譲り、その後、殺された』
「誰にっ!!!」
『知らぬ、とにかく西へ向かうのだ。石の導きは西に向かえと言っている』
やっとシャンに追いついたガリアは、シャンの腕を掴んで抱え込んだが、勢いが余って、草むらに二人一緒に倒れこんでしまった。
「止めろっダルタのところに行くんだっ離せっガリアっ、離せってばっ」
もがくシャンを、ガリアは身体を抱えて押さえ込もうとしていた。
「ダルタは死んだっ死んだんだっ、もう遅いっ」
「何でそんな事が分かるっ、まだ生きてるかもしれない、僕の帰りを待ってるんだ。助けて欲しいって思ってるに決まってるだろ!!!」
ガリアは、抱える腕に力を込めた。
「シャン落ち着け……俺の剣が教えてくれた……ダルタは自分の力を俺の剣に注ぎ込んだんだ。誰がやったかは分からない……でも、ダルタは死んだ。森の声が聞こえるなら、森に聞いてみろ……落ち着くんだシャン……」
しばらくバタバタともがいていたシャンの身体から、少しずつ力が抜けていく。
「ダルタ……何で……私……どうすればいいの……」
ガリアは、シャンの手を自分の剣の柄の上に置いて、一緒に握った……そうすれば、ダルタの力に触れられるかもしれないと思った、少しは悲しみが薄れれば良いと思った。
『シャン、西へ進むのだ。石の導きは西を指している、西へ向かえ、危険は直ぐ傍まで来ている。早く進め』
「ダッダル……タ……」
ガリアは、シャンの身体を抱えたまま立ち上がり、草や土を払って綺麗にしてやった。まだシャンは泣きつづけている。ダルタの死を受け入れる事が出来ないようだが、さっきダルタの力が危険が直ぐ傍まできていると言っていたことを、ガリアは忘れてはいなかった。
「さぁ、シャン、行こう西へ……俺も馬は諦める……西に向かうのが先だ、ほら……」
ガリアは、シャンの手を取って歩かせようとした。
バシッ
「あんたの馬なんかどうでもいいでも、ダ。ルタは放っていけない。死んでいたって……そのままなんて出来ない」
森の中を小屋へと引き返そうとしているシャンの腕を掴み、振り向かせた瞬間、ガリアはシャンの鳩尾に突きを叩き込んだ。
倒れこむシャンの身体を素早く肩に担ぎ上げ、森の外れまでやってきた。
「さぁ、西に行くか……取り合えず、この道を行けばいいんだな……」
ガリアは、シャンを担いだまま、細い街道を西へと出発した。
「羽のようって訳じゃないけど、こいつ軽いな……この分じゃ、割と遠くまで担いで行けるかもな……、って重いけどさ……」
ガリアは、担いだシャンの身体をもう一度担ぎなおして安定させた。
「でも、俺のグロウは何処に行ったのかなぁ……ホントに売り飛ばされたんだろうか……」
ブンブンッと頭を振ってから、ガリアは歩き始めた。
ダルタが死んだ。シャンには受け入れる事が出来ない事実だった。
ダルタの魔法の力を受け継ぐ剣を身につけて、シャンを肩に担いだガリアは、何処まで進めるのか?