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ブルーストーン  作者: 海来
24/26

24話 シャンの心

ジードに捕らわれたまま、ガリアの事を信じられずに苦しむシャン。

貝殻は、またシャンの心をかき乱す……

 レノはシャンの直ぐ脇に貝殻を置いて微笑んでいた。だが、その微笑にはレノらしい可愛らしさもなければ、生気も感じられなかった。

「レノ……あなた何を……」

 シャンの首筋を舐め上げていたジードが、クスリと笑った。

「この子はもう私のものなのだよ。長い間、私に捕らわれていたからね、簡単だった……その貝殻は、私からの贈り物だ、人の心の疑惑の種をふくらます……」

 シャンは、顔を必死に避けながらジードの手を逃れようとしていた。

「こんな手を使って、私がガリアを疑うように仕組んだのかっ」

「仕組んだ? ああ、仕組んだ……だがな、お前の心に疑いの種がなければ、育ちはしない……お前は、青の剣士を信じてはいない、そうだろう? きっと奴は今頃、他の女を抱いていることだろう」

 シャンは、ジードの言葉どおりの想像をしている自分に気付いた。

 悲しくて、切なくて、胸は張り裂けそうだった……

 さっき、答えは出たと思った、愛する者が幸せならそれでいいのだと……

 それなのに、ガリアが自分以外の女を抱くのは許せなかった。

 あの瞳が、他の女に向けられると考えるだけで、嫉妬で狂いそうになる。

 涙が、シャンの頬を伝う……その涙を、ジードが冷たい舌で舐め上げていく。

「いっやっーーーーー」

 叫び仰け反ったシャンの身体の上に、ジードが覆いかぶさってきた。

 胸の谷間の青の魔石を、ジードはじっと見つめていた。

「青の魔石か……たった一つの願いを、この愚か者が使ってしまった……役立たずの石、次の守護者には、私の願いを叶えてもらうとしよう。お前とこの男の子供は、私が大切に育ててやる、私の思い通りの賢い守護者になっ」

 シャンは、ジードの言葉に意味を考え、恐ろしさに身を振るわせた。今目の前にいるジードの体は、ガリアの兄の体だ。その体と交わるという事は……そして、その結果、生まれた子供は……有り得ない。シャンは必死だった、決してジードの思い通りになどさせてたまるかと思った。

 たった一つの願いを使った……。ガリアの命よりも、ガリアに自分の想いを伝えることよりも、世界を救う事を願った。それなのに、ここでジードの思い通りになれば、自分の願いは叶わなかった事になるではないか。

『青の魔石、あなたは、約束を守ってくれなかったの。願いを叶えると言ったじゃない』

 シャンの胸で青の魔石が輝きを増した。

『願いは受け入れましたよ、まだ守護者自身が己の心を委ねていないだけ……己の心に忠実である事……それが、守護者が願いを叶えられる条件です』

 シャンには、今聞こえてきた青の魔石の言葉に意味が分からなかった。

 ジードは、見つめていた青の魔石に手を伸ばし、そっと触れてきた。

「っ!!」

 ジードの身体をパチパチと音をさせて何かが貫いた。その瞬間に、ジードが捕らえていたシャンの腕も自由になる。シャンは、自分の直ぐ傍に置かれた貝殻を掴むと、壁に目掛けてぶつけた。貝殻は、前のものと同じ様に粉々になって、床に落ちた。

 シャンはそれを確認すると、いつも枕元に置いてあるガリアの剣を探した。コツンとその柄がシャンの指先に当たって、ほんの少しの温もりが伝わってくる。でも、それだけで今のシャンには十分だった。

 ガリアを信じられる……この剣の様に温かかったガリアの腕を信じられる、そう思った。

「やはり、青の魔石には触れないのか。だが、いつか必ず我が物にする手段を見つけ出してやる! その前にお前だっ」

 シャンの上で、震える身体を自分自身で抱きしめていたジードが、その痛みから解放され今一度シャンを拘束しようと襲い掛かってきた。

 ビュッと音がするほどの素早さで、シャンはジードの目の前に剣を突き出した。

「どきなさい。下がるのよ」

 ジードは、ゆっくりとシャンを睨みつけながら後ろに下がっていく。

「その剣になんの威力がある? 私には魔法がある。青き剣士もいない今、その剣だけで自分を守れるのか? 精霊にも見放され、青き剣士も助けには来てくれない……どこまで、自分を守れるのかな? 守護者様……」

「ガリアは……」

 シャンは、次の言葉が中々言えなかった。その時、青の魔石の声がまた聞こえた。

『願いを叶えて貰うつもりが無いのなら、その身をもって願いを叶えるがいい。この世界の平和、闇の者の企みを阻止するのだ』

 青の魔石が一気に輝きを増し、青い光の渦を作っていく。渦はシャンを飲み込み、激しい竜巻を起こしていた。部屋の中の全てが飛び、壁を崩し屋根を吹き飛ばした。ジードは、部屋の瓦礫の下敷きになり、幼いレノの身体は瓦礫の脇でゆらゆらと頼りなげに揺れていた。

 輝きの渦と共に回っていたシャンも、体中を青く輝かせ空中に浮かび上がっている。その勢いは留まるどころか、強さを増しているようだった。アクアリス城の全ての人達が、真夜中の惨事に飛び出してきていた。どの顔も、困惑と恐怖に強張っている。ジードが、頭から血を流しながらシャンを見上げた。

「守護者自身が、世界を滅ぼすのか……」

 そう言ってがくりと力の抜けた体から、真っ黒な塊が這い出してきた。

 それを見たシャンは、ガリアの剣を投げつけそれを突き刺した。

 黒い塊は、霧散して消えてしまった。








 ガリアは、既にアクアリス城に到着していた。シャンの寝室の前で、見えない何かに阻まれて、一歩も前に進めないでいた。目の前で、シャンがギリルに組み敷かれている姿を見、ギリルに首筋や頬を舐め上げられるシャンの姿を見、ガリアは頭がおかしくなりそうだった。

「シャン。此処まで来てるのに!! 何故だ。何故シャンの所にいけない」

『守護者が、お前を見ていないからだ。お前を信じていない……あれは、お前の兄の身体に入り込んだ闇の魔術師ジード……夢の幻術を掛けているようだな。夢の中で、守護者はいったい何を見たことか……お前を疑い、信じられぬようになっている』

 シャンが……自分を信じていない……そんなはずは……ガリアは呆然と目の前のシャンを見つめていた。

「シャン、俺は此処にいるお前の直ぐ傍にいる。シャン俺を信じろ。シャン、シャン!」

 ガリアの見ている前で、ギリルの姿をしたジードの身体が雷にでも当たったかの様に跳ね上がった。

 その隙に、シャンはガリアの剣を取った。そう思ったのも束の間、シャンの胸の青の魔石が一気に輝き始め、シャンを巻き込んで竜巻を作り、城を崩してしまった。

「何が起こってる。青の魔法、何が起こってるんだっ」

『青の魔石は、願いを受け入れてもなお、守護者の心が保護されなければ、願いを遂行しないのだ……青の魔石は、守護者自身にその願いを叶えさせようとする。守護者が危険だ……』

 シャンの心を保護する……ガリアは、自分が何を守らなければならなかったのかを思い出した。守護者の心を保護する青き剣士、シャンの心を守るのは俺だとガリアが思った。

 そう思った瞬間、ガリアは、自分も腰の剣を抜いていた。いつもの高音は鳴り響かない、その代わり青い輝きの上を輝く金の蔦がグルグルと回りながら絡んでいた。

 ガリアは、その剣で目の前の空を切った。

「シャーンッ!!!」







 真っ暗だったはずの空間が切り裂かれ、輝く剣と共にガリアが瓦礫の中に現れた。

「シャン、遅くなってゴメン。シャン降りて来い、シャン」

 シャンが、ゆっくりとガリアを見下ろした。その瞳は、ガリアが愛した薄いブルーではなく、青の魔石そのものの濃いブルーだった。

『青き剣士、遅かったではないか……守護者は既に私の物。願いをこの身で叶えてもらうのだ……お前はもう必要ない』

 シャンの声ではない無機質な声が、ガリアに向けられたとともに、シャンの周りの風が強くなった。ガリアは瞬時に周りの状況を見た。幼い男の子の身体が舞い上がり始めている。

 吹きつける風の中、ガリアは男の子の身体を抱え、その奥の瓦礫の下敷きになっているギリルの前に移動した。

「ギリル。しっかりしろ! 聞こえるかギリル」

 ギリルの身体がぴくりと反応した、ガリアはその事に心の底から安堵している自分を知った。

「シャン。お前は青の魔法に取り込まれたのか、俺が遅かったから? もう信じてはくれないのか。俺は、俺の全ては、お前を守るためにあるのに……シャン愛している」

 ガリアは、必死の思いで自分の気持ちを伝えようとした。シャンが、ガリアをじっと見つめている、その魔石の様な瞳にはシャンの面影は見えない。

「愛している、シャン……お前が俺を想っていなくても、俺はお前を守り続ける」

 その言葉に、風が止まった。

「嘘はいらない……あなたは私だけを愛しているわけじゃない……私だけを守ってくれるわけじゃない……あなたが今、守ろうとしている……それは誰?」

 ガリアは、ギリルと男の子レノを庇うように風を防いでいた。

「あなたは、私よりも、双子の兄が大事なのでしょう……」

 ガリアは、ギリルを見つめてから、もう一度シャンを見つめ返した。

「大事だ。ギリルは、俺の半身の様なもの、愛していないはずが無い……以前、妹のために自分が愛した男のために、青の魔石に男にしてくれと頼もうと強く思っていた時の、シャン……お前の気持ちと同じ様に……」

 シャンの魔石の様な瞳が、ゆらゆらと揺れて薄いブルーと混じり合う。

「誰しも大切にしたい人達がいる……それでも、それ以上に守りたいと、思う人がいてはいけないか? お前も守りたいものが沢山あるだろう……愛する人達が沢山いるだろう……」

「たくさん……いる……」

 ガリアは、思いっきり息を吸い込んだ、今から吐き出す想いを大きな声で伝えるために。

「シャン。お前は、俺にとって特別なんだ。他のなんてない、お前だけだ、俺の全てを掛けてお前を守りたいっ」

 シャンの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

 柔らかく吹いていた風が、シャンの涙を辺り一面に運んでいった。

「ガリア……愛しています……」








やっと再び出会えたシャンとガリア。

二人の気持ちが通じ合うのでしょうか……

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